「誰が悪い」ではなく、「なぜ戻れたのか」を考える
大きな災害が起こると、SNSでは必ずと言っていいほど同じ議論が始まる。
「戻るなんてあり得ない。」
「仕事だから戻るのは普通。」
「責任者が悪い。」
「本人の判断だ。」
でも、私はその議論に少し違和感を覚える。
本当に見るべきなのは、人ではない。
フローだ。
「戻ったこと」が問題なのではない
地震の後、建物へ戻ること自体はあり得る。
避難誘導が終わり、
被害状況の確認
本社への報告
設備確認
貴重品や鍵の回収
など、業務上必要なことは存在する。
だから、
「戻ることがある」
という意見自体は理解できる。
しかし、その前に必ず存在するはずの問いがある。
なぜ戻ってよいと判断されたのか。
本当に必要なのは「戻る理由」ではない
SNSでは、
「鍵を取りに戻る。」
「片付けがある。」
「報告がある。」
という話が出てくる。
でも、それらは
戻る必要性
を説明しているだけだ。
一方で、防災として必要なのは
戻ってよい理由
である。
この二つは全く違う。
フローは存在したのか
本来なら、
地震発生
↓
避難誘導
↓
建物・設備の安全確認
↓
責任者による再入館許可
↓
必要なスタッフのみ入館
というフローが存在するはずだ。
だから検証すべきなのは、
「戻ったか」
ではなく、
そのフロー通りだったのか。
という一点である。
人に判断させる設計は強いのか
人は必ず、
「たぶん大丈夫だろう」
と考える。
それは責められることではない。
人間だからだ。
だからこそ、
システムがフローを守らせる
という発想が必要になる。
例えば、
地震検知でカードキーを自動停止
安全確認完了まで解除不可
災害責任者のみ解除可能
入退室ログを自動保存
こうすれば、
「大丈夫そうだったから入った」
という判断そのものを減らせる。
システムが壊れていたら?
ここで重要なのは、
システムが故障していても入れない
という設計だ。
「安全かもしれない」
ではなく、
安全を確認できないなら入れない。
これは安全工学でよく使われる考え方だ。
判断できない状況では、
危険側ではなく安全側へ倒す。
これが事故を減らす。
「鍵を取りに戻る」は理由にならない
仮にカードキーを建物内へ置いたまま避難したとしても、
そのために安全確認前へ戻る必要はない。
予備カードを用意する。
一時権限を発行する。
そういう運用を準備しておけばいい。
つまり、
人に頑張らせるのではなく、仕組みで解決する。
責任追及より、再発防止
事故が起きるたびに、
「誰が悪い」
という議論は繰り返される。
しかし、
事故を減らすのは責任論ではない。
次に同じ状況でも、人が同じ判断をしなくて済む仕組みを作ること。
そこまで考えて初めて、
事故から学んだと言えるのではないだろうか。
人間はミスをする。
だからこそ、
人間を責める社会ではなく、人間がミスしても事故にならないシステムを設計する社会。
私は、その視点の方が未来につながると思っている。
