永代橋はなぜ予算化されたのか①――天保十三年(1842年)の史料構造と財政問題の時代 #81
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今回は、江戸の永代橋修復記録を読んでみました。
修復といっても、
そこには「どこをどう直したか」ではなく、「誰が金を出すのか」が繰り返し書かれています。
本稿では『諸色調類集』第8巻に収録された天保十三年の記録をもとに、この史料の基本構造を確認します
1 冒頭から「金の出方」が問題になっている
■原文
一 永代橋外弐橋修復并普請其外御入用金出方申上
(中略)
御勘定奉行掛合
■現代語訳
永代橋ほか二橋の修復・普請にかかる費用について、どのように資金を出すかを申し入れる件について、(中略)勘定奉行と協議する件。

ここで重要なのは、
👉 最初から「金の出し方」が主題になっている
という点である。
2 天保十三年の段階で費用が問題化している
■原文
天保十三寅年八月
永代外橋弐橋修復并普請其外入用
御金出方取調申上候付調
■現代語訳
天保十三年八月。
永代橋ほか二橋の修復・普請などにかかる費用について、その資金の出し方を調査し、報告した内容である。

ここは
👉 「御金出方(財源)」の問題
である。
3 三橋という単位での管理
この史料で扱われるのは、
永代橋
新大橋
大川橋(今の吾妻橋)
である。
有名な浮世絵で橋のイメージがよくわかります。
これらは個別に扱われず、「三橋」として一体的に管理されている。
つまり問題は、
👉 個別の橋ではなく都市インフラ全体の財政
である。
4 すでに「制度調整」の段階にある
史料に見えるのは、
勘定奉行との掛合
町役人の関与
財源の整理
といった動きである。
これは単なる修理ではない。
👉 どの制度から支出するかを調整する作業
である。
5 この史料の意味
この天保十三年の史料は、
請負
冥加金
備金
といった制度が混在した状態を整理する局面にある。
この後、三橋の財政は
橋銭(第2回)
冥加金(第3回)
予算制度(第4回)
へと展開していく。
まとめ
永代橋修復史料は、橋の工事記録ではない。
それは、
誰が負担するのか
どの制度から支出するのか
をめぐる財政調整の記録である。
そして天保十三年の段階では、その仕組みはまだ固定されていない。
制度は揺れながら、次の段階――予算化へと向かっていく。
👉 次回は、この前段階としての
「橋銭と請負」の仕組みを見ていく。
参考資料
画像から読み解きをサポートしてくれるツール
「ふみのは」
例文が豊富です。典型的な言い回しに慣れるには良いと思います
最初の頃は不要ですが、解読に慣れてきたら辞書が必要です。まだ辞書の力をいかせていない気がします・・
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