愛を育むのに、夫婦という形は必須なのか_。婚姻届は愛の保証書ではない
愛する人と結婚するもの。
結婚すれば、愛は続くもの。
夫婦だから愛し合うもの___。
家族になれば、簡単には壊れないもの…。
…実際は違った。
夫婦という形は、関係を“守る”ことはできる。
正式なパートナーであるわけだから。
でも__
愛そのものを“育てる力”があるわけじゃない。
同じ家に住み、
同じ生活を送り、
日常を共有していても…
愛があるかどうかは、別の話。
逆に___
形がなくても、
時間が限られていても、
深くつながっている関係もある。
つまり、愛を育てているのは「形」じゃない。
その中で、どう在るか__。
どれだけ相手に関心を持ち、
どれだけ言葉を交わし、
どれだけ心を向けているか。
それがなければ、どんな形でも薄れていくし、
それがあれば、どんな形でも深まっていく。
少し残酷だけど__
夫婦であることは、愛の保証にはならない。
結婚という“大きな契約書”に、サインしただけの関係。
そう考えると夫婦って、
いい生活(人生)を送るために__
愛という概念を、無理やりいれこんでるだけなのではないか__。
生活をともにする相手が心から愛する相手なら、
それが一番幸せであろう。
でも…
結婚って、
「タイミング」や「条件」
でパートナーを選んだりする。
「本当に愛する人を見つけたから結婚する」
というより、
「そろそろ結婚したい時期に出会った相手だから結婚する」
の方が、圧倒的に多かったりする。
結婚してからの方が、人生が長い。
そんな長い道のりの途中で__
本気で愛する人に出会ってもおかしくはない。
けれど…
「夫婦」
という契約を交わした以上、道を踏み外すことは許されない。
だから___
夫婦って
愛を保証するものじゃなくて、
“愛を育て続ける覚悟を持てるかどうか”
が問われる関係なのだと思う。
_____
必ずしも_
愛する人=夫(妻)とは限らない。
愛の形はさまざまで
「愛」は、目に見えないもの。
だからこそ__
形にとらわれすぎず、
自分がどう感じているかを、大切にしてもいいのかもしれない…。
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