渾水摸魚は「混乱に乗じる計略」ではない──人は判断軸を失うと認知負荷が爆発する

三十六計第二十計「渾水摸魚(こんすいぼぎょ)」は、
「水を濁らせ、その隙に魚を捕らえる」
という意味から、
「混乱に乗じて利益を得る計略」
として説明されることが多い。
もちろん、それも間違いではない。
しかし、本当に重要なのは、
なぜ人は混乱すると判断を誤るのか
という認知の仕組みである。


混乱とは情報が多いことではない

人はよく、
「情報が多すぎて混乱した」
と言う。
しかし、本質は情報量ではない。
混乱とは、
何を基準に判断すればよいか分からなくなる状態
なのである。
判断軸が明確なら、
情報が増えても整理できる。
しかし判断軸を失うと、
どの情報も同じように重要に見えてしまう。

判断コストは比較対象で決まる

人間の脳は、
情報そのものよりも、
比較する対象
が増えるほど負荷が高くなる。
例えば、
専門家が一人なら判断は簡単である。
しかし、

  • 専門家A

  • 専門家B

  • 専門家C

  • 専門家D

が異なる意見を述べ始めると、
「誰が正しいか」
ではなく、
「何を基準に比較すればいいのか」
という問題になる。
判断軸そのものが曖昧になるため、
認知負荷は急激に増加する。

専門家が多いことは問題ではない

専門家が多いこと自体は悪くない。
全員が同じ評価軸で議論しているなら、
結論は自然と収束していく。
問題なのは、
評価軸そのものが異なること
である。
例えば、

  • 利益を重視する人

  • 公平性を重視する人

  • 安全性を重視する人

  • 自由を重視する人

では、
全員が専門家でも答えは一致しない。
だから、
「船頭多くして船山に登る」
のである。
人数ではなく、
判断軸が一致していないことが原因なのだ。

情報社会では判断軸が増え続ける

現代では、
SNSや動画配信によって、
誰もが情報を発信できるようになった。
インフルエンサー、
YouTuber、
専門家、
AI、
ニュース、
個人ブログ。
情報源は爆発的に増えている。
その結果、
人は情報を探しているのではなく、
どの判断軸を採用するか
を探すようになった。
つまり、
現代は情報過多というより、
判断軸過多
なのである。

渾水摸魚は判断軸を失わせる計略である

だから渾水摸魚とは、
単に混乱を起こす計略ではない。
相手の

  • 判断基準

  • 比較基準

  • 優先順位

を曖昧にし、
認知負荷を高めることで、
正常な意思決定を困難にする計略なのである。
人は認知資源に限界がある。
判断コストが限界を超えると、
思考を省略し、
権威や感情、第一印象といった認知のショートカットへ頼るようになる。

おわりに

渾水摸魚とは、
水を濁らせることではない。
人の認知において、
判断軸を見失わせること
なのである。
情報が増えたから人は混乱するのではない。
比較する軸が増え、何を基準に判断すればよいか分からなくなったとき、人は最も判断精度を失う。
それこそが、渾水摸魚という計略の本質なのである。

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