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なぜ大名たちは「裏付けのない不渡り手形」を乱発したのか?|江戸の金融崩壊 #106

現代のマーケットにおいて「実物資産の裏付けなき金融取引」がいかに危険な火遊びであるか、私たちはリーマンショックや近年の暗号資産バブルの崩壊を通じて身に染みて知っています。

しかし、時は江戸時代・宝暦12年(1762年)。世界初の先物市場を擁した「天下の台所」大坂で、まさに現代と同じ構造の「バブルと信用崩壊」が起きていたことをご存知でしょうか。

蔵屋敷という「影の銀行」の罪

慢性的な金欠に悩む大名たちが、大坂の「蔵屋敷」を舞台に手を出した禁断の錬金術。それが「空米切手(からまいきって)」です。本来、米切手とは「蔵にある米と引き換えられる権利(トークン)」ですが、大名たちは蔵に米がないにもかかわらず、架空の米を記載した切手を乱発して現金を調達し始めたのです。

大名たちの自転車操業はエスカレートし、発行した切手を後から身内で買い戻すような価格操作(ウォッシュトレード)まで横行します。幕府(大目付)の耳に届いた当時の市場の惨状は、史料にこう生々しく記録されています。

【引用①:宝暦12年正月】
「有高米より過米の切手を出相拂、且廻米都合いたし度節者は右過米切手の分買戻候類有之由相聞、正米直段并自餘の切手米賣買ニ相障甚不宜候」 (現物以上の空手形を振り出し、都合が悪くなるとそれを買い戻すような行為が横行していると聞く。これは本物の米の値段を狂わせ、他のまともな取引の邪魔になっており、極めて不都合である)


『御触書集成』[46],写. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2550015/1/12 (参照 2026-07-18)


『御触書集成』[46],写. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2550015/1/13 (参照 2026-07-18)


幕府、ついに堪忍袋の緒を切る

実体経済を無視したマネーゲームによって市場の信用は失墜し、大坂の金融システムは麻痺の危機に陥りました。ここで幕府が放ったのが、力による市場の即時沈静化、すなわち「空米売買の全面禁止」という強硬手段でした。

【引用②:宝暦12年正月】
「以来右躰之空米之米等書加致売買候儀堅令停止之条其旨急度可相守、若違犯之輩於有之者可為曲事者也」 (今後、このような実体のない空米を書き加えて売買することは固く禁止する。この旨を厳守せよ。もし違反する者がいれば、重罪に処するものである)


『御触書集成』[46],写. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2550015/1/13 (参照 2026-07-18)

しかし、これは壮絶な「イタチごっこ」の幕開けに過ぎませんでした。一度麻薬的な金融レバレッジ(テコの原理)を覚えた大名と商人が、お上の命令一つで簡単に足を洗えるはずがなかったのです。

(第2回へ続く:もし発行元が倒産したら?幕府が隠した「投資家保護」の裏ルール)

これまでの記事のまとめです



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