イーロン・マスクが破壊した宇宙の常識。「静止衛星」と「周回衛星」のリアル宇宙不動産学
昨日公開した第1回では、普通の高専生だった僕が数百億円の人工衛星プロジェクトに携わることになり、管制室に立つまでに見てきた「宇宙開発のリアル」についてお話ししました。
(まだ読まれていない方は、ぜひ先にそちらを覗いてみてください!)
さて、第2回となる本日は、最近ニュースでよく耳にする「宇宙ビジネス」や「宇宙投資」の裏側へと、一歩踏み込んでみようと思います。
みなさんは、毎日のように天気予報の雲の動きをチェックしたり、あるいはイーロン・マスク率いるスペースXの「スターリンク(Starlink)」が災害時に活躍した、というニュースを目にしていると思います。
今や私たちの社会インフラは、宇宙にある「人工衛星」なしには1日も成り立ちません。
これから成長する宇宙ビジネスや宇宙投資に興味を持つ方も増えていますが、ニュースに出てくる人工衛星たちをビジネスの視点で解剖すると、実は宇宙の中で「まったく違う2つの生き方(ビジネスモデル)」を選択しているのをご存知でしょうか。
それが、「静止衛星」と「周回衛星」です。宇宙業界を正しく読み解くための「基本のキ」であり、現場のエンジニアが最初に叩き込まれるこの2つの違いを、今回は私たちの身近な「駅ビルのお店」と「キッチンカー」に例えて、分かりやすく解説してみます。
静止衛星は、超一等地に構える「駅ビルのお店」
まず、僕がこれまでに複数回の初期運用(管制室での運用)を担当してきたのが、こちらの「静止衛星」です。
「静止」という名前の通り、地球から見ると、空の同じ場所にずーっと止まっているように見える衛星です。
実際には衛星が「止まって」いるわけではなく、地球の自転と同じスピードで動いているため「止まって見える」のです。
これは例えるなら、「主要駅の駅ビルにある、超一等地の専門店」です。場所が固定されているということは圧倒的な強みになります。
なぜなら、地上のアンテナを一度そちらに向けておけば、衛星がどこかへ行ってしまう心配がないからです。
駅ビルのお店も、お客さんたちは「いつ行っても、絶対にそこにある」という安心感を感じます。
静止衛星は、「いつもそこにいる」という絶対的な安心感で、24時間365日、日本全体に確実に電波を届けたり、地球の様子を観察したりできます。
気象衛星の「ひまわり」や、BS・CSの「放送衛星」がこれにあたります。
ただし、この「駅ビルの超一等地に出店」するためには、途方もない条件を一つクリアしなければなりません。
それは、「高度36,000km」という、気の遠くなるような遠い場所にいなければならないということ。
これは、地表から衛星まで、地球が追加で丸々3個もすっぽり入ってしまうほどの距離です。
こんな遠くに衛星を打ち上げられるロケットを持っている国・企業は日本のH3、アメリカのスペースXやULA、欧州のアリアン、その他ロシア・中国・インドなど世界中でも非常に限られます。
さらに、打ち上げ後も1週間昼夜関係なくつきっきりで初期運用をしてあげて、ようやく「静止軌道」と呼ばれる静止衛星専用の軌道にたどり着きます。
ここに1機を打ち上げるだけで、数百億円という莫大な費用と初期運用という手間暇がかかります。
だからこそ、静止衛星は「1機で15年もつように、絶対に壊れない一級品」として、ガチガチに頑丈に作られます。
静止衛星を使ったビジネスの本質は、「最初に巨額のインフラ投資をして一等地の利権を確保し、長期にわたって安定した利益を得るビジネス」です。
周回衛星は、街なかを駆け巡る「キッチンカー」
一方で、最近スターリンクなどのニュースでよく聞くのが「周回衛星(低軌道衛星)」です。僕も1回だけ運用に携わったことがあります。
こちらは静止衛星とは真逆で、高度数百kmという地球のすぐ目と鼻の先にいます。
静止衛星は高度36,000km。
この圧倒的な差を私たちの感覚に縮めて例えると、静止衛星が東京から大阪くらい離れている場所にいるなら、周回衛星はわずか5km~10kmという近さです。
地球に近いからこそ、次のようなメリットがあります。
カメラで地上の写真が綺麗に撮れる
電波のタイムラグがない
衛星を打ち上げる費用も抑えられることが多い(小型衛星であれば特に)
しかし、いいことばかりではありません。
この周回衛星は、「止まっているように見える」静止衛星とは異なり「1秒間に8km」という猛スピードで宇宙空間を「疾走」しています。
これは「自分の頭の上を、数分で通り過ぎていなくなってしまう」速さで、周回衛星の致命的な弱点です。
運用においても、「衛星が見えている数分間にすべての指令とデータ回収を終わらせなければならない」という独特の緊張感が付きまといます。
例えるなら、街なかを移動しながら営業する**「キッチンカー(フードトラック)」**そのものです。
「目の前に来たらサービスを受けられるけど、すぐに次の場所へ移動してしまう」。
この性質を活かしたのが、日本の「だいち」シリーズに代表されるような、地球を観察する高機能な「観測衛星」です。
観測衛星は、「日本全国津々浦々、各地の都市を順番に回る」というイメージで、機動的に日本全国、あるいは世界中のあらゆる場所を定期的にピンポイントかつ高解像度で観測を行います。
ただし、1機だけでは「数日に1回、その場所の上空を通るときに写真を撮る」という運用がメインになるため、リアルタイム性には限界がありました。
「それなら、通信インフラとしては使えないのでは?」
そう思いますよね。この欠点を、誰もが一度は考えるけれど諦めてしまうような「離れ業」で克服したのが、冒頭に登場したスペースX社のスターリンクです。
彼らの解決策はシンプルかつ豪快でした。「1台ですぐいなくなるなら、数千台のキッチンカーを数キロおきに世界中に配置すればいい」。
現在、数千機を超える数の小型衛星が地球の周りを網の目のように隙間なく巡っています。
これにより、周回衛星の利点であるタイムラグが少なく高速な通信をいつでも・どこでも途切れず提供することに成功しています。
今後はさらに1万機を超す数に拡張するとのことで、まさに小型衛星ビジネスの最先端を突き進んでいます。
このように、周回衛星を使ったビジネスの本質は、「需要があるところにいつでも駆けつける、機動力を活かしたビジネス」なのです。
どちらが勝つのか?という「ビジネスの視点」
スターリンクを始めとして小型衛星をたくさん打ち上げる企業が増えており、小型衛星は最近急激に注目度を上げています。
ニュースを見ていると、「これからは小型衛星の時代で、高価な静止衛星は時代遅れなのでは?」という風潮を感じることもあります。
ただ、現場を知るエンジニアとしての答えは、「完全に役割が違うので、共存する」です。
なぜなら、小型の周回衛星には、ビジネス上の「大きな罠」があるからです。
それは「維持費」です。
地球に近いところを飛ぶ周回衛星は、実はわずかな大気の抵抗を受けているため、数年程度で寿命を迎えます。
スターリンク衛星も、約5年で寿命が来ると、自ら大気圏に突入して燃え尽き、「廃棄」される設計になっています。
つまり、サービスを維持するためには、「常に新しい衛星を作り、常に打ち上げ続けなければいけない」という、莫大な維持費のループが発生し続けます。
また、気象衛星ひまわりが提供しているような「2.5分ごとに、日本全体の雲の動きを定点観測する」といった超広範囲・超高頻度のミッションは、見える範囲が狭く、一瞬で通り過ぎてしまう周回衛星にとっては極めて苦手な領域です。
このように、どちらが優れているかではなく、用途・ニーズに応じた使い分けがされているのが宇宙ビジネスのリアルです。
私たちが生きる地上でも、駅ビルの一等地の専門店と、機動力を活かしたキッチンカー、それぞれが違う客層に対して異なるアプローチでビジネスを成立させていますよね。
ニュースを見るときに「この宇宙企業は、どのようなビジネス・サービスを狙ってどのような衛星をどれくらい打ち上げているのか?」という視点を持つだけで、その企業のビジネスモデルやリスクが、一気に見えるようになってきます。
さて、今回は宇宙を舞台にした「お店の構え方(軌道とビジネスモデル)」の話をしました。
ただ、そもそもこの何百億円もする人工衛星たちの「中身」って、一体どうなっているのでしょうか?
なぜ、15年も壊れずに動き続けたり、1秒間に8kmで走りながらバグを起こさずにいられるのか。
次回は、人工衛星をパカッと解剖して、その中身を「車」や「人間の体」に例えながら、エンジニアのこだわりを覗いてみようと思います。
また、今回の記事で書ききれなかった、技術的な観点での静止衛星と周回衛星の違いは、下記の通り別記事で公開しています。こちらもどうぞ!
(本記事は、画像および文の一部に生成AIを使用しています。)
