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収奪から、「機能させる」海業へ ―海の可能性を解き放つ防人2.0―

海業は、まだ入り口に立ったばかりです。

前回の記事「山業があるなら、海業もあっていい」では、「海業」という言葉が制度として位置づけられ、漁港を拠点とした新しい経済活動が始まりつつあることを見てきました。しかし、本当の可能性は、その先にあります。

それは、海を「利用する対象」としてではなく、「機能する生態系」として捉え直すことです。

これまでの海との関係は、本質的には収奪でした。魚を獲り、利用する。それは人類の生存にとって必要な営みでしたが、同時に、海が持つ本来の機能――生態系としての回復力や調整能力――は、ほとんど意識されてきませんでした。

いま、その関係が静かに変わり始めています。

養殖が示す、海の本当のポテンシャル

その変化を最も明確に示しているのが、養殖の拡大です。現在、世界で消費される水産物のうち、すでに半分以上が養殖によって生産されています。これは単に天然資源の限界を示しているのではありません。人間が適切に関与することで、海の生産力を持続的に引き出すことができることを示しています。

養殖とは、自然に逆らう行為ではありません。それは、生態系の働きを理解し、その条件を整え、機能を安定的に発揮させる営みです。言い換えれば、養殖は「管理型の生態系」です。

海は、ただ魚を産み出す場所ではありません。適切に関われば、その機能を長期にわたって維持し続けることができる、極めて高いポテンシャルを持ったシステムなのです。ここに、海業の本質があります。

海業とは、資源を取り出す仕事ではなく、生態系を機能させる仕事なのです。

ブルーカーボンは、入口にすぎない

近年、「ブルーカーボン」という言葉が広く知られるようになりました。海草や藻場、干潟などが二酸化炭素を吸収する機能を持ち、その価値を経済的に評価しようとする試みです。

これは重要な一歩です。海が単なる資源の供給源ではなく、地球環境を安定させる機能を持つ存在として、初めて経済の言葉で語られ始めたからです。

しかし、ブルーカーボンは入口にすぎません。海の価値は、炭素吸収という一つの機能に限定されるものではないからです。

水質を浄化し、沿岸環境を安定させ、生物多様性を支え、景観や文化の基盤となり、災害の影響を緩和する。これらはすべて、生態系が健全に機能していることによって初めて可能になります。

重要なのは、炭素をどれだけ吸収するかではありません。海という生態系そのものを、いかに健全な状態で機能させ続けるかです。

海の価値は、魚の外にも広がっている

海の生態系としての機能は、すでに新しい価値を生み始めています。

たとえば、フィッシングツーリズムです。魚そのものを売るのではなく、海の体験を提供する。健全に維持された海は、一度きりではなく、何度でも価値を生み出し続けます。魚を獲れば、それで終わりです。しかし体験は、繰り返し提供することができます

しかも、その価値は魚だけにとどまりません。船、食、宿、風景、文化――それらすべてが組み合わさることで、価値は増幅されます。価値の高い体験は、他の価値を呼び込み、地域全体の経済を押し上げます

そしてそこには、もう一つの重要な価値があります。
海辺に立つこと。潮の匂いを感じること。水平線を眺めること。そうした体験そのものが、人の精神に安らぎと回復をもたらします。海は、経済的な価値だけでなく、人の内面にも影響を与える存在なのです。

防災という、もう一つの核心的機能

さらに重要なのが、防災・減災の機能です。藻場や干潟、沿岸の生態系は、波のエネルギーを吸収し、高潮や侵食の影響を緩和します。これはEco-DRR(生態系を活用した防災)と呼ばれ、世界的に注目されています。

生態系は、人工構造物とは異なり、自己修復能力を持っています。時間とともに劣化するのではなく、適切に維持されれば、その機能を持続し続けます。しかも、それは美しい。コンクリートの防潮堤と、白砂の海岸と松林。どちらが人を惹きつけ、地域の価値を高めるかは、明らかでしょう。

たしかに、維持には人の手が必要です。しかしそれは、地域に持続的な雇用を生みます。建設のように一時的な労働ではなく、長期的で安定した仕事です。

そして漁港は、平時には経済活動の拠点でありながら、災害時には支援拠点としても機能します。いわゆるフェーズフリーです。

海業は、地域の「稼ぐ力」であると同時に、「守る力」でもあるのです。

防人2.0とは、海を「機能させる人」である

しかし、生態系は放置すれば機能するわけではありません。変化を観測し、理解し、適切に関与する存在が必要です。それが、防人2.0です。

防人2.0とは、海を支配する者ではありません。海とともに生き、その変化を観測し、その機能が維持されるよう関わる存在です。

かつての漁師は、自然にこの役割を担っていました。日々同じ海に出ることで、わずかな変化に気づく。水の色、潮の流れ、魚の動き――そうした観測の積み重ねが、海の健全性を支えていたのです。

しかし、いま、その担い手は急速に減りつつあります。だからこそ、新しい防人が必要です。それは漁業者に限りません。養殖に関わる人、観光に関わる人、調査に関わる人、そして海辺に暮らす人。

海業とは、海の生態系サービスを理解し、その機能を維持し、社会と接続する仕事です。防人2.0は、その基盤を支える存在なのです。

海業は、「可能性の産業」である

海業は、まだ完成していません。しかし、それは未成熟なのではなく、可能性が開かれていることを意味しています。収奪する産業ではなく、機能させることで価値を生み出す産業。

海業とは、海の生態系サービスを束ねて提供する、「可能性の産業」です。
そしてその最前線に立つのが、防人2.0という新しい担い手です。

海は、これから再び、人とともに生きる場所になるでしょう。

初出:2026年2月6日
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