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【マロニエの木の下で】十一章(始歩)

「シンは何歳?」
「27,ココは?」
少し笑いながら「シンより一つ上だよ」と答えた。
「シンはいつ頃から絵を描いているの?」
「中学の頃からかな」
「シンの描く絵の世界、私好きだよ」
「ありがとう」
「シンは仕事何しているの?」
「・・・してない」
「今仕事探しているの?」
「いいや・・・ぜんぜん探していない・・・」
「そう・・・なぜ仕事しないの?」
慎也は少し間をおいてから言った。
「仕事って楽しい?」
「うん、辛いなって思うことも多いけれど、でも楽しいよ」
「楽しい・・・かぁ・・・」
「シン!展覧会とかに絵を出してみれば?」
「いいよべつに・・・自己満足で描いているだけだし・・・」
「なんか勿体無いなぁ、シンの絵を見て共感してくれる人沢山いると思うんだけどなぁ」
「そう言ってくれるの、ココだけだよ」
「そんなことないと思うよ」

 その会話があってから数日して、慎也はタバコを買いに近くのコンビニに出かけた。
最近タバコの本数が減ってきたなぁ・・・と思いつつ支払いを済ませた。
出口の横の窓ガラスに貼ってあるポスターに目がいった。
『若手アーティスト作品募集』というものだった。
ココの「展覧会とかに絵を出してみれば?」という言葉を思い出した。
慎也は携帯で公募内容を写し帰った。


2008年作品募集『ヤングアート展』30歳までのアーティストの方・S10号以内、あなたの作品をお待ちしております。応募締め切り〇〇年△△月□□日 応募先〇〇町立美術館

締め切りまで3ヶ月ある。
「・・・描いてみるか・・・」
アクリル絵の具のセットは持っていたのでキャンバスを買いに行くことにした。
画材店は隣町にある。徒歩では少し遠いので自転車を引っ張り出した。
中学の時、母が買ってくれたものだったがほとんど乗ることもなく埃を被ったまま駐輪所に放置していたものだ。
タイヤに空気を入れチェーンにオイルを注してもらえば何とか乗ることが出来そうだったので、自転車屋まで持っていった。
「この自転車見てもらえます?」
少し猫背で人のよさそうなおじさんが出てきた。小さな店だったが作業場は綺麗に片付いていた。
「こりゃあタイヤ交換せにゃいかんぜ」
「どればあかかりますか?」
「前も後ろもやきねぇ~1万はかかるねぇ」
「ああ・・・お願いします」
慎也は父の貯めてくれていた通帳から2万円引き出しポケットに入れていた。
「チェーンもかなり錆ちょるね、ちょっと時間かかるき、そこに掛けてまちよってや」
近くの丸椅子に座り慎也は作業の様子をじっと見ていた。
ヘラの様な物でタイヤを外し始め、何種類もある工具を素早く手に取り無駄の無い動きをする働く人の姿を見た。
ペダルを手で回しブレーキを確認しながら「よっしゃ!直ったぞ!」と言っておじさんの顔がほころんだ。500円おまけしてもらった。
慎也は色々な意味を込めて「ありがとう」と言った。

櫻井画材店までは40分かかった。
画材店は商店街の丁度中間にあり古風で奥に長くこじんまりとした店だ。
店内に入ると意外と広く感じ、商品はきちんと整理され、見やすくなっていた。
「F10号のキャンバスありますか?」
店番をしていたのは色白で髪の長い女性だった。慎也と同年代くらいだろうか。
「10号ですか?少々お待ちください」と言ってキャンバスの並んだ棚を見に行った。が、「すみません、丁度F10号が…」と申し訳なさそうに言った。
「お急ぎでしょうか?明後日には届きますが…」慎也はその人が本当に困ったように言うので戸惑ってしまった。なんと返事しようかまごついていると、もう一度「すみません」と、言われてしまった。
「明後日もう一度来ます」と言うと慌てて店を出た。

今日慎也は二人の人間と話した。
慎也にとって他人と直に話をしたのは何年ぶりだろう。
風呂につかりながら「やたら疲れたぞ」と言いつつも心は満たされていた。慎也は慎也が思うほど人との接触がそう難しいものではないことに気づかされた。

二日後にキャンバスを買いに行くと例の彼女がいた。
「この間はすみませんでした。届いていますよ」明るい声だった。
クラフト紙で丁寧に包み紐をかけてくれた細く長い指が印象に残った。

その夜、ココとの電話の時、キャンバスを買った事を話した。
二ヶ月後に出展する作品を描くことを伝えると、とても喜んでくれた。



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