#33 Unhappy birthday構文
こんにちは。
多摩川車庫前です。
本日もnote、出庫します🚎

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(東京メトロ日比谷線 六本木駅)
10月12日に、私の推しメンの一人でもある、櫻坂46二期生・大沼晶保ちゃんが、26歳のお誕生日を迎えました🎂
(今年もしっかり沼津まで行ってきました笑)
あきぽの26歳の1年も、たくさんの笑顔で溢れた時間になりますように☺
お誕生日おめでとう!いつもありがとう(^^)
【2025,10/17(金) 今日の1曲】
♪Unhappy birthday構文/櫻坂46
(作詞:秋元康、作曲:ナスカ、編曲:、センター:村井優)
10月29日(水)リリース予定の櫻坂46 13th Single『Unhappy birthday構文』。
この度、表題曲の音源およびMVが(やっとこさ?)解禁となりました。
最近の櫻坂にしては珍しく、音源とMVの同時解禁だったことから、私は先にMVの方から視聴。
その正直な感想としては、
『いや…あまりにも“欅坂色”が濃すぎねえか…?』
というものでした。
初見で聴き終わった時、まず思い浮かんだのは、欅坂46時代の楽曲『黒い羊』。
歌詞およびMVの主人公が持つ『孤独感』や『闇』『絶望感』は、両者とも似たようなものを感じます。
Just another day, what to do with my life?
誕生日がやってくる度 絶望を感じるよ
充分に生きてきたのに まだまだ先は長いなんて…
僕が望んで生まれたんじゃない
親の事情だろう
何の因果でこんな世に生み落とされたか
自称親友の皆様が自己満のサプライズで
テンプレのケーキのロウソクの火を消せという
他の誰の誕生日でも 何も感動なんかしないよ
365日 同じことを繰り返してる
こんな残酷な“生き甲斐ゲーム”
誰が生き残れるのか?
この先の人生考えりゃ 祝えるわけがない
誰かと繋がりが欲しいだけの交換会さ
過剰な包装をして どんなプレゼントをくれる?
生きていて良かったと いつか思えるのかな?
世界中の誕生日に 共感できる奴はいるだろう
『自称親友の皆様が自己満のサプライズで テンプレのケーキのロウソクの火を消せという』
秋元康め、またとんでもねえ詞を寄越してきよる…
歌詞を見るに、主人公は相当なまでに『絶望』を抱えていて、誕生日の祝福を『構文』と受け止めている。
そして、相当なまでに『自己否定』をしています。
ハッピーではない 願いもない
無理に作った笑顔はぎこちない
来年の今日も 僕は変わらぬままでいるのか?
庇い合い 許し合い 傷舐め合ったりしてるうちに
人生は終わってるんだ
Unhappy birthday to me.
バースデイソングを歌うな
Unhappy birthday to me.
クラッカーなんか鳴らすな
Unhappy birthday to me.
もしも自分の意思で
Unhappy birthday to me.
生まれ変われるのなら
Unhappy birthday to me.
僕は僕に言いたい
Happy birthday to me.
ラストサビでは、主人公が誕生日への祝福を悉く嫌悪し否定する様子が描かれていますが、散々拒否したあとの締めは『Happy birthday to me.』。
絶望し、誕生日への祝福を拒絶していながらも、本当はそんな自分を変えたい。
もし自分の意思で生まれ変われるのだとしたら。
未来の自分に『誕生日おめでとう』と言いたい。
そんな主人公の姿を、歌詞や村井優ちゃんのパフォーマンスからも垣間見ることができます。
欅坂色の非常に濃いこの作品の中で、唯一、決定的に違うものがあるとすれば、それは『絶望を絶望のまま終わらせない』ことでしょう。
櫻坂46が描いてきたのは、人間の『根っこ』の部分にある、どこかで『希望を信じたい』という、本質的な“生(せい)への欲望”。
この作品にも、それは受け継がれていると言えます。
それを理解した上で、解禁に至るまでの流れも含めて、私は『誕生日』という文化を『構文』として皮肉の如く絶望的に描き出す、そんな“欅坂の後追い”をするような櫻坂46の姿は全くもって見たくなかった、というのが本音です。
●誕生日の起源とは?
ではここで、そもそも『誕生日』を祝うという文化がどこから始まったのか、その起源について見てみましょう。
日本国内で一般的に浸透している『誕生日文化』の起源は、古代ギリシャの時代まで遡るとされています。
ギリシャ人は、月の女神アルテミスに捧げるため、蜂蜜や小麦粉を使った丸いケーキを焼き、その上にロウソクを立てました。
ロウソクの火は月の光を象徴し、願いを込めて吹き消すという儀式が行われていたといわれています。
この習慣が、現在の誕生日ケーキの原型のひとつになったとも考えられています。
中世ヨーロッパでは、誕生日を祝う習慣自体が貴族や王族に限定されていましたが、特にドイツでは「Kinderfest(キンダーフェスト)」と呼ばれる子どもの誕生日を祝う行事がありました。
この行事では、甘いパンケーキのような菓子を用意し、ロウソクを立てて祝う文化が定着しました。
17世紀から18世紀にかけて、砂糖が普及し始めると、徐々に現在のようなスポンジケーキが誕生日に用いられるようになりました。
当時はまだ高級品でしたが、19世紀の産業革命を経て材料が安価になり、一般家庭にも誕生日ケーキの文化が広がっていきました。
誕生日ケーキといえば、ロウソクを立てて願いごとをし、息を吹きかけて火を消すという風習があります。
この風習の由来には諸説ありますが、ひとつは先述の古代ギリシャのアルテミス信仰が関係しているという説。また、ドイツのキンダーフェストでは、子どもの誕生日に年齢の数だけロウソクを立て、火を吹き消すことで「願いが叶う」と考えられていたともいわれています。
こういった中世ヨーロッパで浸透した文化の様式が、明治時代以降に日本にも流入。
昭和24年の『年齢のとなえ方に関する法律』の制定後、個人の誕生日を祝う文化が日本でも広く浸透していったようです。
誕生日のみならず、季節行事や地名、駅名などにも、このような歴史的、民俗的、或いは宗教的な由来というものが、ほとんどの場合存在します。
そういったことに興味を持つのも、良いことではないでしょうか。
●『Unhappy birthday構文』を今歌う意味とは?
櫻坂46らしさは充分にあると言える今回の作品。
では、今このタイミングで、櫻坂46がこの曲を歌い、届けることに、どんな意味があるのでしょうか。
この作品を通して、櫻坂46は何をリスナーに、世間に訴えかけようとしているのでしょうか。
正直、私にはそれが見えてきません。
初センターの村井優ちゃんが今作で魅せる『表現力』は、かねてよりBuddiesの間では知られていたもの。
作品自体、もはや『優ちゃんの表現力ありき』で全て作られている、と言っても良いほどの気合の入りよう。
逆に言えば、優ちゃんの表現力を世に知らしめることぐらいしか、今この作品を投じる意味は無いように感じられます。
何より、私は『誕生日を祝う』というれっきとした由来が存在する民俗文化を、SNS時代を象徴する『構文』として皮肉り、そんな作品をBuddiesも『これぞ櫻坂だ!』と、大挙して賞賛する。
そんな『構造上の過ち』に強い違和感を覚えます。
とは言え、歌詞の主人公の心情には全くもって共感できない、というわけではありません。
何故なら、約5年前、20歳の頃までの自分は、この曲と全く同じように『誕生日を祝われる』ことに懐疑的だったから。
正直、今でも『年齢を重ねること』は好きではないですし、過去の自分がそうだっただけに、歌詞の主人公のような考え方をする人もいる、ということは私自身がよく分かっているつもりです。
それでも。
来年で26歳(大沼晶保ちゃんと同い年)になろうとしている自分は、この曲には共感できませんでした。
『もし自分の意思で生まれ変われるのだとしたら。
未来の自分に『誕生日おめでとう』と言いたい。』
自分で言うのもなんですが、もし私がこの曲の主人公だったら、今の私は『生まれ変われた自分』なのかもしれません。
5年前、2020年。
世の中はコロナ禍の真っ只中。
何に対しても希望を持てなかった20歳の私の、唯一の『希望』はラジオでした。
その中の一つが『乃木坂46のオールナイトニッポン』。
きっと、自分の中で何かを変えたかったのでしょう。
2020年9月9日の放送回をきっかけに、私は『坂道ヲタク』への道を自らの足で歩き始めました。
あれから5年。
乃木坂46~日向坂46~櫻坂46と経て現在に至っていますが、所謂『推し活』を通しての色々な方との関わり合いや、メンバーの活動を見ていくうちに、『誕生日』という唯一無二の文化への考え方も変わっていって。
歳を取ることは今も好きではないけど、誕生日を祝うこと、祝われることは、素直に『嬉しい』と感じられるようになりました。
そういう意味では、『Unhappy birthday構文』は、私には刺さらなくても良い曲なのかもしれません。
その上で。
本当にこれが『櫻坂46がやりたかったこと』ですか?
●誕生日を祝う、という文化の意味
『誕生日文化』が持つ意味は、時代とともに変わり続けている、と言えるでしょう。
現代における『誕生日を祝う』という文化は、昔のような儀式的、宗教的な意味合いではなく、『日頃の感謝を伝える』『末永い健康を願う』といった、人間関係を構築し社会生活していく上での一つの『営み』に近いものがあるように、私は思います。
『Nothing special』な日常の中にある、唯一無二の特別な瞬間。
一人につき、たった一つしかない、貴重で大切なもの。
それが、本質的な『誕生日』の考え方ではないでしょうか。
●おわりに
ということで、今回は櫻坂46の新曲『Unhappy birthday構文』について、多摩川車庫前なりの感想を書いてきましたが、如何だったでしょうか。
かなり本音を隠さず書いているので、もし不快に思われた方がいましたら申し訳ないです。
我々が生きていく中で、物心ついた頃から当たり前のように存在している『誕生日を祝う』という文化。
普段からそこにあるからこそ、その『意味』や『由来』について考えたりする機会も確かにありません。
この『Unhappy birthday構文』が、それらについて興味を持つ一つのきっかけになれば、作品にも大きな意義が生まれるのではないでしょうか。
『文化』は何度も壊され、新たに創り上げられていくもの。
まさに『Make or Break』ですが、文化の根っこにある『大切なこと』は、破壊と創造が繰り返される中でも見失わないように。
私自身も気をつけていきたいですね。
村井優ちゃんや選抜メンバーのライブパフォーマンス、また今後解禁されるであろうBACKSメンバーによる楽曲にも期待を寄せて、この記事を締めたいと思います。
~追伸~
誤解のないように言っておくと、楽曲を『賞賛』すること自体は、特に悪いことだとは思っていません。
ただ、どことなく界隈に漂う『賞賛』しか許さない風潮や、『誕生日』というテーマの文化的背景まで含めて『違和感』を感じた故のあの記述になった次第です。
井上梨名ちゃんの卒業発表以降、度重なる運営のミスやBuddiesの過剰な反応に辟易して、Xの方は再びログアウトし、最近では日向坂46の楽曲を聴いて逃げ道にしてしまっている自分がいます…😅
(#28以降、日向坂の楽曲に関する記事が多いのもそれが理由)
モチベは明らかに落ちてるのに、この記事を深夜に書き上げてしまうぐらいの熱量はまだ残っているのが一番悔しい…笑
また『桜月』みたいな表題曲も聴きたいな。
では、本日はここまで。
See you soon…🌸
~最後までお読みいただき、ありがとうございました。 多摩川車庫前、終点でございます~
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