「お金を稼ぐ/お金を稼ぐ能力を高める」ために時間を割く
「探索欲だけでは生きられない」という話をした
これまで私は「探索欲は無限だ」と仮定して生きてきた
もしそうなら、探索欲だけに基づいて生存に必要な資源(住居や食料)を得ることが可能なはずだ
だが何度試しても、探索欲のみに基づいて行動を起こし続けることはできなかった
どこかで行動をやめてしまった
そして今回、ついに「探索欲には限界がある」と結論づけた
探索はある程度したら満足する
その満足感は一時的で、時が経てば欲は復活するが、そのために行動し続けることはできない
この結論は、私の生き方を変えそうだ
探索欲に限界があるなら、生存に必要な資源(住居、食料など)は別の動機づけで行動して確保しなければならない
人生の出発点はアタッチメントの安心感だと思う
これは今回の気づきがあっても変わらない
つまり人生は「アタッチメントの安心感→生存→探索」という流れで進みそうだ
また、探索欲に限界があるなら、その次には何が来るのだろう
「貢献」が来るのではないか、というのが私の考えだ(アドラー心理学の「他者貢献」も踏まえている)
まとめると、人生は「アタッチメントの安心感→生存→探索→貢献」という流れで進むのではないか
まず最初の「アタッチメントの安心感」を得る方法については、過去に詳細に書いたのでそちらを参照してほしい
次に「生存」については、現代社会では「お金を稼ぐ」というやり方が主流だ
普段の生活では、お金を直接稼ぐことに加え、「お金を稼ぐ能力を高める」ことにも取り組む必要がある
「手元に1000億あったら生存をスキップできるか」というと、そう思わない
資産がなくても生存できるだけの能力を身につける必要があると思う
次に「探索」は、私は既に散々やってきた
親にくっついて安心感を得た人は、自発的に外の世界へ出ていくが、これは人間、ひいては動物の本能だと思う
なお、探索欲には限界があるので、探索は欲が満たされるまですればよい
この段階は楽しい
最後の「貢献」は、生存と探索を終え、やることがなくなったら取り組む課題だ
貢献の欲求に上限があるかはわからないが、自分はまだそこから遠いので一旦置いておくことにする
私の場合、「アタッチメントの安心感」と「探索」は足りている
一方、「生存」は足りていない
したがって普段の生活では、「お金を稼ぐこと/お金を稼ぐ能力を高めること」に主に時間を割くことにする
同時に、探索をして探索欲も満たす
「お金を稼ぐ/お金を稼ぐ能力を高める」という目的なら、今よりも多く行動を起こせる気がする
探索のために行動し続けるより簡単に思える
「お金を稼ぐ/お金を稼ぐ能力を高める」ことに意識的に時間を割いてみることにする
じゃまたね
読んでくれてありがとう
