アカネサス構想シリーズ|第109回【ストア哲学と経営判断②】──追い詰められたとき、判断は歪む
こんにちは、株式会社アカネサス代表の北條竜太郎です。
前回は、
マンデラが27年間壊れなかった理由と、
刑務官ブランドとの関係が
友情に変わった話をお伝えしました。
今日は、
経営者が「接し方」を設計することの意味、
ウィニーが壊れた理由、
そして追い詰められたときの判断の歪みについてお伝えします。
◆ なぜ刑務官の内面は変わったのか
マンデラは
刑務官を変えようとしたわけではありません。
彼がしたのは、
ただ一つのこと。
自分がどう接するかを、
毎朝選び続けただけです。
相手の態度はコントロールできない。
しかし
自分の接し方は、
完全に自分のもの。
前回触れたエピクテトスの
「コントロールの二分法」の実践は、
大きな決断の場面だけに
現れるのではありません。
朝、
扉が開いたその瞬間の一言に現れます。
採石場での強制労働の最中の表情に現れます。
面会に来た弁護士との30分間の使い方に現れます。
マンデラは
毎日その選択をし続けました。
結果として、
10年以上かけて刑務官の内面が変わった。
これは「人心掌握術」ではなく、
接し方を選び続けた結果として、
自然に起きたことなのです。
◆ 経営者が「接し方」を設計するとはどういうことか
この話を
経営の現場に引き戻しましょう。
組織の中で、
経営者の接し方は
想像以上に伝播します。
経営者がメンバーをどう扱うかが、
メンバーが顧客をどう扱うかに直結する。
これは理念の話ではなく、
観察される事実です。
しかしほとんどの経営者は、
「接し方」を意識的に設計していません。
忙しいときは雑になり、
成果が出ているときは寛大になり、
プレッシャーがあるときは短気になる。
状況によって変わる接し方は、
相手に安心感を与えません。
マンデラが27年間やり続けたのは、
どんな状況でも接し方を変えないことでした。
これは感情を殺すことではありません。
感情と接し方の間に、
「わずかな選択の余地を置き続ける」ことです。
経営者として問うべきは、
「自分が機嫌の悪い朝、
最初に会うメンバーにどう接しているか」
という一点に尽きます。
◆ 私自身の失敗
かつて
採用で大きな失敗をしたことがあります。
入社後しばらくして、
競合他社との関係を
意図的に隠していた人間がいる
ことがわかりました。
証拠は揃っており、
動くべきタイミングも、
頭ではわかっていた。
組織への影響も、
予測できたのです。
しかし私は動けませんでした。
「まだ挽回できるかもしれない」
という感情が、
判断を2ヶ月遅らせました。
その2ヶ月で
問題は組織の複数の箇所に広がり、
最終的に動いたときには、
収拾に多くの時間を費やすことになりました。
マンデラとは真逆の話です。
マンデラは
「コントロールできること」
——自分の接し方——
に集中し続けました。
一方私は、
「コントロールできないこと」
——相手が変わるかもしれないという期待——
に時間をかけすぎた。
この種の判断の遅延は、
感情ではなく
「希望への執着」から来る。
経営者として
最も扱いにくい認知の歪みです。
証拠があり、
タイムラインがあり、
動くべきことがわかっている。
それでも動けない。
気づいた時点でリセットする。
それ以外に選択肢はありません。
遅れた分を悔やむことは
コントロールできないことへの
エネルギーの無駄だ。
今日何をするかに
立ち戻るしかないのです。
◆ 哲学が実践になる瞬間
エピクテトスの
「コントロールの二分法」は、
読んだだけでは何も変わりません。
変わるのは、
具体的な場面で使ったときです。
機嫌の悪い朝、
最初に会うメンバーへの接し方を
一瞬止まって選ぶ。
感情が動いたとき、
そのまま行動に移す前に一呼吸置く。
その積み重ねが10年後、
組織の文化になる。
マンデラが
12年かけてブランドを変えたように、
経営者が接し方を設計することで
組織は変わる。
ただしそれは、
10年単位の長い話なのです。
◆ 1958年、24歳のウィニー
1958年。
南アフリカの
ソーシャルワーカーとして働く24歳の女性が、
ある男性と結婚した。
娘を2人もうけた直後、
夫は逮捕・終身刑。
彼女に残されたのは、
幼い子どもと、
マンデラという姓と、
アパルトヘイト政権の監視だけだった。
ウィニー・マンデラ。
彼女は屈しなかった。
何度も逮捕され、
拷問され、
強制移住させられながら、
それでも闘い続けた。
ネルソンが「獄中の象徴」なら、
ウィニーは「地上で戦う象徴」だった。
彼女なしに
ネルソン・マンデラという神話は
成立しなかったという評価は、
今も変わらない。
しかし27年の分離は、
二人を「別の人間」にしてしまった。
◆ 正当な怒りが制御を失うとき
ネルソンは獄中で、
和解へと向かった。
白人支配者の言語である
アフリカーンス語を学び、
刑務官と議論を重ね、
釈放後の国家建設を構想し続けた。
圧力を「内面の深化」に変換した。
一方のウィニーは地上で、
復讐に向かった。
1980年代後半、
彼女の周囲に私兵組織が形成され、
拷問や殺害に関与したとされる事件が複数起きた。
ウィニーの怒りは、
正当だった。
夫を奪われ、
子どもの父親を奪われ、
自由を奪われた。
その怒りに何一つ間違いはない。
しかし正当な怒りは、
やがて判断の回路を壊した。
怒りが正当であるほど、
自分の判断を歪めているとは気づきにくいもの。
正しいことへの怒りだから、
その怒りから来る行動も正しいはずだ——
そういう錯覚が起きる。
これがウィニー崩壊の核心。
感情の正当性と、
判断の正確性は、
全く別の問題なのです。
◆ 追い詰められると、インスタントな解決を求める
ここで、
私自身の話をさせてください。
かつて民事再生の局面で、
コンサルタントに頼ったことがあります。
複数回、
複数人にです。
なぜ頼ったのか。
追い詰められていたからです。
22億円の負債、
銀行との交渉、
社員の動揺——
全てが同時に激しく動いていました。
その状況の中で、
「お金を払えば解決できる」
という錯覚が起きたのです。
専門家に頼めば、
この複雑な問題が
インスタントに解消される。
本気でそう思っていました。
結果として、
それは「期待のしすぎ」でした。
騙されたわけではありません。
コンサルタント自身に
問題があったわけでもありません。
問題は私が
「お金で解決策を買おうとした」
ことにありました。
よく考えれば当たり前のことですが、
追い詰められているときには見えなかった。
民事再生というのは、
お金を払っても確約されないかもしれない。
再生できるかどうかは、
最終的にコントロールできない領域の話です。
自分自身の
「判断と行動の積み重ね」で
結果を作るしかない。
それは、
どんな専門家にも代替できないのです。
追い詰められると、
「コントロールできないことをコントロールできる」
と錯覚します。
私はその錯覚に対して、
お金と時間を使いました。
◆ ウィニーが壊れた構造と同じだ
ウィニーが私兵組織を作ったのも、
実はこれと同じ構造です。
彼女には正当な怒りがあった。
しかし怒りとは、
コントロールできないことへの反応です。
アパルトヘイトも、
夫が奪われたことも、
彼女にはコントロールできない。
それに対する反応として、
コントロールできないはずの問題を
「力」で解決しようとした。
私がコンサルタントに頼ったのも、
コントロールできないはずの問題を
「お金」で解決しようとした結果です。
形は違えど、
構造は同じです。
追い詰められたとき、
人間はコントロールできないことを
「力」や「金」でねじ伏せようとする。
それが判断を歪める。
◆ マンデラ自身も失敗した
ネルソン・マンデラも、
最も近い人間への判断では鈍った。
ウィニーの組織が
暴力事件を繰り返していた時期、
マンデラの決断は遅れ続けた。
獄中から、
正確な情報を得ることが
難しかった事情はあります。
しかしそれだけではありません。
最も近い人間への判断には、
感情が入る。
距離が遠い相手への判断は
冷静に下せた。
しかしウィニーへの判断においては、
感情が回路を歪めました。
そしてもう一つ。
マンデラの長男マクガトウは2005年、
エイズで死亡しました。
54歳だった。
マンデラはその日、
記者会見を開き、
息子の死因を公に告白しました。
27年間の獄中で
家族と過ごす時間を全て失った父が、
最後まで息子を守ることができなかったのです。
その深い痛みは、
いかなる哲学も届かない場所にありました。
偉大なリーダーだったが、
偉大な父ではなかった。
ストア哲学を体現した人間であっても、
最も近い人間との関係においては、
哲学が届かなかった。
これが
マンデラという人間の正直な姿です。
完璧な神ではない。
不完全な人間が、
不完全なまま、
それでも前に進み続けた。
だからこそ、
読む価値があるのです。
◆ 判断が歪んでいるとき、どう気づくか
追い詰められているとき、
自分の判断が歪んでいることには
気づきにくいものです。
しかし、
ひとつの目安があります。
「これはコントロールできることか?」
と問い直したとき、
答えが出ない状態が続いているなら、
その判断は
感情に汚染されている可能性が高い。
コンサルタントへの期待のしすぎも、
ウィニーの私兵組織も、
どちらも
「コントロールできないことを
コントロールしようとした」
結果です。
そこにエネルギーを集中させ始めたとき、
既に判断は歪んでいます。
マルクス・アウレリウスが
日記を書き続けたのは、
この歪みを毎晩「検出」するためでした。
「今日の私の判断は、
感情から来ていないか?」
——その問いを毎日立て直すことで、
歪みを最小化しようとしたのです。
完璧にはできません。
マルクスも日記の中で
「また失敗した」と書き続けました。
しかし毎日問い直すことで、
歪みは確実に小さくなっていきます。
構造的ポイント
・マンデラは自分の接し方を
毎朝選び続けた
・経営者の接し方は
想像以上に組織に伝播する
・状況によって変わる接し方は
安心感を与えない
・ウィニーの正当な怒りが
判断の回路を壊した
・追い詰められたとき
人はコントロールできないことを
「力」や「金」でねじ伏せようとする
・マンデラも最も近い人間への
判断では鈍った
・「これはコントロールできることか?」
と問い直すことで歪みを検出できる
お読みいただきありがとうございました。
今日あなたが最もエネルギーを使っているのは、
コントロールできることでしょうか?
その問いを、
毎日立て直してください。
── 北條竜太郎
【今回の読書・映画案内】
■『エンキリディオン』エピクテトス(岩波文庫)
——全100ページ程度の薄い本。まず第1章だけ読めば十分です。
■『自省録』マルクス・アウレリウス(岩波文庫)
——皇帝の日記。「また失敗した」が繰り返される。
■『自由への長い道 上巻・下巻』ネルソン・マンデラ(NHK出版)
——マンデラ自身が書いた自伝。
■『マンデラの名もなき看守』クリスト・ブランド(河出書房新社)
——刑務官の視点から見たマンデラの日常。
■『インビクタス/負けざる者たち』(2009年、クリント・イーストウッド監督)
——モーガン・フリーマン主演。
■『グッバイ・バファナ』(2007年、ビレ・アウグスト監督)
——クリスト・ブランドをモデルにした実話。
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