歴史が息づく旧町名「森ケ崎」復活のご提案 『結』(大森東特別出張所) #46
※本記事は
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結: 地名に刻まれた大森と森ヶ崎
【大森の由来と変遷】
「大森」という地名は、
時代とともにその姿を変えてきました。
江戸時代の慶長から元和の頃には
「大森村」が東・西・南・北に分かれ、
その後も合併と再編を繰り返します。
そして1932年 (昭和7年) には
「大森町」として東京市に編入され
「大森区」が誕生しました。
最終的に1947年 (昭和22年) に
蒲田区と合併して
現在の「大田区」となりました。
大森駅は開業当時入新井村や
不入斗村に接していましたが、
当時の特産品「大森海苔」にあやかって
大森駅となったという説があります。

海苔養殖業発祥の地記念碑が建てられています
【当時の大森】
現在の「京浜急行大森町駅」周辺でした。
昭和初頭には現在の大森警察署のところに
「大森区役所」があり
その名残で周辺の住所が
「大森中 (中央や中心の意味)」となっています
また現在の町制施行前の
昭和40年前半までは、
大森は駅周辺が大森1丁目とされ、
大森南3丁目付近が大森9丁目でした。
このように、
時代によって地名の範囲や丁目の振り方も
大きく異なっていました。
[出典 3] 大田の史話 その2による
旧村時代の大森周辺図

赤線2本は左が現在のJR 右は京浜急行
斜線の部分にあたる「大森」は広範囲にわたっている
【現在の大森という街】
大田区内では「大森」が付く住所が
広範囲にわたっています。
現在大森の名の付く住所は
「東」「南」「西」「北」「中」「本町」と
6つもあります。
これは上記の大森1~9丁目を
振り分けた形になります。
※詳細は下地図を参照
当時大森駅周辺を1丁目としていたのに
現在のJRの大森駅を「大森北」
としたのは、
大森区役所を中心とした
住所配置が行われたからかもしれません。
歴史を知らない方は
なぜ大森駅が「大森北」なのかと
思ってしまうかもしれませんね

現在の「大森」の地名
(北・本町・西・中・東・南)
の分布を示した地図
赤枠上段左 大森北 上段右 大森本町 中段左 大森西
中段中 大森中 中段右 大森東 右下 大森南
斜線部分は旧森ケ崎エリアです
国道15号と国道131号の合流地点あたりが
京浜急行大森町駅 「大森の中央」に位置しています
【JR大森から大森南1丁目まで】
中でも「大森南」は
JR大森駅からかなり離れており、
Navitimeで大森南1‐1‐1まで、
徒歩による移動を検索すると、
44分もかかってしまいます。
ちなみに京浜急行大森町駅からであれば
大森南1‐1‐1まで徒歩12分です。
[参考 1] Navitimeによるルート検索
上 JR大森駅から
下 京浜急行大森町駅から
【森ケ崎の名残】
この大森南は
昭和1964年 (昭和39年) 8月31日まで
「森ケ崎」という住所でした。
この名残として
「京浜急行バス 森ヶ崎 (労災病院)」
バスを筆頭に
「森ケ崎公園」大森南5‐2‐111
森ケ崎水再生センターの上階
「森ケ崎水再生センター」大森南5‐2‐25
「森ケ崎海岸公園」大森南4‐4
「森ケ崎緑華園」大森南4‐3‐16 大森南4‐6‐2
森ケ崎本通り商店街和合会等
史跡 森ケ崎の鼻干潟など
森ケ崎の名前は多く残っています。
※京浜急行バスは「ヶ」と
小文字の表記となっております。

行先表示には、「ヶ」と小文字で記載されています。

森ケ崎の鼻
時間帯が合わずに出現は確認できませんでしたが、
実際の位置はもっと左側みたいです
【考察】
昭和40年代に雪ケ谷が「雪が谷」と
表記が変更されたように
多くの地名がカタカナ表記から
ひらがな表記へと変化していきました。
にもかかわらず、
いまだに「ケ」を使われていることに
大変興味を惹かれます。
「ケ」は元々「箇」という
意味があるようです。
更に「ケ」には「ヶ」もあり
表記を間違えると
検索がヒットしない事例もあるようなので
注意が必要です。
【結び】
「森ケ崎」は、
かつて多くの方々が足を運び
文化が育まれ
歴史が刻まれた、
貴重な地名です。
その名を現代に蘇らせることは、
「森ケ崎」の過去に再びあかりを灯し、
未来へつながる第一歩となります。
この提案が目に留まり、
検討に
一石を投じることが出来れば幸いです。
Otapediaは
「森ケ崎」の歴史と共に
荒れ地を開墾し、
街の基礎を築いた偉業を
後世に伝えるため、
田中新造氏を
「森ケ崎の父」として登録します。
さらに
井戸掘りを進言した者には
「大田区裏名誉区民」
灌漑用の井戸を掘った者を
「大田区陰の功労者」として
森ケ崎と森ケ崎鉱泉
また森ケ崎鉱泉源泉碑と
尾崎士郎の人生劇場を
「大田区未顕彰の地域遺産」として
記録を残し
その努力を地域の記憶として継承します。
8月13日
痛ましい飛行機事故が起きた
この日を
「大田区記憶の日」
として登録します。
大田区の記憶を呼び起こす
「Otapedia」の活動
私たちは
その“名を失いかけたものたち”に、
もう一度まなざしを向け、
記憶の岸辺に呼び戻す営みです。
彼らの活動や
痕跡は消えても、
地域に遺した軌跡を
未来へと伝えていきます。
これらの呼称は
「Otapedia独自の呼称」であり
「大田区公式の認定ではありません」。
そしてもし
第12回オリンピックが
予定通り行われていたなら、
また違った現在が
あったのかもしれません。

参考資料
1.Navitimeによるルート検索
2.地図引用:Googleマップ
出典
2. 大田の史話 その2
※当時の写真が
使用許可等の問題で使えませんので
一部AIによるイメージを添付しました
歴史的な資料ではありませんのでご注意ください
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