「松原家小史」海苔漁業に携わった一族の歴史 (糀谷特別出張所) #22
【松原家小史】
松原家の始祖は、永正七年(一
五一〇)上杉顕定の家臣であった
荒金修理亮定範に迄遡ることが出
来る。荒金一族は、天文二十一年
(一五五二)糀谷に住み姓を松原
と改め、農耕を生業とした。
その後宝歴年間(一七五〇年代)
に糀谷も海苔漁業に従事するよう
になり、文化期には糀谷村名主「
茂右衛門」として部落間の漁場紛
争を収める等、海苔漁業の基礎造り
に貢献した。
祖父茂右衛門は、昭和二十六年
(一九五一)糀谷浦漁業組合の組
合長を務める傍ら大田区議会議員
の要職を五期二十年務め勲五等瑞
宝章の栄に浴した。昭和三十七年
埋立で海苔漁業も終焉を迎えた。
父一久は、昭和四十二年松一運
輸株式会社を創立し、昭和五十三
年一一〇餘戸に及ぶ一族の長とし
て松原家初代会長を務めた。現在
父の跡を継ぎ、松一運輸株式会社
の代表の任にあり、ここに松原家
先祖代々の遺徳を偲び、遺業を顕
彰し、子子孫孫に伝承する為に一
碑を刻み松原家小史とします。
平成二年六月吉日
施主 松原茂登樹

施主の茂登樹氏の父は
松一運輸を興した一久氏であり、
茂右衛門氏は祖父にあたります。
石碑餘戸の「よ」の書体は見つからず。
糀谷浦漁業組合沿革
歴代の組合長
初代 組合長 松原九蔵
※任期:
1903年 (明治36年) 7月6日~
1912年 (明治45年) 3月20日
組合創設の礎を築き、
漁業者の連携や運営基盤を確立した。
二代目 組合長 江川七五郎
※任期:
1912年 (明治45年) 3月21日~
1916年 (大正5年) 9月16日
初代からのバトンタッチを受け、
組合体制のさらなる安定を図る。
三代目 組合長 石井仲蔵
※任期:
1916年 (大正5年) 9月17日~
1925年 (大正14年) 10月14日
(改選2回)
戦前期の動向の中、
組合の発展や基盤の強化を推進。
四代目 組合長 川添金蔵
※任期:
1925年 (大正14年) 10月15日~
1941年 (昭和16年) 5月6日
(改選3回)
大正末期から昭和初期、
組合の組織体制を固め、
活動の幅を拡大。
五代目 組合長 松原茂一
※任期:
1941年 (昭和16年) 5月7日~
1957年 (昭和32年) 5月24日
(改選7回)
戦中から戦後の激動の中、
大田区収入役就任に伴い
辞任するなど、
時代の影響を体現。
六代目 組合長 松原茂右衛門
※任期:
1957年 (昭和32年) 5月25日~
1964年 (昭和39年) 5月31日

出典 海苔のあゆみ
組合事務所の変遷:歴史の軌跡
当組合は、
1903年の設立以来、
様々な場所で
事務を運営してきました。
各時代ごとの拠点の変遷と、
その背景について。
【第一期】
期間:1903年 (明治36年) 7月6日~
拠点:松原九蔵会長の自宅
所在地:糀谷255
解説:設立直後、
初代会長の自宅を事務所とし、
漁業者との結束を深め
運営基盤を構築。
【第二期】
期間:1912年 (明治45年) 3月21日~
拠点:江川七五郎会長の自宅
所在地:糀谷267
【第三期】
期間 大正5年(詳細は不明)~
施設:十王堂
(現在も糀谷駅近くにあります)
所在地:糀谷51
【第四期】
期間:1937年 (昭和12年) 11月9日~
事務所:本格的な活動拠点として
落成された
所在地:糀谷3-941

糀谷浦漁業組合の再編と解散の歴史
1903年 (明治36年) 6月29日
「保証責任糀谷浦漁業組合」が設立され、
松原九蔵は初代組合長となる。
地域の漁業者が連携して
漁業の安定運営に取り組む
基盤が整えられました。
1944年 (昭和19年)
水産業団体法の施行を受け、
既存の組合体制が改組され、
「保証責任糀谷浦漁業協同組合」が再編され、
新たに「糀谷浦漁業会」が設立。
総会で規約変更が行われ、
役員が推選され、
行政の認可を得た上で
新体制に移行しました。
1949年 (昭和24年) 5月21日
糀谷浦漁業会が解散し、
新たに「糀谷浦漁業協同組合」が
設立されると同時に、
10月15日の解散総会で
全役員が清算人に任命され、
旧組合体制の清算業務が
開始されました。
1951年 (昭和26年) 9月1日
清算が完了し、
旧会のすべての
資産・負債が新組合に
引き継がれました。
1962年 (昭和37年) 12月25日
大森漁業協同組合は、
内湾の漁業権放棄を臨時総会で決定。
1963年 (昭和38年) 春
最後の収穫を行い、
300年にもわたる
海苔漁の営みに
幕を下ろした。
1964年 (昭和39年) 5月31日
糀谷浦漁業協同組合は
解散総会を開催し、
解散が決議され、
清算業務が進められました。
1964年 (昭和39年) 6月18日
清算代表人として
松原茂右衛門を筆頭に、
全役員が清算人として活動し、
最終的に組合は
正式に解散しました。
【糀谷の名士 松原家活躍の伝承】
松原家は
戦国時代より、
この糀谷に住み、
農耕を生業としていたが、
宝歴年間からは冬季に
海苔養殖業にも従事し
200年にわたって
半農半漁の暮らしを
続けてきました。
この一族は代々
初代・茂右衛門以来
この地を離れることなく
糀谷において
繁栄を重ねてきました。
海苔養殖業においては、
漁業権問題に対応するべく
組合を設立し、
長として紛争を収めたと
伝えられています。
また漁業以外にも、
地の名士として、
地政に関わり、
糀谷という地域を
支えてきました。
荒金一族を祖とする
松原一族は、
今もなお、
伝統と功績を
継承し続けています。
【最後に】
Otapediaは、
海苔業界のみならず
区政にも貢献した
松原茂右衛門氏を
「大田区無名の偉人」
代々の名が記された
長大な家系図に
その歴史を刻む
糀谷・松原家を
「大田区無名の組織・集団」
『松原家小史』を
「大田区未顕彰の地域遺産」
として登録します。
松原茂右衛門氏は
勲五等瑞宝章を
受章されています。
大田区の記憶を呼び起こす
「Otapedia」の活動
私たちは
その“名を失いかけたものたち”に、
もう一度まなざしを向け、
記憶の岸辺に呼び戻す営みです。
彼らの活動や
痕跡は消えても、
地域に遺した軌跡を
未来へと伝えていきます。
これらの呼称は
「Otapedia独自の呼称」であり
「大田区公式の認定ではありません」。

出典
1.『史跡 松原家小史』
2.『海苔のあゆみ』
3. 松原氏への取材に基づく記述
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