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カマボコ兵舎-クォンセット・ハット (糀谷特別出張所) #411

※本記事は
 Otapedia 公式note(https://note.com/fine_rat5784)のみで
 公開しています。
 無断転載・改変・商用利用を禁じます。
 © Otapedia 2025

※史料に基づき記述していますが、
 必要に応じて
 考察が入る場合があります。


戦後の大田区

1945年 (昭和20年) 9月
蒲田駅東口周辺を皮切りに
(通称:蒲蒲連絡線用地)
21日穴守稲荷神社周辺
強制退去→空港用地
10月の
14日には糀谷地区
そのほか中村地区
(萩中公園~本羽田公園一帯)
が接収されました。


カマボコ兵舎

米軍が使用した
半円筒形の簡易建築物で、
正式名称は、
「クォンセット・ハット(Quonset hut)」
と呼ばれる。

トタンを用いた
軽量プレハブ工法で製作され、
日本ではその形状から
カマボコ兵舎と呼ばれました。

接収された
糀谷地区と中村地区は
進駐軍の宿舎となり
このカマボコ兵舎が
多数建設されました。

写真:1946年、カリフォルニア州ポイント・ムグの
ラグナ・ピークの前にあるクォンセット・ハット
出典:Wikimedia Commons(U.S. Government photo / パブリック・ドメイン)
写真:糀谷付近の航空写真
青枠:接収された地域(予測)
規則的に並んでいるのがカマボコ兵舎
赤線:京急穴守線(空港線)
黄色点:糀谷駅 橙点:糀谷観音堂 緑点 大鳥居駅
出典:国土地理院 1947.07.09撮影
※航空写真をもとにOtapediaが加筆した概略図です

蒲蒲連絡線

Haneda Army Airbaseと
名前を変えた旧羽田空港に
物資を輸送するための貨物専用線
蒲蒲連絡線が敷設されました。

糀谷のカマボコ兵舎群にも
糀谷観音堂のあたりから
砂利やセメントなどの物資が
運び込まれていたといいます。

電化されていなかったため
SLを走らせていたそうです。

写真:穴守線にSL走る
出典:糀谷風物画集ー昭和を描く
昭和糀谷歴史資料館 館長 松原秀章氏 描画
写真:資材が運びこまれていた地点・糀谷観音堂
撮影:かえる11号

接収がもたらした功罪

進駐軍に接収された結果、
土地を失った住民が出た一方
クリーニング店の需要が
高まったといいます。

しかし現在、
当時から残る店舗は
残念ながら
ほとんどないと言われます。


接収の解除

1947年 (昭和22年) 10月頃
接収は解除になり
土地は元の地権者に戻されました。


糀谷風物画集ー昭和を描く

昭和糀谷歴史資料館
館長・松原秀章氏が描いた
『糀谷風物画集ー昭和を描く』は、
大田区立浜竹図書館にて
ご覧いただけます。


おわりに

わずか2年という
短い間でしたが、
地域の景観と暮らしに
大きな影響を残した出来事として、
記録いたしました。

Otapediaは、
カマボコ兵舎を
「大田区無名の風景」
「大田区無名の呼称」
として
昭和糀谷歴史資料館
館長・松原秀章氏が描いた
糀谷風物画集ー昭和を描くを
「大田区未顕彰の地域遺産」

として
糀谷地区が接収された
10月14日を
「大田区記憶の日」

として記録します。

大田区の記憶を呼び起こす
「Otapedia」の活動
私たちは
その“名を失いかけたものたち”に、
もう一度まなざしを向け、
記憶の岸辺に呼び戻す
営みです。

彼らの活動や
痕跡は消えても、
地域に遺した軌跡
未来へと伝えていきます。

これらの呼称は
Otapedia独自の呼称」であり
大田区公式の認定ではありません」。


出典
 1.『糀谷風物画集ー昭和を描く』松原秀章氏
 2.『クォンセット・ハット』Wikipedia

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