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御園茶苑 大田区の文化人が集った喫茶店(蒲田西特別出張所)#318

※本記事は
 Otapedia 公式note(https://note.com/fine_rat5784)のみで
 公開しています。
 無断転載・改変・商用利用を禁じます。
 © Otapedia 2025


昭和4年蒲田駅西口前

欧米風の凝った造り、
喫茶店「御園茶苑」
開店しました。

店を開いたのは、
嘉賀キヨさん(当時31歳)。

50名ほどが
収容できる店内には、
有名画家の
油絵やデッサンが
壁に飾られた
素敵なお店でした。


店内の設備

大きな蓄音機
サウンドボックス
備えられ、
ステージでは
ジャズなどの
軽音楽も演奏されました。


喫茶店には珍しい設備

店の奥には 
中庭があり、 
古賀忠雄作の 
女性ブロンズ像も飾られ、
夜にはライトアップ
されていました。


楽しいひととき

親しい常連客同士が 
大きなテーブルを囲み
歓談するなど、
お店は賑わいました。

御園茶苑は、
単なる喫茶店ではなく
人と人とが交わる
“サロン”だったのです。


来店した人々

駅の東口にあった 
松竹キネマ蒲田撮影所や 
堤方(現在の大森西)にあった 
ポリドールレコード
そして、
大森の馬込文士村
文化人たちまでもが
御園茶苑に集いました。


来店した著名人

彫刻家・詩人 高村 光太郎
彫刻家 古賀 忠雄
小説家 丹羽 文雄
小説家 火野 葦平
小説家 井伏 鱒二
日本画家 伊藤 深水
染色工芸家 芹沢 銈介
物理学者 石原 純
歌人 原 阿佐緒

なかでも
交際していた
石原純と
原阿佐緒のお二人は
たびたび来店していたと
伝えられています。


戦災により焼失

空襲により
店は焼失しましたが
すぐに駅前で再開。

喫茶店・レストラン・
ビヤホールなど
次々と事業を
拡大しました。

しかし、
駅前区画整理などにより
移転したとされ
その後の
詳しい消息は不明です。


嘉賀キヨさん

1964年 (昭和39年)
66歳で逝去。

蒲田に文化の灯をともした
一人の女性経営者でした。


最後に

御園茶苑は、
昭和初期の蒲田で 
文化人や芸術家が集った
欧米風の喫茶サロンで、
地域の文化拠点として
賑わいを見せた店だった。

Otapediaは、
嘉賀キヨさんを
「大田区無名の偉人」
として
御園茶苑を
「大田区未顕彰の地域遺産」
として記録します。

大田区の記憶を呼び起こす
「Otapedia」の活動
私たちは
その“名を失いかけたものたち”に、
もう一度まなざしを向け、
記憶の岸辺に呼び戻す営みです。

彼らの活動や
痕跡は消えても、
地域に遺した軌跡
未来へと伝えていきます。
これらの呼称は
Otapedia独自の呼称」であり
大田区公式の認定ではありません」。


出典
 1.『かまにし17』33号 平成21年9月1日 発行 嘉賀マツさんのお話
掲載画像
 2. 本文の記述をもとにAIで再現したイメージであり
  当時の実写資料ではありません

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