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蓮光院 武家屋敷門 (矢口特別出張所) #273

※本記事は
 Otapedia 公式note(https://note.com/fine_rat5784)のみで
 公開しています。
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江戸時代建築の武家屋敷門

空襲の炎をくぐり抜けた、
武家屋敷の門がある。
大田区・下丸子に残る
蓮光院の
毛利家武家屋敷山門である。

門の出自については
複数の伝承があり、

芝の毛利家邸
岡山藩池田家下屋敷
備前池田家の表門など、
いくつかの説が並立している。

いずれにせよ、
江戸武家社会の格式を伝える門
であることは確かだ。


寿福山 蓮光院

諸説あるが
戦国時代後期、
源清(1574年寂)によって
中興されたと伝わる
真言宗智山派の古刹。

旧平間街道沿いで
450年以上の歴史を
刻んでいます。

境外には三体地蔵堂があり、
新田義興の従臣三名を祀る
という伝承も残る。
地域の歴史と
武家文化が重層的に
交差する場所でもある。


武家屋敷門が辿った数奇な運命

1897年 (明治31年) 頃 
馬込村・河原久輝氏が
(馬込町西2丁目(旧中丸))
芝・毛利家の
武家屋敷門を譲り受け、
自宅の門としたとされる。

1935年 (昭和10年) 頃
下丸子の蓮光院へと
移築されました。

門そのものが、 
時代と共に場所を変え、 
大切に守り継がれてきた 
「記憶の旅人」です。 


戦火を免れた奇跡

近隣には、
三菱重工の工場があり
空襲の被害が
激しかった地域であった。

しかし蓮光院の山門は、
戦火を免れた
数少ない江戸建築
として
今に残る。


現代に息づく遺構

1964年 (昭和39年) 4月28日
「東京都指定有形文化財」

として登録される。

武家屋敷の格式を 
今に伝える 
貴重な遺構であり、 
移築の歴史そのものが
“記憶の継承” の証でもあります。


現在の武家屋敷門

門扉があるが
外部からの見学や
撮影が可能です。
重厚な門扉や
細部の装飾からは、
かつての武家社会の
空気感が伝わってきます。

風情を、
ぜひその目で
確かめてみてください。

所在地:下丸子3‐19‐7


新大田区百景

大田区は
1997年 (平成9年) に
蓮光院武家屋敷門を
新大田区百景122点の
題材の一つに選定した。

絵:蓮光院武家屋敷門
田島 佐理 氏作
新大田区百景(蒲田地区 No.74‐85)
出典:大田区役所

最後に

Otapediaは
蓮光院と毛利家武家屋敷門を
「大田区未顕彰の地域遺産」
として
蓮光院が
開基されたとされる
3月8日を
「大田区記憶の日」
として登録します。

大田区の記憶を呼び起こす
「Otapedia」の活動
私たちは
その“名を失いかけたものたち”に、
もう一度まなざしを向け、
記憶の岸辺に呼び戻す
営みです。

彼らの活動や
痕跡は消えても、
地域に遺した軌跡
未来へと伝えていきます。

これらの呼称は
Otapedia独自の呼称」であり
大田区公式の認定ではありません」。


出典
 1. Wikipedia 『蓮光院』
 2. 『矢口町誌』矢口町役場 昭和7年9月28日 発行
 3. 大田区史年表 『大田区』昭和54年3月10日 発行 
 4. 新版『大森風土記』杉原庄之助著 大森史跡研究会編・発行
 5.『新大田区百景』大田区役所

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