送らなかったもうひとつの手紙 ~小説を書く理由~
小説「手ざわりと濁り」の創作裏話です。作品を読んでいない方も楽しめる内容ですが、深く知りたいと思った方のためにリンクを貼ってありますので、どうぞ。
ある人との再会が、この小説のきっかけでした。
その時間はとても感じるものが多く、何かのカタチで残したいと思い、
初めて小説を書いてみました。
今まで、文章を書くという行為は、仕事で議事録を書くとか資料をまとめるとかその程度で、自分の思いや想像で書いたことはありませんでした。
それなのに、帰ってきて直ぐに、記憶が新しいうちに感じたことを
書かなきゃとの衝動が起こったのです。
まず最初に書いたのが、「聖域の濁り」の元になる話です。
再会の中で交わされたある言葉から創造していきました。
それをベースに、自分の中の暗く渦巻く思い——未練やら、依存やら、執着やら——を混ぜ合わせた負の感情と、それでも正面から向き合いたい、甘えられる場所でありたいという率直な思いが、混沌と混ざり合った感情を出したかったのです。
正当性を振りかざしたかのようで、実は単なるわがままな思いを、そのままぶつけていきました。
小説の中の娘リナは、自分の娘と同い年の高校生という設定です。
「何者かも分からない中年男を絶対に受入れるはずがない」との確信から、
この娘が唯一正常な感覚をもつ人物として重要な役割を持っています。
本音では「甘えられる存在でいたい」との思いだけだったのです。
その思いを伝えたくて書き始めたのに、自分の過去への後悔と言い訳、
そしてこれから何が出来るのかとか「あーでもない、こーでもない」と
考えていくうちにこんな話になりました。
書き終わったときには、精神的にもとても疲れました。
これでもう小説を書くことはないなとすっきりした感覚さえありました。
それなのに、なぜ「あの春の手ざわり」を書くことにしたのか。
軽い気持ちで、再会の二日間の事実をなぞるように振り返ってみたかったのです。
全てが創作というわけではなく事実も含まれています。
そして何よりも、書かずにはいられないある言葉がありました。
とてもじゃないけど、自分からは生まれないセリフです。
それを丁寧に描きたかった。
前日に一人で行った伊勢神宮の影響も少なからずあると思います。
小説の中ではけじめをつけるために行った感じになってるけど、それが全てではありません。ただ、あの潔い簡素さが、小説には自然に出たんだと思います。
ここまでで二日間をカタチに出来たと感じて、小説は完結しました。
期間はほぼ10日間。我ながら、たったの10日でここまでたどり着いたんだとの思いに至りました。
そして一ヵ月ぐらいたって気付きました、自分の胸の微かな疼きは
治まっていなかった。
そこで「彼女に送らなかった手紙」を後日談として書きました。
あの書簡形式の小説は、ほぼ事実です。
思いが募った「ラブレター」です。
それが重いかどうかはもちろんありますが。
3篇をひとつにまとめて「手ざわりと濁り」と名付けました。
順番は創作順ではなく逆にしました。その方が読み手はざわつくなと。
最後に、「送らなかった手紙に返事が来たら面白くないか」と、
少しいたずらな気持ちで「送らなかった手紙の返事」を書きました。
女の気持ちを想像しながら、ちょっとクールにふるまって、
でも心根の優しい、凛とした感じ。
熱のこもった手紙とは異なり、かといって冷たすぎない、常温とでもいえるような返事。
これをエピローグに添えて、やっと完成に至ったのです。
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