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#476[短編]琥珀色の間[2]──軋むこころが揺れた理由

恋愛なんかじゃない。自分の中の ”閉じた扉” が少しだけきしむのは──人生の別の可能性に触れたときの心の揺れだ。初めに感じた印象を自分の “未来像” として、人に映しだした、鏡のようなもの……。

※ 連載ですが、どのお話からも読めます。


翌朝、目を覚ますと、胸の奥にまだ昨夜の温度が残っていた──。

お酒のせいだけではないと思う。
爽子さわこは、みぞおちのあたりに、じんわりとしたお酒の灯りが、まだ消えずに灯っているのを感じていた。

8時をまわってもまだ少し、まどろんでいたあとで、
キッチンでお湯を沸かしながら、ふと笑ってしまう。

──わたし、ギリギリあなたのこと産めるもの。
予防線。自信がなくて、そんなことを言った。
わたしだって、傷つきたくない。

それにしても……。
どうして彼はあんなに落ち着いていたんだろう。
返事の前にひとつ息を整える所作が誠実にみえた。

そんなことを考えていると、胸の奥がまた少し温かくなる。

コーヒーを淹れて窓際の椅子に腰を下ろし、カーテンを少しめくると、白い朝日が横から差し込んできた。

冬の朝の光は冷たいのに、心の中は妙に穏やかだった。
コーヒーをひと口含むと、昨夜の Barの空気がふわっと蘇る。

グラスに当たるダウンライトの光、隣や後ろの席のほどよい会話。
そして、彼の間の取り方……。

あの “間” は、若さの勢いでは作れない。

誰かの話をちゃんと受け取ってから返す、あの呼吸。

沈黙を怖がらず、余白を大切にする空気感。
昨夜の青年の声が、まだ耳の奥に残っている。

爽子は、その余白に安心していた。

若い人の軽い言葉には敏感なのに、彼の言葉だけは違った。

──試験にいちど落ちて、それでも挑む。

その姿勢に、心を動かされただけ。

若さとか、未来とか、選択肢とか──そういうものに触れると、
自分の中にしまい込んでいた場所が、疼いただけ。

別に、特別なことじゃない。
だれにだって、起こること。

と、マグカップを持つ指先に力をこめる。
そう言い聞かせて、はやく、いつもの自分に戻ろうとした。



それに、若い人とは、どこか距離を置いてしまう。

爽子は、昨夜の大翔の横顔を思い出した。

グラスを持ったり、回したりしながら、未来の話をする姿。
顔は……暗くて、よく見えなかった。
いや、目を合わせられなかった。素直になろう。

ただ、その目は、若さの輝きと、大人の静けさを同時に持っていたと思う。

あの世代は、揺れる社会の中で大人になった。
その静かな強さが、彼の目の奥に残っていた。

自分以外に信じられるものがなかったのかもしれない。

爽子が迷い、立ち止まっていた頃、 彼は別の場所で、 自分の歩幅で未来へ進んでいた。そう思うと、胸が痛くなる。

今のことも、将来のことも、
周りが何を考えているか、
これからどうしようか、自分に何ができるのか。

だれも見ていないと思える場所で、何もわからないまま歩いてきた人。
だれも経験したことのない不安に、押しつぶされそうになりながら、心がからっぽになっても、
周りをよくみて生き抜いてきた人。

その “歩き方” が、昨夜の沈黙の中で爽子の胸をそっと撫でた。


──幸せになってほしい。

昨夜、胸の奥で自然に湧いたその言葉が、また浮かんでくる。

「また来てくれるといいですね」

誰か、そんなことを言ってくれないかな──。

爽子は自分でも驚くほど自然に、そう思っていた。

「……そうですね。会えたら、うれしいかもしれません」

もしも、澪に聞かれたら。なんと答えよう。

期待じゃない。

恋でもない。

ただ、

“あの静かな呼吸に、もう一度触れたい”

それだけだった。

「二度目なんですけど、今度こそ受かりたいなって」

あの落ち着きと、あの言葉の選び方。
どこか、ほかの若い子とは違う呼吸を感じていた。

胸の奥の琥珀色の灯りが、
また、静かに揺れる。

今日は、新しいプロジェクトの資料を探しに出かけた。
少しだけ取引先の様子も見て、休暇に入った。

私は、ちゃんと自分の生活に戻っている。
私は、誰かに揺らされるタイプじゃない。

──でも、心がふっと動く瞬間は、確かに存在する。

その瞬間を否定する必要はない。

彼に揺れたのか、 彼の未来に揺れたのか。
それとも、 かつての自分に揺れたのか──。

それでも──彼の未来を思うとき、もう少しだけ、自分の未来も信じてみてもいいのかもしれない。

むしろ、そういう瞬間があるからこそ、
私は私の生活を、より大切に思えるのだろうか。

爽子は、何度も、何度もそう言い聞かせた。

午後に、本屋の帰り道にミシマ先輩からメッセージが届いた。

『爽子ちゃん、元気?』
『正月だし、明日食事でもどう?』

メッセージを見た瞬間、胸の奥の揺れが、すっと静かになった。

ミシマ先輩は、爽子の “普通” も “現実” も知っている人。節目のときに必ず登場する人だった。
彼と話す約束をしただけで、いつもの自分に戻れる気がした。

高校の頃、爽子が高校1年、ミシマは大学1年──文化祭で出会って以来、気がつけば何年かに一度、2人で食事に行く関係になっていた。

『いいですよー。なんにします?』と返すと、
『んー、お蕎麦でもいい?』と返ってきた。

年越し蕎麦を食べ損ねたらしい。
まあ、年明けの蕎麦屋なら空いていて落ち着くでしょ──そんな呑気なことを思った。

そのやりとりだけで、胸の奥の温度がいつもの場所に戻っていく。

夜、ソファに座って、後輩からの京都みやげのほうじ茶を淹れた。
軽さの奥に、ほんのりと木と土の香りのような、湯気が立ち上る。

関西のほうじ茶の、上品で静かな香りが、
昨夜の記憶をそっと呼び起こす。

古い柱と、乾いた畳。
夕方の神社の落ち葉の匂いを思い浮かべていた。

湯気を見ていると、昼間よりも少しだけ、彼の未来を考える時間が増えていることに気がついた。

しまいかけた記憶は、
昨夜より少し薄くなっていたが、まだ消えてはいない。

──また会いたい。

その気持ちは、恋なんかじゃない。
人としての美しさに触れたときの、静かな祈りのようなもの。
そう、恋なんかじゃない。

──若いのに、ちゃんと大人だった。

「二度目なんですけど、今度こそ受かりたいなって」

80年代のクルマが好き。
自分の会社の製品が好き。
その言葉が、胸の奥で静かに響く。

若さの中に、場数を踏んだ人の静けさがあった。

それとも──。
深い意味なんてない。
その場の空気で、なんとなくそう言っただけ。

ああいう場に慣れていないだ。なんの意味もない。

きっと、やば……。何にも考えてなかった。
どーしよ。
そう言って慌てているのかもしれない。

それとも。
酔っていて支離滅裂なことを話したとか?

どう反応したらいいかわからなかった。
わたしに失礼にならないように、ただそこにいただけ。
帰ると悪いから、なんて……。

爽子はカップを置き、そっと目を閉じた。

もしまた会えたら、どんな顔をしたらいいんだろう。

はぁ……。
何をこんなに、振り回されているんだろう。

お店を変える。いや、曜日を変える。
それとも、いなそうな時間にこっそり飲みにいく……。

自分が行きたければ、行ってもいい。

心のもやを、一気に振り払うように、爽子は続けた。

こんなの、自分の未来をやり直したいだけ。
それをするのに彼がどうとか関係ない。

自分の未来に憧れているだけ。
それが恋なのか、ただの憧れなのか、 まだうまく言葉にできない。

その未来が眩しくて、

少し切なくて、

だから涙が出る。

彼の背中に見えた “未来” に揺れたのかもしれない。

──自分の未来を、信じてみようと思っただけ。

琥珀色の灯りは、まだ胸の奥で静かに揺れていた。


<了 3,000 字>



あとがき

作品のタイトルを決められずにおります(まだ仮題です)
3話もあります、よろしくお願いします🙂

・・・

▼連れて行ってもらう未来から、もう一歩。勇気をだして……。

明日も駅伝見ます🥰

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久藤 あかり | はじめまして! スキ、コメントが1番うれしいです。私の記事を元にあなたの記事を書いてもらうのも大歓迎!心が動く言葉はありましたか?ご感想お待ちしています😊