慶大グラウンド前駅 (現・千鳥町駅) 開業 【8月6日】 (鵜の木特別出張所) #410
※本記事は
Otapedia 公式note(https://note.com/fine_rat5784)のみで
公開しています。
無断転載・改変・商用利用を禁じます。
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※史料に基づき記述していますが、
必要に応じて
考察が入る場合があります。
慶應義塾綱町運動場
体育会は(運動部)
三田にあった
慶應義塾大学の
綱町グラウンドを
使用していました。
慶應義塾新田運動場移転・竣工
しかし
綱町グラウンドが
手狭になったため、
調布村千鳥久保
(現・千鳥二丁目)
の土地を購入して
グラウンドを建設しました。
1926年 (大正15年) 6月
慶應義塾新田運動場
(慶大グラウンド)
の陸上競技場と蹴球場が
竣工しました。

File: 新田運動場平面図.jpg(パブリックドメイン)
慶大グラウンド駅(現・千鳥町駅)
1926年 (大正15年) 8月6日
大学野球開催時のみの
臨時駅として開業しました。
初代駅は
二代目駅より
東方(地図右)にありました。
のちに
常設駅に昇格しました。
野球部のグラウンドは
8月竣工となっているので、
竣工に合わせた
臨時駅開業の可能性があります。

赤枠:新田運動場
緑線:池上電気鉄道 橙線:目黒蒲田電鉄
黄色点:2代目 慶大グラウンド駅 水色点:光明寺駅
青点 武蔵新田駅 赤紫点:下丸子駅
紫線:現・池上通り 黒丸:光明寺本堂
出典:国土地理院 1936.06.11撮影
※航空写真をもとにOtapediaが加筆した概略図です
新田駅(現・武蔵新田駅)との乗客の争奪戦
先行して開業していた
目黒蒲田電鉄の
新田駅(現・武蔵新田駅)
と乗客の争奪戦に参戦するため
池上電気鉄道は、
1927年 (昭和2年) 6月24日
蒲田~雪ケ谷間の
複線化完了に伴い、
初代慶大グラウンド駅を
2代目駅(上地図黄色点)
位置に移設しました。
当時は
別会社であったため
池上電気鉄道は
目黒蒲田電鉄の新田駅との
競争を意識し、
慶大グラウンド駅を
2代目駅へ移転したものと思われます。
※東急電鉄の社史では
複線化完了を7月としており、
資料間で時期に差異があります。
光明寺駅廃止
2代目慶大グラウンド駅移転により
駅間が約200mと
短くなったため
1927年 (昭和2年) 6月24日
光明寺駅は廃止となりました。
光明寺駅と池上通り(考察)
光明寺駅に関しては
さまざまな憶測がめぐらされます。
下丸子駅より遠い
池上電気鉄道の駅が
なぜ光明寺駅を名乗れたのか?
東急の社史に
光明寺駅の記録がないのは
なぜなのか?
池上通りが
分断されているのはなぜなのか?
2代目慶大グラウンド駅が
あったからなのか?
それとも
大きくカーブしているからなのか?
千鳥町駅は
本来3代目になるはずなのだが
移転の記載がないのはなぜなのか?

手前と線路の奥が池上通り(分断されている)
写真:かえる11号
慶應義塾新田運動場
野球部の合宿所も
近くに作られ、
1931年 (昭和6年)
神宮球場の拡張工事が完成するまでは、
東京六大学野球の公式戦も
行われたといいます。
しかし、
ひとたび雨が降ると
水浸しになってしまうほど
グラウンドの状態は悪かったようです。
これは、
運動場が建設された場所
調布村千鳥久保(窪)
窪地だったことが
影響したのでしょうか?
池上電気鉄道吸収合併へ
池上電気鉄道は、
雪ヶ谷駅~国分寺間の
敷設計画など
路線拡大に努力しましたが、
1933年 (昭和8年) 7月10日
目黒蒲田電鉄の傘下となり、
1934年 (昭和9年) 10月1日
目黒蒲田電鉄の
池上線となりました。
こうして乗客の争奪戦は、
終わりを告げました。
慶大グラウンド日吉に移転
1929年 (昭和4年) 7月3日
目黒蒲田電鉄と
(旧) 東京横浜電鉄(現・東急)
から日吉台の土地が
寄付されました。
1934年 (昭和9年)
第一校舎と
体育施設が完成し、
新田運動場の各施設は
日吉への移転を
本格的に始めました。
野球部移転は、
新田運動場からの
正確な移転日は
定かではありませんが、
慶應義塾体育会HPによると
1941年 (昭和16年) と
記載されています。
慶大グラウンド駅の終焉
1936年 (昭和11年) 1月1日
千鳥町駅へと改称し、
慶大グラウンド駅の名は、
姿を消しました。
慶大グラウンドのその後
日吉移転が決定した後
1936年 (昭和11年) ~ 1939年 (昭和14年)
にかけて用地は同潤会に売却され、
分譲されました。
現在は、
住宅地になっており
区画の跡は明確に残っているものの
遺構は見つけられません。
おわりに
地図のなかに隠された
道路の分断や、
いまは失われた駅の歴史――。
Otapediaは、
池上電気鉄道の
光明寺駅と
慶大グラウンド駅を
「大田区無名の呼称」
「大田区未顕彰の地域遺産」
として
慶大グラウンド駅
(現・千鳥町駅)
が開業した
8月6日を
「大田区記憶の日」
として記録します。
大田区の記憶を呼び起こす
「Otapedia」の活動
私たちは
その“名を失いかけたものたち”に、
もう一度まなざしを向け、
記憶の岸辺に呼び戻す
営みです。
彼らの活動や
痕跡は消えても、
地域に遺した軌跡を
未来へと伝えていきます。
これらの呼称は
「Otapedia独自の呼称」であり
「大田区公式の認定ではありません」。

出典
1.『千鳥町駅 (東京都)』Wikipedia
2.『慶應義塾新田運動場』Wikipedia
3.『慶應義塾体育会野球部』慶應義塾大学
ヘッダー
4.『慶應義塾体育会野球部新田合宿所』激動の昭和スポーツ史 6 大学野球
(ベースボール・マガジン社、1989年)
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