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【ストア哲学と経営判断④】──準備が終わり、実行が始まる日

こんにちは、株式会社アカネサス代表の北條竜太郎です。

本シリーズも最終回です。

前回は、
22億円の負債を抱えた15年間の話と、
セネカの矛盾について
お伝えしました。

【ストア哲学と経営判断③】──大丈夫だと言い続けて、矛盾の中に生きる

今日は、
時間の使い方、
準備と実行の切り替え、
そして3人の哲学者が伝えようとしていることを
お伝えします。



◆ 時間について

「人生は短いのではない。
我々がそれを短くしているのだ。」 

——セネカ『人生の短さについて』第1章

セネカが
「浪費された時間」と定義したもの——

それは、
他人の評価を気にして過ごす時間。

変えられない過去を悔やむ時間。

来ていない未来を漠然と不安に思う時間。

惰性で動く時間。

食品業界に置き換えてみましょう——

補助金が採択されなかった
過去の案件を悔やむ時間。

規制がどう変わるか
見えない未来を漠然と警戒する時間。

競合が何をしているか気にし続ける時間。

「やった方がいい気がする」
という惰性で続けている事業。

私自身の矛盾についても同じです。

政策が将来どう変わるかを
漠然と不安に思う時間は、
「コントロールできないことへの時間」の投資。

今日の申請書の質を
上げることに使う時間が、

「コントロールできることへの投資」
なのです。

矛盾があっても、
今日できることは今日やる。

セネカの問いはそこに集約されます。


◆ 矛盾を持つ経営者の方へ

この連載を読んでいる方の多くも、
何らかの矛盾を抱えているはずです。

補助金に頼りながら
「自立した経営を」と言っている。

人材の大切さを説きながら、
採用にかける時間が足りていない。

長期的な視点を持つべきだと思いながら、
目の前の数字に追われている。

その矛盾は、
解消しなくていい。

少なくとも今日は。

矛盾を抱えたまま、
「今日コントロールできること」をやる。

セネカは2000年間、
それを最も正直に書き続けた哲学者なのです。


◆ マンデラが大統領を務めた5年間

マンデラが
南アフリカ大統領を務めたのは、
1994年から1999年までの5年間だ。

たった5年。

しかしその5年で、
彼はアパルトヘイト後の
「最難関の国家統合」を成し遂げた。

白人官僚・軍・警察を組織に残し、
真実和解委員会という制度を設計し、

1995年ラグビーワールドカップで
国民統合の象徴となった。

なぜたった5年でできたのか。

それは、
「27年」という
準備期間があったからだ。

しかしもう一つ、
重要なことがある。

マンデラは、
実行の時間が来たとき、
迷わなかった。


◆ 就任翌日の決断

1994年5月10日、
マンデラは大統領に就任しました。

翌日、
彼は前政権の白人官僚を全員留任させました。

側近たちは猛反対した。

ANC(アフリカ民族会議)の
支持者たちは怒った。

27年間、
黒人を弾圧し続けた政権の官僚を、
なぜ留任させるのか。

当然の怒りでした。

しかし
マンデラは聞く耳を持ちませんでした。

「国家の行政を今日から動かさなければならない。
それができる人間を今すぐ全員解雇すれば、
誰が行政を担うのか。」

——これは感情の問題ではなく、
経営(国家運営)の問題でした。

27年間、
憎しみを戦略に変換し続けた人間だけが、
この判断を就任翌日に下せます。

準備が実行を可能にした瞬間でした。


◆ 真実和解委員会の設計

「アパルトヘイト時代の加害者が、
罪を公に告白すれば、
刑事訴追を免除する」

この制度の設計には、
報復の感情を完全に封印することが必要でした。

普通の人間には、
絶対にできない。

マンデラが
27年間やり続けたことの意味が、
ここに現れています。

憎しみを育てる代わりに、
国家建設の戦略を育てた。

感情に流されないための練習を、
毎日の過酷な採石場の作業の中で
やり続けた。

実行の時間に
「戦略」が使えたのは、

準備の時間に
「戦略」を育てていたからに他なりません。


◆ 準備と実行の切り替え

経営者が時間を最も無駄にするのは、
2つの場面です。

ひとつは、
準備の時間に実行しようとする焦り。

もうひとつは、
実行の時間に準備を続ける臆病。

前者は、
まだ判断材料が揃っていない段階で
動こうとすること。

「競合に先を越される」
という恐怖から来ることが多いです。

後者は、
すでに動くべき材料が揃っているのに

「もう少し情報を集めてから」
と先延ばしすること。

こちらは
「失敗への恐怖」から来ることが多い。

どちらも、
コントロールできないことへの反応が、
判断を歪めている状態です。

「準備に時間を費やすことと、
決断を先延ばしにすることは、

見た目が同じで、
本質が全く異なる。」 

——セネカ(趣意)

準備とは
「実行の時間に備えること」。

先延ばしとは
「実行の時間が来ても動かないこと」。

この二つを
自分で区別できているかどうかが、
経営者の質を決める極めて重要な問いです。

マンデラは27年間、
一度も焦りませんでした。

「実行の時間が来ていないこと」を、
正確に知っていたからです。

そして釈放された瞬間、
彼はすでに何をすべきかを知っていました。

準備が完了していたからです。


◆ 私の話——今が実行の時間だという確信

私が22億円の債務返済に
向き合った15年間。

それは、
今から振り返ると「準備の時間」でした。

茜丸の経営を引き継いだとき、
私は組織経営の素人でした。

銀行との交渉の仕方も知らなかった。

人材のマネジメントも、
コスト管理も、
業界の構造も、

全てが手探りでした。

修羅場の中でしか学べないことが、
確かにあります。

組織とは何か。
人とは何か。

経営者として何を守り、
何を手放すか。

15年間の返済期間は、
この問いに向き合い続ける時間でした。

アカネサスを立ち上げたのは2021年。

私には、
今が「実行の時間」だという確信がある。

その確信の根拠は感覚ではありません。

準備に何を使ったか、
実行に何が必要か、
その両方が今は明確に見えているからです。

見えていなかったときは、
動くべきではありませんでした。

見えている今は、
動くべき。

それだけの話なのです。


◆ 3人の哲学者が伝えようとしていること

エピクテトス、
マルクス・アウレリウス、
セネカ——

3人が
2000年の時を超えて
伝えようとしているのは、

ただ一つのことです。

「外の世界がどうであれ、
内なる世界は自分のものだ。

それを守ることが、
全ての出発点だ」

マンデラはこれを体現しながら、
ウィニー問題と後継者育成で失敗した。

マルクスも日記に
「今日また失敗した」と書き続けた。

セネカも矛盾を抱えながら書き続けた。

ストア哲学は、
完璧な人間を目指す哲学ではありません。

不完全な人間が、
毎日やり直す哲学です。

奴隷も、
囚人も、
皇帝も、

哲学者も、
経営者も——

その点においては
同じ土俵に立っています。

極限状態に置かれた人間が発見したことを、
経営者が「今日の判断」に使える。

それが哲学を学ぶ最大の意味です。

読書や映画で「知る」だけでは変わりません。

具体的な場面でそれを使うことで、
少しずつ変わっていきます。

変わるのは、
ゆっくりです。

しかし確実に変わります。


◆ 最後に一つだけ

明日の朝、
最初の困難な場面に直面したとき、

一度だけ立ち止まって
ご自身に問うてみてください。

「これは私がコントロールできることか?」

「今は準備の時間か、実行の時間か?」

その問いを持つだけで、
多くのことが変わるはずです。


構造的ポイント

・セネカが定義した浪費された時間
 過去を悔やみ、未来を漠然と不安がり
 他人の評価を気にする時間

・矛盾は解消しなくていい
 矛盾を抱えたまま今日できることをやる

・マンデラは5年で国を変えた
 準備に27年かけたから

・就任翌日に白人官僚を留任させた
 感情ではなく経営の問題として

・準備と先延ばしは見た目が同じで
 本質が全く異なる

・私の15年間は「準備の時間」だった
 今が実行の時間だという確信がある

・ストア哲学は完璧を目指す哲学ではなく
 不完全な人間が毎日やり直す哲学


お読みいただき
ありがとうございました。

明日の朝、
困難な場面に直面したとき、

一度だけ立ち止まって問うてください。

「これは私がコントロールできることか?」

「今は準備の時間か、実行の時間か?」

── 北條竜太郎


【今回の読書・映画案内】

■『人生の短さについて』セネカ(岩波文庫)
——連載を通じて読んできた方に、もう一度読み返すことをお勧めします。最初とは全く違う本に見えるはずです。

■『自由への長い道 下巻』ネルソン・マンデラ(NHK出版)
——「大統領就任後の5年間」の章に注目してください。27年の準備の後、5年でどう動いたか。時間の使い方の教科書として読めます。

■『インビクタス/負けざる者たち』(2009年、クリント・イーストウッド監督)
——最終回を読んだ後にもう一度見てほしい作品です。ラグビーの場面の意味が変わります。マンデラが「準備の時間」に何を育てたかが、映像の中に見えます。


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