ボカコレ2025夏 文字を書く場所
約8,600字
長い文章は、長い文章を読むぞ!という気持ちの人に読ませる方がよいと思うのです。Twitterじゃ流れて行っちゃうからね。
というわけで、沢山の音楽が目まぐるしく消費されてゆきますボカコレ2025夏の中、ひとつひとつの楽曲に気が済むまで文章を書こうという場所です。Twitterの方には140字以内(タイトル含む)でぼかれびゅも投稿していますが、それの延長みたいな感じかな。
これはぼくの、「ちょうどいい」を見つける旅です。
ぼくは期間中、ずっと同じ曲の話を追記し続けるかもしれないし、何十曲とここに貼るかもしれない。はたまた途中で飽きてすごく短いnoteになるかもしれない。好きなように、そのとき自分がどうしたいかに従います。
消費との向き合いについて、前回のボカコレ↓
随時更新。
① HOUSE MUSIC / 音ノ奏人 feat.知声
HOUSE MUSIC /知声,音ノ奏人https://t.co/doXsCjarJu
— ふらいぱんQ (@flying_pan_p) August 21, 2025
ひとつ 手を叩いて
ふたつ 机叩いて
身の回りの手の届くものから自由な発想をしていたあの幼い頃のようなわくわくが、マイクで録った手触りの伝う音によってぼくの机の上に届く。
( ^ω^)おっおー#sm45296453 #ぼかれびゅ#ボカコレ2025夏 pic.twitter.com/eYOQodqXdO
ひとつ 手を叩いて
ふたつ 机叩いて
身の回りの手の届くものから自由な発想をしていたあの幼い頃のようなわくわくが、マイクで録った手触りの伝う音によってぼくの机の上に届く。
( ^ω^)おっおー
ある音を録音して、ループさせて重ねていく。
この手法は、この曲を連想させました。
この音楽は実時間に則って構築されるから、私はその演奏方法の備忘録を作る必要がある。 / アメリカ民謡研究会 feat.結月ゆかり,紲星あかり
そして、だんだんそろっていって、あとから音を消して一人になる。これはCHANGE THE WORLD第5話、第6話を連想させました。

第五話
そしてこのさらに原案、戯曲『反復かつ連続』
https://mamagoto.org/mgwp/wp-content/uploads/2020/12/drama01-hanpuku.pdf
ただこの楽曲の動画は実時間には則ってないと思うから、これを実時間に則って演劇的にできたら面白いなぁ、と思ったり。
考えてたらすごくわくわくしてきた!ライブハウスのステージで、その場で録音した音をループ再生して、あ、すごく楽しそうじゃない?みんなで歌ってもらって。その場で思いついたメロディを歌う。思いついたフレーズをピアノで弾く。大阪万博のPhysical Twin Symphonyみたいな?
いやでも、知声に一緒に歌ってほしいよな~
調声もその場でやるとか?
短めのループの歌声を作って。
ループと自由さ、軽やかさ、日常への讃美歌の連想
ワールドミュージック / しめさば feat.重音テト・雪歌ユフ
②芽吹き / inuha feat.初音ミク
サウンドを、大切にする音楽。
映像が動かなくても、音を聴けば頭のなかで情景が動いたり、お祭りのようなものを連想させてくれたり。
HOUSE MUSICとは打って変わってのように見えて、実は根本的なところは同じ。
音色、音の響き方、音の編集、
それらを大切にする音楽を好みます。
どちらにも言えることとして、こういった楽曲が「ボカコレex」に投稿されたのはすごく嬉しいな。みんながハッピーなDTMを。
たまには自由に音を楽しもうよ
肩の力抜いて吸って吐いて
誰もが分かる優しい音じゃ
ないかもしれないそれじゃ楽しめない?
音楽とはなにか。僕らはいつもたくさんの音に囲まれているのに聴こえない音もたくさんあって、そういうひとつひとつの音を拾って奏でる普遍さを作品として表現されているように感じました。
— tor(とお) (@TorkenCorp) August 21, 2025
カッコつける必要はない、技巧をこらす必要もない。… https://t.co/bL14rW2Wos
音楽とはなにか。僕らはいつもたくさんの音に囲まれているのに聴こえない音もたくさんあって、そういうひとつひとつの音を拾って奏でる普遍さを作品として表現されているように感じました。 カッコつける必要はない、技巧をこらす必要もない。
ただそこにある音を拾って、はまるところにはめてあげるだけで音楽になるような。
肩の力を抜いて純粋に音を楽しむことを優しく思い出させてくれる素晴らしいアプローチだと思います。
感服いたしました。
③どうせランキング始まったらもう見てくれないんでしょ? / ざれごと(埋もれたP) feat.初音ミク
いいね。流石だ。

だからせめても一日だけ
こんな曲があったことだけおぼえていてね
/ ざれごと(埋もれたP) feat.初音ミク
苦笑いしながら「そうかも、ね……。」と言いたくなる。
まあはじめてだしね。
視聴者側としても、緊張感をほぐしてお祭りを「楽しむ」ことができるようになったんじゃないかなぁ、と思っていたりする。
初回ボカコレexを代表する楽曲として、しっかり記憶に刻んでおきます。
★みとり / ぺどろ feat.初音ミク
小休憩。
疲れたら立ち寄ってください よしなにね https://t.co/FDDbgBPJ3l pic.twitter.com/aCXfmvks4w
— ぺどろ (@417u3) August 22, 2025
8月21日のYouTubeへの投稿。ニコニコ動画の外側の止まり木。
もっと気楽に、軽い気持ちで眺めるだけ、音楽を聴かないという選択肢が存在すること。
あなたが、無理をせず自分の思うままに、自分の範囲で楽しめますように。
④「カニ」/ Chinozo feat.FloweR
カラオケのカニフェア。
さて、ここでみなさん疑問に思うでしょう問題
「カニはカラオケで提供されるのか?」
について気になったので調査することにしましょう。
カニといいますと、食品表示法で定められている特定原材料の8品目のひとつ「かに」でございますから、カラオケメニューのアレルゲン情報を確認するとよいでしょう。
こちらが、ジャンカラのアレルゲン情報です。
ここから、「かに」の含まれる商品を探すことで、カニは見つけられるのではないでしょうか。
どうやら、全店舗共通メニューにカニ単品はないようだ。

と、

カニを原材料に使用しているカニカマがジャンカラ道頓堀店で提供されている!!!!!!

というわけで、調査結果は、ジャンカラ道頓堀店ならカニカマを食べられる、ということです。以上でした。みなさんも道頓堀に行ってカニ(カマ)を食べましょう。
⑤あめのこ / imie feat.初音ミク
投稿前から知っていた曲。
imieさんの新譜「雨から光へ」を聴きました。
— ふらいぱんQ (@flying_pan_p) August 10, 2025
様々な生き物、自然へのまなざしが優しくて、でもそこに力強さがあって、または自然から力強さをもらって、最後はここまでの曲に存在してきた全ての命が一緒になって、光へ進んでいくかのようでした。#ぼかれびゅ pic.twitter.com/8gU4ftMrfe
アルバム「雨から光へ」をマジカルミライ大阪二日目のクリエイターズマーケットで購入した。(お金はお母さんにお願いした。)
高校生のぼくは滅多にグッズやアルバムを買うことはない。けれど、このアルバムだけは手に取って自分の部屋に置いておきたかった。実は購入するまでは、imieさんの楽曲は2,3曲しか知らなかったのだが、アルバムのジャケットに凄く惹かれた。
マジカルミライ企画展から帰宅して、すぐにアルバムを最初から通して聴いた。あめのこはアルバムの一曲目。聴き終わったら、アルバム通してのぼかれびゅを書いた。(上記ツイート)
imieさんの新譜「雨から光へ」を聴きました。
様々な生き物、自然へのまなざしが優しくて、でもそこに力強さがあって、または自然から力強さをもらって、最後はここまでの曲に存在してきた全ての命が一緒になって、光へ進んでいくかのようでした。
#ぼかれびゅ
この曲から始まる一連の物語のように組まれているアルバムを是非手に取ってほしい。
⑥ケンゲ / ピチニテ feat.flower
この方のv_flowerの声を聴くたび、歌声合成音声ソフトを使用することの意義というものが見える気がする。大人しく整った形には伸ばさずよれ飛ばす。苦しいような、藻掻くようだが、壁の小さなおうとつを指先で確かにひとつ掴んでいるようでもある。flowerが人の中の表現の限界を開放し新たな手段を提示する。その手段を人の頭で使用し世界を広げる。
演技指導をするとき、僕は彼ら(役者)にまず彼らの足で立っている場所がどこであるかを認識させる。その舞台の無機質な床を、あなたはあなたが生きる世界だと思えているか?心の底から信じているか?
信じることができたら、次は動いてみる。信じている世界の中を歩こう。あなたの身体の奥にあるセンター(エネルギーの中心核のようなもの)によって、あなたの指先までが意志を持つ。
そこまでできたら、役者は自身の衝動を描けるようになる。相手にこれを伝えたいとセンターが感じた。そこにある水を飲みたいとセンターが感じた。センターが感じ、あなたの身体に指示を出す。頭で考える前に身体は動く。
舞台上ではない自分自身に、大きな衝動や、光のような未来への希望というべきかのようなものが現れないそのとき、その人は、センターよりも理性が先行しセンターの指示を打ち消しているのではないだろうか。そして、それを感じていながらも、原動力を信じ、少しでも形にして、感情を曲という言葉に変換できたという事実は、それに向き合って前に進んだ証ではないだろうか。ゲの字に、僕はそういったものを想起した。
僕は間違うかもしれないけれど、僕は今の自分にできる限りあなたを解釈して受け取りたいし、大人になったあとにあなたをもう一度解釈したい。自分にしかわからなくなってしまったかもしれないと、あなたが感じていても。
関連
信じることに関して。
プラシイボバトラー / OSTER Project(ふわふわシナモン) feat. 音街ウナ
プラシイボ♥バトラー feat. 音街ウナhttps://t.co/PQ6nP0rsUX
— ふらいぱんQ (@flying_pan_p) August 3, 2025
信じる者には良い効果を、疑う者には悪い効果を。
ある人の大切なものは、だれかにとっては理解できないものかもしれないけれど。大切なものを強い力で信じることが、そのままあなたの強さになる。#sm45235609 #ぼかれびゅ pic.twitter.com/RVOSYiZprY
信じる者には良い効果を、疑う者には悪い効果を。
ある人の大切なものは、だれかにとっては理解できないものかもしれないけれど。大切なものを強い力で信じることが、そのままあなたの強さになる。
#ぼかれびゅ
センターの話
書籍 演技者へ! / マイケル・チェーホフ

ヨガに似てる?ような気がする。
逆にnoteを投稿してみた。
#ぼかれびゅ です。
— ふらいぱんQ (@flying_pan_p) August 23, 2025
ケンゲ / ピチニテ feat.flowerhttps://t.co/2SAX5uI3Lp#sm45325163 #ニコニコ動画 pic.twitter.com/2Ct14sjsT8
⑦ジオラマのような / 音街ウナとジヲ
このnoteでは基本的にタイトルの記載を「タイトル / 作曲者名 feat.ボーカル名」でそろえているのですが、この楽曲に限ってはそのまま記載したかった。
いつも、「音街ウナとジヲ」の楽曲は、二者の対比と、対比から浮かび上がる「共通(共に通づるもの)」の描き方が美しい。
歌詞「ジオラマのような」
(音街ウナ)
僕は永遠 だけど一瞬
バックアップを忘れないでね
その手に収まる軽い荷物が
僕の命の儚さなのかな
(ジヲ)
僕は一瞬 なのに永遠
なにか残そう 忘れる前に
TBじゃ収まらないプログラムファイルが
僕の人生みたいなことなのかな
「音街ウナ」の世界では、何も手を加えなければ永遠に変化しない(消えない)が、人が手を加えようとすると一瞬で変化する(消えてしまう)。
「ジヲ」の世界では、命は短く目まぐるしく巡りその長さは一瞬。しかし生きるなかで誰かにかけた言葉ひとつや起こした行動ひとつは、誰かの中に永遠に残っている。
「音街ウナ」の命は「ジヲ」の世界では片手に収まるような軽い荷物で、
「ジヲ」の人生は「音街ウナ」の世界にはデータ量が重すぎて収まらない。
そして、歌詞全体から、これまでの「音街ウナとジヲ」楽曲の面影を、直接的にではなく、色や楽器を認識するような、そのくらいの感覚で、感じ取らせてくれる。
超次元おとなりさん / 音街ウナとジヲ
超次元おとなりさん
君と未知の世界のお裾分けし合おう!
超次元おとなりさん
ぼくら、心はWi-Fi要らずさ
平行線で在れ!! / 音街ウナとジヲ
平行線は交わることはないけど
証明するのは簡単さ
感動的な"壁を壊してく愛の唄"
なんて都合が良くて笑っちゃうね
それから、これまでの楽曲は会話表現が押し出されていたのに対し、今回の楽曲は「音街ウナ」と「ジヲ」それぞれの内面的な想いが押し出されて互いに共鳴している。それぞれの世界の共有から始まり、互いへのリスペクト、互いが互いであることの尊重、互いの関係の肯定、相手の背中を押して、時間とともに、そこにある存在と存在の間を結ぶ糸のようなものが、どんどん切り離せない頑丈さを増していた。
「平行線で在れ!! 」を聴いたときに感じたことなのだが、
君が老いて動けなくなること
君が錆びて動かなくなること
いつか教えてくれよ
『「君の存在が消える日を!」』
そんなことをそんな声で言わないでくれよ、と。思っていたんですけれど。
『ねえ、もしも僕達が"物語"だったとしたら、どうする?』
「野暮な話をするねぇ。」
『いいからいいから。』
「そうだなぁ… 都合が良すぎて、逆に遠慮しちゃうかも。」
『それか、いつか本当に隣に──。』
「…」
『…』
『「いや〜、ないない!」』
僕らは完全で、実に曖昧な、ジオラマのような平行世界(パラレル)を、全うしている。
これは、この動画のこの歌の中だけに納まる "物語" じゃない、作り話じゃない、彼らは存在をしている、だからそう言わなくちゃいけなかったんだな、という思いと同時に、
「音街ウナとジヲ」の間に次元の壁がある前提だから変な表現になるかもしれないけれど、「音街ウナとジヲ」の平行線の関係を誰にも邪魔させないという意志を感じました。
ジオラマのような / 音街ウナとジヲhttps://t.co/pIILGne7cO
— ふらいぱんQ (@flying_pan_p) August 23, 2025
そこにある存在と存在の間を結ぶ糸のようなものの、切り離せない頑丈さがますます高まっていて、「音街ウナとジヲ」の平行線の関係を誰にも邪魔させないという意志を感じた。#sm45314993 #ぼかれびゅ #ニコニコ動画
(noteへつづく) pic.twitter.com/2AX1aQYFkC
そこにある存在と存在の間を結ぶ糸のようなものの、切り離せない頑丈さがますます高まっていて、「音街ウナとジヲ」の平行線の関係を誰にも邪魔させないという意志を感じた。
#ぼかれびゅ
ネギの唐揚げどんな味なんだろ。
☆閑話 - 漫画買った
初めて漫画買いました pic.twitter.com/qkNAEZB5IZ
— ふらいぱんQ (@flying_pan_p) August 23, 2025
おはなしがハッピーをうむんだっピ。
漫画って字の本よりもインクの匂いが強いんだね。
⑧バラード / あだちかすか feat.知声と初音ミクと重音テトと足立レイ
嬉しいなぁ。

いつか見た夢はやっぱまだ夢のまま
それはそれでも美しいか…?
まかりとおってたまるか…!
都合のいい、諦めが…!
安西先生も黙っていないぞ
きっと自分の音楽と理想の音楽の乖離は、音楽の形式ではない部分で解決できる。夢を諦めたんじゃなくて、自分の音楽のまま夢を叶える。
目を覚ませ!今すぐに!
僕を見て!って
愛くるしくて仕方ない世界へ
ないもんばっかを数え掲げてる僕の
愚かしく綺麗で醜い心を
うぉー…
…!
いぇーっ、いぇーっ…!!!
こんなことを言うのは調子がいいんだけど
僕が死んでもこの歌を聴いてよ!
目を凝らせ!
僕はまだ本気の半分も出していないよ?
これが僕の、僕のお手製のバラード
いぇーっ、いぇー!
いぇい いぇっ…!
大人になったらできると思っていたのに、いつのまにかそろそろ大人達(やつら)の仲間入り。あの頃持ってたはずの角は、"普通の生活"のなかで、たくさんの諦めによって削られてきた。歌いたいことが分からなくなりそうで、だけど、それを歌えたら、この瞬間にとってこれが最高の抵抗じゃないか。
僕が死んでもこの歌を聴いてよ!
いつか思い出になる今を、強く強く記憶に残して!
⑨合成音声の世界、ノイズ、人柱、あるいは新宿丸の内線から霞ヶ関A13出口まで / 民族音楽研究会/hitoiki feat.???
僕は、電車の中で人に話しかけたくなる。
きっと僕も寂しいんだろうな。
よく、乗り物酔いが酷くて途中下車する。
駅のホームのベンチで呼吸をゆっくり整えながら、過ぎていく電車を眺める。
先生に連絡を入れる。
「また今日も電車で気持ち悪くなってしまって、学校間に合わないです。」
知らない駅で、知らない人たちの中で、ひとり。
あるとき、外国人観光客の方がぐったりしている僕を心配して、お水をくれた。人に話しかけてもらえたのは、その日だけだった。
ほっとして、涙が出そうになった。
人間は面白くて大好きなのに、人混みは怖い。
電車の中で僕の小さな身体は押しつぶされてしまいそうで、ぞろぞろ人の流れる改札口では止まるのが怖い。乗り物酔いをして気持ち悪くても、きっと助けを呼べない。それが怖い。
最近の自動車は、エンジンの音がうんと静かになった。かすかに聞こえるほわ~という音は、目が見えない人が事故にあわないためらしい。
いつか、そんなそよ風のような音しか、都会には響かなくなるのだろうか。あんなに人がたくさんいるのに。
これが、過去の大人が望んできた未来都市、なんだろうか。
電車の音、アナウンスの音、駅の音、それだけ。
文字の主は声を発せない。誰も歌わない。そのことが確かにここでは意義を持つ。合成音声音楽の祭典、歌を歌うことが、声を発することが当たり前の場所で。
「まだ暑いね」
「君は元気?」
「僕はね・・・」
「君は?」
「聞こえないよ」
どうして、
現実では話しかけられないのに、仮想では知らない人に話しかけられるんだろう。
僕は僕なりに、出来る範囲で、出会った楽曲に応答したいと思う。
「たぶん元気だよ」
聞こえた?
連想
天神大牟田線 / maiton4423 feat.中国うさぎ
いつも通り進む列車、「いまどうしてる?」の表示。
春の日 / DADA GAUGUIN feat.初音ミク
システマチックで大きな流れの中、助けを求められるだろうか。それに応えられるだろうか。
書籍 「お静かに!」の文化史: ミュージアムの声と沈黙をめぐって

美術館では、静かに鑑賞するべきか、対話が必要か。
その問題を考える過程で、様々な視点から、公共性と沈黙について考える。
昔は、電車で出会った知らない人に話しかけるのはごく普通のことだったらしい。知らない人と出会うための場があふれていて、初対面の人と政治について議論することだってあったらしい。
僕には、そんな世界が、想像しきれなくなっている。
一度見てみたかったな。生きてみたかったな。
合成音声の世界、ノイズ、人柱、あるいは新宿丸の内線から霞ヶ関A13出口までhttps://t.co/tDUcqHvbcD
— ふらいぱんQ (@flying_pan_p) August 24, 2025
文字の主は声を発せない。誰も歌わない。そのことが確かにここでは意義を持つ。合成音声音楽の祭典、歌を歌うことが、声を発することが当たり前の場所で。#sm45331904 #ぼかれびゅ
電車の音、アナウンスの音、駅の音、それだけ。
文字の主は声を発せない。誰も歌わない。そのことが確かにここでは意義を持つ。合成音声音楽の祭典、歌を歌うことが、声を発することが当たり前の場所で。
☆曲について話すスペース
— hitoiki/民族音楽研究会 (@hitoiki327882) August 25, 2025
スペースで二曲ほど、hitoikiさん丹頂さんクラネさんたちと喋りました。
録音があるので記録として引用します。
⑪死に咲く花はうつくしい! / クリオネリマキナ feat.知声
僕自身が考えたことだけ書いておきます。
曲を最初に聴いたときの印象として、
ひとつのミュージカルの中で、ここまでみんながワイワイ平和に暮らしていて、シーンが切り替わってだれかがこの曲を一人で歌って、そこから物語のメインテーマが展開していきそう
というのを想像しました。
位置関係に関して。
劇場で考えて、舞台上のひな壇の上あたりに演奏隊がいて、ボーカルが舞台前方、または花道あたりにいて、視聴者は客席のやや後ろ~客席後方、または二階席前方にいる感じ?かな。
壁はあんまり分からなかったけど、その区画として区切られているような距離感はある気がする?
⑫どっちみち / 丹頂 feat.歌愛ユキ
歌詞を読んだときに、主人公が話す言葉の投げかける先が変化していくのを感じました。
ひとりぼっちに満足したら
からっぽになった気がするよ
じゃまなものが何もないんだ
いつでも飛べるってことだよね
何か忘れているような
……あ、SNSの垢消さなくちゃ
書いた曲たちやコメントは
だれも救えやしないんだし
序盤の部分。ひとりぼっち、孤独。
役者にこれを読ませるなら、僕は、役者の話しかける範囲(視界)を、彼の自分の腕の届く範囲にしなさいと言うかな。
何か忘れているような
……あ、遺書でも書こうかな
やっぱりやめようかな
また傷つけてしまうだけ
中盤。死のうとすると、遺書というワードが出てくる。
遺書というのは、自分が死んだあとの"誰か"(=他者)に宛てる手紙。
ここで孤独ではなくなり、主人公の世界に他者が現れる。
どうやったって避けられないすれ違いがあって
どうやったって生んでしまう傷があって
この僕がこの世にいる限り
結末は変わりはしない
どう書いたって誰かを救えないし
書かなくたってやっぱり傷つける
生きたって誰かを救えないなら
今ここで飛んだって同じだろ!
他者に対する想いが入ってくる。
他者は主人公に手を差し伸べようとしていて、それを突き放しているのか、
それとも他者は主人公の想いをちっとも理解していないのか、
主人公は他者にこういった想いを伝えたことがあるのか、
それは分からないけれど、ここまですれ違いや傷を経験してきたのだろうな。
だから、他者は側に今いないかもしれないけど、その遠くにいる他者に向かって、屋上から投げかける。
さっきの腕を広げた範囲ではなくて、屋上から見える街のどこかに向かって。
この部分の最後の歌詞
生きたって誰かを救えないなら
今ここで飛んだって同じだろ!
ここは、間奏部分まで歌がはみ出す。そのまま、ピアノがその歌詞の言葉の重さを引き継いでいって余韻を残す役割を果たしているのかな、と思いました。
おわり
ボカコレ2025夏 文字を書く場所|ふらいぱんQ https://t.co/b7o3R0UlCg
— ふらいぱんQ (@flying_pan_p) August 22, 2025

ボカコレ期間中に感じたこと、考えたことはこんな感じ。
以上になります。
ボカコレ2025夏、お疲れ様でした!
書いた曲目プレイリスト↓
2025年8月26日 午前11時26分
