広島旅・市内編 ちょっとした悲劇ー旅ノートとリュックと一緒に旅に出たー
宮島口の楽しみ
宮島からフェリーに乗り、宮島口に到着。いよいよ今年の旅の目的地、広島平和記念公園へ向かいます。
…の前に、小腹が空いてきたような💦
そこで立ち寄ったのは、 宮島口旅客ターミナルにある、 紅葉堂 etto店 。名物「揚げもみじ」の瀬戸内レモン味をいただきました。こちらの揚げもみじは串に刺して渡してくださるスタイルで、レモンクリームの爽やかな風味がとても美味しかったです。
宮島口旅客ターミナルには他にも飲食店やお土産店がたくさん並んでおり、歩いて回るだけでも楽しい場所でした。
折り鶴を奉納
さあ、そろそろ行きましょう。
JR宮島口駅からJR山陽本線に乗って、西広島駅で下車。そこから「己斐(こい)」エリアのバス停でバスに乗り換え、紙屋町バス停へ向かいます。
まずは、この旅のテーマのひとつでもある原爆ドームを見学。実は広島を訪れるのは初めて。
青空の下、鉄骨がむき出しになり、レンガがところどころ崩れ落ちた建物。それでも手の込んだ装飾が残っているのを眺めていると、このドームを一瞬で焼き尽くした原爆の恐ろしさを思い、背筋に寒気を感じました。

その後、原爆の子の像へ。像の周囲には折り鶴を納めたガラスケースがずらりと並んでおり、誰でも奉納できるようにと一部のケースは扉が開けられています。
私はこの旅のために娘が折ってくれた折り鶴を、奉納しました。

平和祈念館と平和記念資料館
公園の真ん中には、あまりにも有名な平和の灯が揺らめいていました。
毎年8月にはニュースで見てよく知っている光景なのに、全く違うものに見えました。目の前で燃えている炎、池の揺れる水面、周りの木々が、包み込んでくれるような、そんな感覚を覚えました。
さらに進んでいくと広島原爆死没者追悼平和祈念館へ。
ここは入口が地下一階にあり、誰でも無料で入れます。
入ると螺旋状のスロープが続き壁に広島市内の町名が刻まれていました。スロープの先には白く静かに祈りを捧げる空間が広がっています。
原爆が落ちるまでは確かに人々の日常があった場所。あの一瞬で、その日常すべてを焼き尽くされたのだと、展示されたものが痛々しく訴えかけてきます。
多くの国内外の観光客が訪れていましたが、皆さん静かにゆっくりと、目を逸らさずにご覧になっていました。

もうひとつの建物。
広島平和記念資料館にも行きました。
少し前に展示内容が新しくなったこともあり、たくさんの観光客で賑わっていました。こちらは入場料が200円です。
資料館に入ってすぐ、被爆前の平穏な街の姿がパネルで展示されていました。それを見たあとに続く、目を覆いたくなるような荒廃した焼け野原の展示は、ものすごいインパクトでした。
展示物すべてが、平穏な日々を壊された悲しみを訴えているようでした。多くの観光客がいるのを感じさせないくらい静かな空間に、時々すすり泣くような声が聞こえてきます。
資料館の本館と東館を繋ぐ廊下の、真ん中辺りで窓の外を見ると、公園の平和の灯がみえました。
薄暗く苦しみが満ちた『過去』から抜け出した先に、光に満ちた眩しい『今』があることを語りかけているようでした。

旅の途中で起きた小さな悲劇
この日のランチは コメダ珈琲。たまごサンドのセットを注文し、美味しくいただいていたそのときのこと。
「ん?なんだか口に違和感が…?」
なんと、差し歯が取れてしまいました!
しかもよりによって前歯!!😂
コメダ珈琲を出たすぐの歯医者に飛び込もうかと迷ったけれど、流石に知らないところは入りにくい。
数日後に地元で予約をとっていることを思い出し、このまま我慢することに。
旅先での思わぬハプニングに動揺しつつも、気を取り直して次の目的地へ。ここから北上し、広島城へ向かいます。
広島城へ
この旅の目的地のひとつ、広島城。城内を歩くと、原爆で受けた数々の傷跡が見られました。
かつて広島城は「国宝」に指定され、市民にも国にも“宝”とされた建物でしたが、原爆で倒壊。人々のショックは計り知れなかったはずです。
現在の天守は1958年に再建された復元天守。来年3月には閉城し、しばらく入れなくなるそうです。
閉城前に訪れることができて本当に良かったと感じます。
最上階の展望室から街並みを眺めると、資料館で見た焼け野原のパネルが重なり、「よくぞここまで復興した」と胸が熱くなり、涙がこぼれました。

本日のお宿は呉に
そろそろ夕方。広島城を後にして、本日のお宿へ向かいます。
今回の旅は私史上初の3泊4日!(あ、高速バスを入れると4泊?)ということで、広島市内から少し離れた呉に宿を取りました。
呉には大和ミュージアムや海上自衛隊呉史料館(てつのくじら館)があります。残念ながら大和ミュージアムは2026年3月まで閉館中ですが、どうしても外観だけでも見たいと思いました。
そして、呉を訪れたい理由がもうひとつあります。
――実は、私の祖父が戦時中に呉で過ごしていたのです。
実家で見つけた祖父と呉との繋がり。港町として栄えた呉の景色を祖父も見ていたのかもしれない。
そんなことを思いながら、私は夕暮れの呉へと向かいました。
あとがき的なご案内
戦後80年、自分なりの追悼と祖父の影を追う旅はまだまだ続いていきます。
これまでの道のりも、よければのぞいてみてください
🚉 広島エリア
旅のメモ(市内編)
※ここからは、私の実際の行程と費用をまとめています(有料部分)
最後に今回の旅ノートを作るときに参考にしたサイトを貼っておきます。
旅の計画や電車の時刻表チェックにどうぞ✍️
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