【マロニエの木の下で】二十章(道程)
あの日以来、慎也は全ての感覚が抜け落ち、空っぽのまま暗闇の中を歩いていた。
暮れも押し迫った頃、道作りの障害になる桜の木があった。
自然はなるべくそのまま活かした作品作りを心掛けてきた浜脇さんは一本の木の枝さえ切ることを許さなかった。
「この木だけはどうしても切らないかんのう・・・」と無念そうに言った。
慎也はノコギリで根元部分を切り始めた。
「この桜は何年も土留めの役を果たしてくれたきのう・・・」
慎也も思った。「この場所からこの桜は谷川を眺めながらいったい何年、いや何十年この坂道を守ってきたのだろう・・・」
途中休みを入れながら30分近くノコギリで引き続けた。
やがてバリッ!と音をたて、一気に谷川の方に向かって倒れていった。
その桜の木が自分の姿と重なった。春には満開の花を咲かせるはずだったこの桜が、慎也の胸の中で咲かずに終わった琴との思い出と繋がった。
大地にしがみついている切り株の根を掘り起こしながら一本一本切っていく時、一つ一つの思い出が消えていくようだった。これが生きていくという事なのか、現実とはこういうものなのか・・・。
今作っている道を慎也は初めて作品として受け入れられたような気がした。
「明日の晩、家(うち)で忘年会しようかのう、西崎君は酒は飲めるかね?」
「飲んだことありません」
「まあ、明日は泊まる準備して来てや」と慎也の肩を叩いた。
その日の帰り道、作業服のまま櫻井画材店に寄った。
例の彼女は接客中だったが、慎也に気付き片手を軽く上げ笑顔を向けてくれた。
慎也は絵筆を数本選んだ。
値札を見ながらレジを打つ白く細い指を見ながらマロニエの木に触れている琴の指と重なり、思わず目を逸らした。
「どんな絵を描かれているのですか?」と明るい声で聞かれ、慎也は我に返った。
「抽象画というか・・・心象画というか・・・」と歯切れ悪く答えた。
「ふーん・・・どんな絵なんだろう・・・」彼女は興味がありそうだった。
「またいつか機会があったら見て下さい」と慎也はボソッと言った。
その晩、母は夜勤だった。テーブルの上にはメモがあった。
「おかえり、半年間ご苦労さん。いなり寿司を作っているよ。おでんは温めて食べたよ」
今年最後の給料袋を取り出し、仏壇に置き、手を合わせた。
慎也はその晩、スケッチブックに桜の木の絵を何枚も描いた。
新緑の葉を付けた桜の木、紅葉した桜の木、枝だけになった桜の木、思うがままにただひたすらに描いた・・・。
12月末日、忘年会の日、約束の時間に浜脇さんの自宅に着いた。
風呂上りでジャージ姿の浜脇さんが「早う上がりや」と居間に通してくれた。
家は全て手作りだと聞いていた。随所にこだわりが見られる内装だった。
玄関は吹き抜けになっていて慎也が両手を回しても届かないほどの丸太の柱がドッシリと中央に立っていた。
居間に入ると囲炉裏があり、自在鉤(じざいかぎ)には鍋が吊るしてあった。
「西崎君は猪鍋は好きですか?」と奥さんが言った。
「はい、好きです」と答えた。
慎也が10歳の頃、家業の印刷店の忘年会の夜は猪鍋だった。
従業員の中で慎也が一番懐いていた「ケン兄ちゃん」と呼んでいた人がいた。父親に遊んでもらった記憶の無い慎也は仕事帰りのケン兄ちゃんが近くの公園で一緒に遊んでくれることが嬉しく記憶に残っている。
「慎坊、こじゃんと食え!」と皿一杯猪肉を入れてくれた。
珍しくこの晩は父の機嫌が最後まで良かった。
だから慎也にとって猪鍋は良い思い出の味だった。
「3人の忘年会やき、お互い遠慮せんとやろうや」と浜脇さんは慎也と奥さんにビールを注ぎ乾杯をした。
アユの塩焼きも炭火で焼き上がっていた。これもまた格別の味で慎也は2杯目のビールを頂いた。
「遊歩道も半分以上できましたね。いろいろと大変だったでしょう。残りの作業も怪我をしないようにやってくださいね」と言いながら奥さんが取り皿を渡してくれた。
「よう辛抱した。3日も続かんと思いよったがのう」とかなり酔った顔になった浜脇さんが手酌をしながら言った。
少し酔いが回った慎也は「奥さんとのなれそめは何ですか?」と突然言うと二人は顔を見合わせて、大笑いした。
「真面目な質問かえ?」
「はい、真面目に答えて下さい」と真剣な顔で浜脇さんを見た。
「おい、お前が答えてくれ」と奥さんに振ると「あなたの一目惚れでしたよね」と返し、笑いながらビールを取りに立った。
「西崎君、実はのう、今の嫁は二人目で・・・」と、酔いがさめたように話し始めた。
「最初の嫁は産後の肥立ちが悪うて、赤子を残してのうなったがよ。僕は困ってのう、親戚に預けろうかと思うた事もあったがよ・・・」
ビールを2本持って奥さんが戻ってきた。浜脇さんは奥さんの方に向かって「あんたが助けてくれたがよね。のうなった嫁の妹が、この文枝さんです」と言いつつ浜脇さんは奥さんの肩をポンポンと叩いた。
2007年のめまぐるしい一年が終わろうとしている。
年が明けてからもまだ慎也は立ち上がれないでいた。
食欲も落ち仕事から帰るとすぐに電気を消して寝る日が続いていた。
寂しさに耐えかねて27インチの箱の中の仲間達の元に帰ろうかと思う事もあった。しかし今27インチの箱の前に座る姿を琴が見ていたらどう思うだろう?そんな姿の僕に寄り添ってくれるはずがない!僕が再び深い海の底で生きることを望んでいるはずがない!僕の成長を誰よりも喜び、生きる糧としてくれていた琴に僕が今するべき事はそんな事じゃない!と思いとどまった。
その後も作業をしている時、言い知れぬ悲しさに押しつぶされそうになる日があった。そんな時は心の中の琴と対話しながら自分を奮い立たせた。
一日、また一日と道が伸びていく。琴はもういない。しかし慎也の傍にはいつも琴がいた。
雨の降る日に浜脇さんのアトリエで絵を描く時も、身を切るような谷川からの空っ風に吹かれながらの作業の日もずっと慎也の傍に琴がいた。
慎也には今、するべき明確な仕事がある。浜脇さんという師匠も出来た。
もがき苦しむ中でも少しずつ強くなっていく慎也がいた。
浜脇さんのアトリエで描き上げた100号の絵はその年の県の美術展覧会に出展した。大きな展覧会の入選は慎也に自信をもたらした。
苦しさの中でも絵だけは描き続けていた。
絵も慎也の一部になり始めた。
