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江戸の銀行に“新税”をかけたら大混乱になった話④― 市場は静かに止まりはじめた - 天明四年(1784) -  #59

江戸の両替商に、新たな負担が課された。

幕府は、取引の規模に応じて「役銀」を納めさせようとした。
一見すると、合理的な制度に見える。

しかし実際には、

・申告は信用されず
・話し合いはまとまらず
・やがて商売そのものが揺らぎはじめる

史料に残るのは、混乱という言葉ではなく、
小さな「不具合」の積み重ねだった。

このシリーズでは、
江戸の金融市場に何が起きていたのかを、
当時の記録をもとに読み解いていく。


第4回は――
数字と現実が乖離し、市場が静かに止まりはじめる過程を追う。


前回の記事はこちら 


制度としては、回っているはずだった。

両替商たちは役銀を納め、帳簿も提出されている。
実際、史料にもこうある。

役銀去卯十二月分金六廿五両 〜 去卯年之分不残相済申候

――「去年十二月分625両 〜 昨年分は残らず納付済み」


『安永撰要類集』[17] 八ノ上 金銀銭両替之部,写. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2549819/1/28(参照 2026-04-18)

表面だけ見れば、問題はない。

しかし、その内側ではまったく違うことが起きていた。


■ 数字は出ている。でも信用できない

幕府は両替商に対し、月ごとの取引高を申告させていた。
その数字は、驚くほど整然と並んでいる。

だが、記録した側自身がこう書いている。

虚実之儀難計候

――「これが本当かどうか、判断できない」

『安永撰要類集』[17] 八ノ上 金銀銭両替之部,写. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2549819/1/33 (参照 2026-04-18)

さらに踏み込んで、

中々以書出候両替高ニ而者有之間敷

――「江戸の規模からして、この数字のはずがない」


『安永撰要類集』[17] 八ノ上 金銀銭両替之部,写. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2549819/1/34 (参照 2026-04-18)

つまり、

👉 統計そのものが信用されていない


■ なぜ誰も本当のことを書かないのか

理由ははっきりしている。

畢竟役銀差出間敷為御内端ニ書出候事

――「役銀を払いたくないために、低く申告している」

『安永撰要類集』[17] 八ノ上 金銀銭両替之部,写. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2549819/1/34 (参照 2026-04-18)

制度が、正直者を損させる設計になっていた。

だから人々は、

  • 取引を小さく見せる

  • 実態を隠す

👉 “見えない市場”を作り始める


■ 実際に商売をやめる者が出た

そしてついに、数字ではなく“現実”が動く。

両替屋六百三拾壱人之内
追々商売相止候もの共百人

――631人中、100人が廃業

一方で、新規参入は

新規ニ入仕候もの拾三人

👉 100減って、13しか増えない

『安永撰要類集』[17] 八ノ上 金銀銭両替之部,写. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2549819/1/33 (参照 2026-04-18)
『安永撰要類集』[17] 八ノ上 金銀銭両替之部,写. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2549819/1/34 (参照 2026-04-18)

これはもう、単なる不満ではない。

👉 市場の縮小そのもの


■ 取引量も明確に減っている

寅年ゟ商高格別減申候

――「前年より著しく減少」

『安永撰要類集』[17] 八ノ上 金銀銭両替之部,写. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2549819/1/34 (参照 2026-04-18)

しかも記録者は戸惑っている。

「なぜこんなに減るのか分からない」と。

だが理由はすでに書かれている。

👉 誰も本当の数字を書いていないからだ


■ 小口決済が詰まりはじめる

さらに深刻なのは、流通の現場だった。

釣銭遣候儀ハ格別両替不相成旨相触置候

――「釣銭のための両替を制限」

これにより、

商人方ニ而釣銭…差出候様相成

👉 商人が自分で両替を処理し始める

『安永撰要類集』[17] 八ノ上 金銀銭両替之部,写. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2549819/1/35(参照 2026-04-18)

つまり、

👉 両替商という“金融インフラ”が機能しなくなる


■ 市場は周辺から壊れる

影響はすぐに現れる。

場末…商高減少致候

――都市周辺で取引が減少

『安永撰要類集』[17] 八ノ上 金銀銭両替之部,写. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2549819/1/35 (参照 2026-04-18)
『安永撰要類集』[17] 八ノ上 金銀銭両替之部,写. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2549819/1/36 (参照 2026-04-18)

江戸の中心ではなく、

👉 周辺部から流通が止まり始める

これは現代の経済危機と同じ構図だ。


■ さらに廃業は増える見込みだった

渡世薄…商売相止候も可有之候

――「今後さらに廃業が出る可能性」

『安永撰要類集』[17] 八ノ上 金銀銭両替之部,写. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2549819/1/38 (参照 2026-04-18)

つまり、

👉 悪化はまだ途中


■ 「市場停止」とは書かれない

ここまで読んでも、史料は一言も

「市場が止まった」とは書かない。

しかし並べてみるとどうか。

  • 商売をやめる者が続出し

  • 取引量が大きく減り

  • 数字は信用されず

  • 決済が滞り

  • 周辺から流通が縮小する


👉 これはもう

市場が動かなくなっていく過程そのものである。


■ 見えない崩壊

この崩壊の厄介な点は、

👉 誰も「崩壊」と認識できないことだった

  • 納付は行われている

  • 書類も出ている

  • 制度も存在している

それでも、

👉 実態だけが静かに壊れていく


■ 次回(最終回)

制度は続けられたのか。
それとも修正されたのか。

そしてこの政策は、何をもたらしたのか。

最終回では、

👉 この“失敗”が意味するもの

を見ていく。

次回の記事はこちら
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