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【マロニエの木の下で】五章(ココ)

 今朝はウインナーと味噌汁だった。何年ぶりに母の身支度をしている姿を見たか・・・。
「慎也?」
母が驚いた顔で見ている。
慎也はとにかく腹が空いていた。テーブルに座り食べ始めた慎也を見て、慌てて母がご飯をよそった。
「今日は夕方には帰るけんね」
そう言うと、何となく安心した顔で母は出かけて行った。
この年になってもタコさんウインナーかよ、と苦笑しつつ全て平らげた。
千切りのキャベツだけは残しそのまま部屋に戻った。

 指定席で箱を覗くと色々なアバターがそれぞれの目的を担って忙しそうに動き回っていた。
しばらくタバコの煙を目で追いながら時々箱の中を覗きながらボーっとしていた。
いや、そうではない、ボーっとしていたのではない。
慎也は7時半を待っていたのだ。

やはり来た。

COCO:おはようございます
    今朝私にも虹が見えました
    屈折しているから見えたんですね
    今まで気が付きませんでした
    ありがとう
    今夜もお話しできたら嬉しいです
    では行ってきます

 昨夜書いた慎也の言葉の返事だった。
「ありがとう・・・か」と慎也は少しはにかんだ。

深海魚:何時頃から話す?


COCO:22時過ぎになると思います
    また書き込みしますね


慎也は今日の役目が終わったような気がしてなぜかホッとした。

「さてと始めるか!」
コントローラーを握った。

ヨル>おは~!

セーナ>ヨルさん!今日もこんな早くからINですか?

ロンタ>ヨルさんおはようございます!

ヨル>ロンタ久しぶり!今日も学校休んだのか?

ロンタ>サボりました

ヨル>www

セーナ>ロン君、まじめに学校行かないと
    卒業できなくなるよ?

ロンタ>セーさん母ちゃんみたいなこと
    言わんでくださいwww

ヨル>www

セーナ>笑い事じゃないよ!
    ちゃんと単位取らなきゃ!

ヨル>マジで母ちゃんだなw

ナノ>みんなおはょ!ってヨル!
   お前いつから朝型人間になった?

ヨル>なんか最近時計がおかしくてさw

ナノ>まあお前いると少しはダンジョンが
   楽になるから嬉しいんだけどよ

セーナ>うんうん、ヨルさんいると楽しい!

ロンタ>あの~新しいダンジョン行きたいんですけど

ナノ>じゃあパーティ組もうぜ!

 久しぶりにロンタが加わり、今日は4人でスタートした。
ロンタは高校生だがたまに学校をサボって朝方からINすることがある。
最近学校でイジメにあっているようだ。と、知ったところでお互いの私生活には干渉しあわない。

 箱の中の世界には定職を持ち、この仮想世界の時計に惑わされずに、気晴らし程度に遊ぶ人も多くいる。
片や慎也達のように、仮想世界こそが現実の世界であるかのように錯覚してしまう者も多い。
オンラインゲームの世界に初めて足を踏み入れた人は、少し遊ぶ程度と思って始める。自分はいつでも止められると思っている。そうやって続けていくうちに、いつの間にか自分自身がアバター化していくのである。
それが、この世界の怖さなのだ。

 台所からいい匂いがしてくる。
いつの間にか母親が戻っていたらしくカレーを作っているようだ。
おっと、もうこんな時間。

ヨル>ちょい放置

 と、慎也はコントローラーを置いた。
台所へ行きテーブルに座った。
振り向いた母が
「慎也どうしたが?」
「カレーある?」
「食べるがかえ?」
「うん」
夏美はもう一つカレー皿を食器棚から出した。
レタスをちぎりプチトマトを添えカレーと一緒に慎也の前に置いた。
ゆっくりと食べ始めると母は弁当箱を洗い始めた。
久しぶりのカレーだった。
慎也はその味を辿って瞬時に幼い頃を思い出した。

 あの日もカレーだった。
久しぶりの家族三人で囲む食卓になるはずだったのに・・・。
先ほどまで上機嫌だったアイツが突然暴れ出した。
何が原因でそうなったのかは覚えていない。
割れる食器の音、慎也の体には黄色い液体が飛び散り、胸から腹にかけて熱い物がねっとりと這って落ちた。

 突然慎也が食べるのを止め、席を立った。
「どうしたが急に?」
夏美は怪訝な顔で言った。
無言のまま慎也は部屋に帰った。
布団に寝転がり、先ほどの嫌な記憶から抜け出そうとした。
台所からは母が洗う食器の音がいつまでも聞こえてくる・・・。

書き込み通知の音が鳴り突然我に返った。

COCO:こんばんは
    今日はどんな一日でしたか?

深海魚:ゲームしてた


COCO:あれから絵は描いていないの?


深海魚:うん、描いていない


COCO:深海魚さんの絵、もっと見てみたいな


深海魚:あんたは絵は描いていないの?


COCO:時々は描いているけれど
    日記には載せないの


深海魚:どうして載せないだよ


COCO:じゃあいつか見てくれる?


深海魚:分ったじゃあいつか見せてくれ


COCO:今日ね、公園の花壇に可愛い
    パンジーが咲いていたの
    後で載せておくね


深海魚:パンジー?www
    後で見とくよ


COCO:ところでハンドルネームが
    深海魚さんでしょ?
    もしよかったらシンと呼んでもいい?


深海魚:シンカイギョのシン?www
    どうだっていいよ
    じゃああんたのことはそのまま
    ココって呼ぶよ


COCO:いいよ。
    じゃあ今夜はこれで寝るね
    おやすみなさいシン
    ココより

 慎也はおやすみと答え、暫く携帯を離さなかった。
慎也はココのアカウントに行ってみた。
ココの日記が更新されており約束通り画像を載せていた。
「これがパンジーか・・・」
この花は見たことがある。ただこの花の名前がパンジーだとは知らなかった。
黄色や青、紫や白などの花がこちらを見て笑いかけてくるような写真だった。
慎也はパソコンでパンジーを調べた。
検索項目の中に花言葉も見つけた。
色によって花言葉も変わることを初めて知った。
しかしパンジー全体を指す花言葉は。

『私を思って』だった。




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