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【マロニエの木の下で】十四章(一枚のハガキ)

 慎也は「次の作品を描かなくては」という意識が常にあった。
山の中の美術館』を訪ねた日から、スケッチブックを持って出かけることが多くなった。題材探しである。
近くの土手に咲く草花、公園の遊具、商店街の裏通りの風景、町工場で働く人の姿、用水路やそこにいる鳥、街角の猫・・・とにかく色々な物を慎也は貪欲に描いていった。

夜はココと色々な話をした。好きな食べ物、好きな映画、好きな歌手、好きな画家、趣味、今日の出来事、時には時事問題、等々・・・
他愛無い話であっても何時間でも話し続けた。
慎也のこれからの事を相談にのってもらう事も多かった。
その話の中でココについて分った事は東京に住んでいるらしい、プログラマーの仕事をしているらしい、映画鑑賞と読書が趣味だということ、携帯の番号とメールアドレスとSNS、事実ならば年齢は28歳ということ、これが慎也の知りうるココの情報である。

 3ヶ月も経った頃「シン、住所と名前を教えて欲しいんだけど」とココが言った。
「なぜ?」
「ちょっと送りたいものがあるの」
「分かった、えーっとじゃあ後でメールで送るよ」
「ありがとう」

 それから一週間後の事、スケッチを終えて帰ってきた慎也がポストを覗くとハガキが届いていた。慎也宛の郵便物だった。
差出人はなぜか『西崎 ココ』となっていた。
慎也の苗字である西崎を使い、名前はSNSのハンドルネームのココを使っていた。
驚きと胸の高鳴りを抑えながら部屋へ向かった。
住所と本名を記していない事についてはあまり深く考えなかった。
お互いの距離が近づいていくには段階があるのだろう、という思いだった。
 窓を開けると3月の風はまだ冷たいが窓際に差し込む日差しは柔らかかった。
慎也はゆっくりとハガキを読み始めた。


貴女の欠片

見えないカタチを 戸惑う両手で 包んでみる
側にいないのに… 側にいないから? 尚更だね…
ココロとらえて 離さない
いつになったら 誰より優しく 触れるコトができるかな?
見えない思いを 小さなカタチで 包んでみた
傍にいるよ いつも居るから
今更だよ… ココロにぎられ 放せない
いつかどこかで きっと自然に 
溶け合うコトが できるよね
貴方の欠片全部 勝手なココロで つかんでる
今更、尚更 ずっと ずっと 想ってく…。

緊張して手が震えちゃった。
シンはココにとって
素晴らしい人だよ。


「おいおいおい!・・・・・・マジかよ!」
と発しながら慎也はハガキを読んだ。
「いつか、どこかで、きっと自然に溶け合うことができる…」
内容をそのまま信じるには照れくささと嬉しさで顔が熱くてたまらなかった。
生れて始めて味わう感覚であった。

いつもはココからの電話を待つだけだったが、ハガキを読み終えた後に、急にココの声が聞きたくなった。
曜日や時間も考えずにココに電話をかけていた。

タダイマ オカケニナッタ デンワバンゴウハ デンゲンガハイッテイナイカ デンパガトドカナイバショニアルタメ カカリマセン・・・・・・

5分後にもう一度かけてみたが同じアナウンスが流れた。




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