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#ふーるおんざたーふ vol.23 『血統表の中の #ウマ娘』マルゼンスキー ~血統表に息づくスーパーカーお姉さん(後編)

前編はこちらから。

種牡馬としてのマルゼンスキー

種牡馬成績:リーディング最高順位2位(1988年、地方含む)
BMS成績:リーディング最高順位2位(1993年、1995年~2003年)

屈腱炎で若くして引退したマルゼンスキーは、その後門別町にある豊郷種馬場(現・ブリーダーズスタリオンステーション)に繋養されて1978年に種牡馬生活をスタート。

この数年前に社台グループが Northern Dancer 直仔のノーザンテーストを導入しており、この2頭の種牡馬入りが日本における Northern Dancer 時代の到来を告げるものになりました。

もっとも、牧場規模としては、当時においてでも社台と門別の中小牧場群とでは違いが歴然。
バックアップ体制の差はいかんともしがたく、種牡馬成績としてもBMS成績(母の父としての成績)としても、ノーザンテーストの後塵を拝し続けることとなってしまいました。

それでも種牡馬成績は最高で2位を記録。
代表産駒はやはり、朝日杯3歳Sを親子制覇し、マルゼンスキーが出走を果たせなかった日本ダービーを勝ち取ったサクラチヨノオーでしょう。
ウマ娘にもなっていますので皆様お馴染みですよね。

他にもスズカコバン(宝塚記念)、レオダーバン、ホリスキー(菊花賞)などのG1馬を送り出しました。
直仔は配合相手となった牝馬の特質からか、思ったよりも中長距離へのスタミナと、ダートに向いた馬力が前に出る産駒が多い印象。
現役時代のマルゼンスキーのような軽快なスピードを表すタイプの馬はあまり出ませんでした。
そのような産駒傾向のためかマルゼンスキーの息子たちはあまり種牡馬としては成功せず、今日においては父系はほんの僅かに残るのみとなっています。

その中でも孫世代でG1を獲り奮闘したのが、父がサクラチヨノオーの全兄サクラトウコウ、母の父が日高の救世主テスコボーイという、ひとつ前の世代のスピードの粋を集めたような血統を持つネーハイシーザーでした。
現在で言う3歳~4歳にかけて、3度にわたりコースレコード(うち2回は日本レコード)を更新したそのスピードは、ひと世代を経てマルゼンスキーらしさを十分に見せつけていたと思います。

前述したとおり牡馬には多くのG1馬を輩出したマルゼンスキーですが、不思議なことに牝馬の活躍馬には恵まれませんでした。
中央の重賞馬はユートジェーン(新潟3歳S(当時))、タシロスプリング(ファンタジーS)のみ、G1で連対経験があるのもホクトビーナスくらいです。
にもかかわらず、母父としては大成功を収めるのが血統の面白いところです。
種牡馬成績同様、ノーザンテーストには遅れをとりましたが、9度にわたる2位を記録。
自身の祖先であるBackpasserやPrincequillo同様、母父としての評価は父としての評価以上に高いものになりました。

母父としてはスペシャルウィークという真のチャンピオンホースを送り出すとともに、ダービー馬ウイニングチケット、淀の鬼ライスシャワーやメジロ最後の天皇賞馬メジロブライトなどを輩出しました。
4頭ともウマ娘のモチーフ馬に採用されており、この「縁」を活かしたゲーム内イベントなどが取り入れられているのはご存じのことと思います。

また、これまた不思議なことに、母父としての実績も牡馬に偏っており、牝馬のG1馬がプリモディーネだけなのも血統の面白いところです。
さらに、母父マルゼンスキーの牝馬が母になった、母母父マルゼンスキーの産駒成績はといいますと、重賞勝利など活躍馬は数多くいますがJRAG1馬は1頭のみ。
ウマ娘にもなっている馬ですので、誰のことなのか考えてみてください。

血統表の中のマルゼンスキー

さて、ではマルゼンスキーが2代目(父父、母父)以降で血統表に存在した場合、その産駒にはどのような傾向が出るのでしょうか。
今後触れる予定のある、スペシャルウィークを通したものではない、血統表内にマルゼンスキーを持つ馬は、2016年~2025年の間、障害レースを除くと延べ16,750戦走っております。
一部データを確認してみましょう。

芝・ダート×牡馬・牝馬

芝・ダート×牡馬・牝馬

まずは芝・ダートと牡馬牝馬のクロス集計。
そもそもの率・回収率ともに平均より下回る数字となっていますが、これはスペシャルウィークを経由したラインを除いてしまうと社台系の牧場の産駒がほとんど残らないことが原因であると思われます。
数字は非情。

パッと見、牡馬のほうがよく走っている、という風には見えますが、平均でも勝率連対率複勝率は牡馬牝馬でこの程度は差がつくので、傾向から大きく離れたものではありません。
ただし、芝の牝馬の単勝回収値が極度に低いところを見ると、穴馬があまり走らないという見方は出来そうです。

距離変更にまつわるエトセトラ

競馬評論家の亀谷氏が提唱している考え方で僕が一番好きなのが

「馬は今回走る距離を知らない」

というものです。
一方で馬は賢くもあり、前回や前々回くらいにどれくらいの時間、どれくらいのペースで走っていたかというのは記憶していると言われています。
この二つの事象から何が推測できるかというと、

「馬は今回のレースにおいて、自分がここのところ経験した慣れているペースで走ろうとする」
「故に、違うペースを求められると反応が変わる」

ということ。
例えば速いペースに慣れた馬がスローで我慢することを求められると行きたがって抑えが利きづらい、などです。
反応が変わるのは良しにつけ悪しきにつけ、なので、その辺りをいかに読み取るかが馬券のカギになるわけなんですが、このあたりが顕著に出るのが前走との距離の変更、そして前走とのペースの違いだと考えます。

芝レース牡牝別距離変更

距離変更を集計すると多くの場合、同距離が一番安定感のある数字になります。
その距離を使って好調、向いていると見做せば同じ距離を使い続けることが多いので、ある意味当然です。
距離を変えるというのはやむを得ない場合を除き、新味が出るかを試してみよう、ということが多くなるので、率は低く出ることも多い一方で回収値は高い=穴が走るということも増えます。

その意味で上のマルゼンスキー内包の牡馬の同距離と短縮の差、ついでに延長との差を見ると、短縮がいかによく走っているかがわかります。

Mの法則における短縮の利点は概ね

  • 距離が短くなることで体力的な負担を感じる前にゴールに着く

  • レース自体が短くなることで我慢している時間自体が短くなる

と言われ、その裏返しといえる不利な点として

  • 前走と比べ追走ペースが速くなることで物理的に位置取りが後ろになる(間に合わない)

  • 追走ペースが速くなる=忙しくなることで、忙しさを嫌がるタイプの馬が走る気を損ねたり脚を溜め損ねる

というものが挙げられます。
ここで改めてマルゼンスキーの数字を見ると、短縮は良いですが300mを超えるような大幅短縮だと率も回収値も悪くあまり走っていません。
この辺をもう少し深彫りすべく、いくつかの数字を出してみます。

芝における前走の前半3Fと今走前半3Fのラップ比較

これは前走と今走のレースラップで、前半3F同士を比較して速くなったか遅くなったか同レベルかで比較した数値です。
距離短縮は一般的には前のレースより流れの速い、厳しいレースに飛び込んでいくステップなので、ここが得意であれば「前走が0.5秒以上速い」というカテゴリが良い数字になるはず。
ところが、今回の集計を見ると「0.5秒遅い」のほうが明確に良い成績となっています。
これはいったい何を意味するのでしょう?

芝・競馬場別成績

理解の助けとなりそうなのが、上に挙げた競馬場別の成績です。
牡馬の成績部分を見ると、おおむね成績のいい順でこんな感じになっているようです。

函館・札幌>福島>中京・中山>東京・阪神>小倉>京都・新潟

これを競馬場の個性から分析してみると、

  • スピードが出にくい北海道の洋芝が得意

  • 福島と小倉では馬場が悪くなりやすい福島のほうがよく、似た形態のコースでも軽い馬場になりやすい小倉は比較的苦手

  • 溜める能力とスピードが両方問われる軽い京都と新潟は最も苦手

というあたりでしょうか。
パワーが必要で、時計勝負にならないタイプの路面のほうが向くということになりますね。
そうすると、先ほどの距離変更との関係も見えてきます。
まとめてみましょう。

【マルゼンスキー内包産駒(スペシャルウィーク経由除く)のまとめ】

  • 総じてやや現在の主流からは外れた、力任せに走り抜けるタイプ

  • 溜めて直線でスピードを発揮するタイプではないので直線の長い競馬場、時計の速い状況では分が悪い

  • そもそも延長では脚が溜まらないので分が悪い

  • スピードが出ない路面へ短縮や同距離で出てきた時が買い時

  • (おまけ)牝馬はもう少し体力がない代わりに軽いので良馬場短縮が買える

という仮説が成り立つ、というようなお話でした。
信じるか信じないかは貴方次第。馬券は自己責任で楽しくお願いします。

私とマルゼンスキー

当年とって年男の私ですが、さすがにマルゼンスキーの現役には間に合っていません。

私が競馬に興味を持ったのは「ダービースタリオン」などの競馬ゲーム全盛期。
当時はそういった若者を沼に嵌めるべく「ゲームに登場する種牡馬の解説」を行った書籍が雨後の筍のように出版されておりました。
僕にとってマルゼンスキーはそういった書籍に出てくる「凄まじい戦績とワクワクするような多くのエピソードを残した伝説の名馬」でした。

ウマ娘でプレイアブルとして取り扱われ、より多くの方々が彼の伝説を耳にすることとなった現代はとてもありがたいこと。
彼の伝説が少しでも長く皆様の記憶に留まるよう、願わずにはいられません。

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