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夕張・万字線・岩見沢【北海道廃線遺構一日目】

■ 4月27日


ANA機

 (同社としては「エイエヌエー」としか読みません。)

(羽田発)

苫小牧東港のフェリーが見えました。
細長いのがたくさんあるのはシャーシだけのトレーラーのコンテナ。
左上で整然と並んでいる農地は、名産のハスカップです。
2023年、私は同港から新潟まで自家用車と共に乗船しました。▼

 (就寝は個室です。)
羊蹄山など。
天候の関係で薄暗い新千歳空港へ。

夕張地区

滝ノ上

旧北炭(=北海道炭礦汽船(株))滝之上水力発電所


JR石勝(せきしょう)の滝ノ上信号場。二年前まで駅でした。
信号場とは「乗降できないがポイントと信号機はある所」と考えればOKで、
今もすれ違いはできるので、こちら側と奥の2箇所のポイント部に積雪しないようこの上屋があります。
2泊3日のツアータイトルはこれです。おひとりさま以外参加禁止。

登川支線

登川支線跡。
元来は国鉄夕張線の紅葉山(現・新夕張)から分かれる二駅だけの支線でした。
それにほぼ並行して高規格の新線石勝線が開通したので、途中の(かえで)駅はそこへ移転。▼
空地のような所がかつての駅前広場。紺色がツアーバスです。
その後駅は廃止され楓信号場になりました。
札幌~南千歳~トマム~帯広~釧路の特急は全てここを通過します。
なお石勝線が開通するまで、札幌から帯広・釧路方面へ向かうのは滝川(~富良野~)経由の遠回りでした。

清水沢駅

国鉄夕張線(晩年はJR石勝線夕張支線)の清水沢駅前。右は旅館です。
左寄りにバス停上屋の跡があります。
夕張市は市長(現・道知事)が「積極的廃線」とうたって「今のうちに」鉄道廃線を認め、代替バス路線やバスターミナルを整備しましたが、
その後札幌直通の高速バスも市内の路線も次々と廃止され、現在は市内である新夕張駅までしか行けないのでそこから鉄道へ乗換える手段しかありません。

▲いずれも写真中央付近が同じ建物です。▼(一部は解体)

2022年の同社、同ガイドによるツアーの頃は、まだ駅舎が残されていました。
右端がホーム。
さらに昔、現役時代の清水沢駅跨線橋の写真は昨年月刊誌に載りました。
一見スキー教室のようですが、朝列車を下車してきた児童たちなので、日常の登校シーンだと思われます。
もっと北、第五志幌加別橋梁。
これは国鉄の複線で、夕張鉄道の単線跡がさらに左方向に残っています。

万字線

現在はすべて岩見沢市内です。

上志文駅

上志文(かみしぶん)駅跡(岩見沢市)。
足場がありますが解体ではなく、冬が終わったのでメンテを始めたのだと思われます。

朝日駅

タイトル写真の屋内です(岩見沢市)。
入換え用蒸気機関車「B20」型
近くの「朝日コミュニティ交流センター」に万字線の資料や写真がたくさん。

万字駅

旧駅舎が万字仲町簡易郵便局になりました。この階段を下りたらホーム跡(岩見沢市)。

万字炭山駅

終点のホーム。

 北海道の廃線跡・駅跡は、あと半月もすると雑草が繁茂し、見えなくなったり歩けなくなったりするそうです。

元鉄道敷地にひっそり咲くカタクリ。

岩見沢

駅舎で、垂直の柱はすべて古レールです。
同年代でもないのに、勢いよく手を振りピースサインをする制服の女子高生3人。
転車台が現役です。
海道礦鉄道 岩見沢工場=現・岩見沢レールセンター
旭川発「カムイ30号」札幌行きが到着。
たくさんの格子のような部分は流雪溝です。

 宿泊はビジネスホテル。

今はない「岩見沢ホテル」に泊まったことがあります。
道内でも有数の豪雪地帯なのに、右端を見ると当時は信号機が縦長ではなかったことが不思議。

 函館本線・美唄鉄道・幌内線へつづく▼
美唄鉄道/幌内線【北海道廃線遺構二日目】|千田正哉

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