第5回(最終回) 諸行無常をどう引き受けるか──役職が終わったあとの人生
こんにちは、メガバンクの社畜リーマンだったFreedom Cloudです。
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よろしければご覧いただけると幸いです。
第5回(最終回) 諸行無常をどう引き受けるか──役職が終わったあとの人生
はじめに──役職は、必ず終わる
どれだけ出世しても、どれだけ評価されても、 サラリーマンである以上、役職は必ず終わる。
これは例外のない事実だ。
私自身、メガバンクで長く働きながら、 その現実を何度も見てきたし、 今は自分自身の問題として向き合っている。
役職定年は、 「失敗した人」が迎えるものではない。
「長く勤めた人すべて」が迎える通過点だ。
1. 諸行無常という現実
仏教の言葉に「諸行無常」がある。
すべてのものは移ろい、 同じ形のまま留まり続けることはない、という意味だ。
銀行の役職ほど、 この言葉が当てはまるものはないかもしれない。
部長だった人が、翌年には肩書を失う
決裁権を持っていた人が、意見を求められなくなる
それは残酷だが、 制度として最初から決まっている。
2. 受け入れられなかった人たちの共通点
これまで見てきた中で、 役職定年後に苦しみ続けた人には、 共通する特徴があった。
それは、
いつか元に戻れると思い続けていた
という点だ。
制度上、 元に戻ることはないと分かっていても、 心のどこかで期待してしまう。
その期待が裏切られ続けることで、 人は消耗していく。
3. 受け入れる勇気とは、諦めることではない
「受け入れる」という言葉は、 どこか後ろ向きに聞こえるかもしれない。
だが、私が見てきた限り、 受け入れられた人たちは、 決して諦めた人ではなかった。
彼らは、
役職に代わる評価軸を探し
会社の外に視線を向け
自分の経験を別の形で使おうとした
戦い方を変えただけなのだ。
4. 私自身が、いま考えていること
ここからは、 少し私自身の話を書く。
私はこれまで、
営業の最前線から外され
昇格が同期より遅れた
数々の失敗をした
そのたびに、 「終わったかもしれない」と感じてきた。
だが、振り返ると、 その経験が無駄だったことは一度もない。
時間は、 意味を後から書き換えてくる。
5. 役職が終わっても、人としては終わらない
役職がなくなれば、 確かに世界は静かになる。
だが、
経験
言葉
人とのつながり
まで消えるわけではない。
それらは、 役職の外に出たとき、 初めて価値を持つこともある。
6. 人生後半戦に必要なのは「受け入れる勇気」
人生の後半戦で必要なのは、 無理に上を目指し続けることでも、 過去にしがみつくことでもない。
変わることを前提に、生き方を組み替える勇気だ。
役職が終わることは、 終わりではない。
生き方を組み替える合図にすぎない。
おわりに──読者への問い
もし今、
役職定年が怖い
肩書を失う自分を想像できない
会社の外の自分が見えない
そう感じているなら、 それはごく自然なことだ。
だが、問いを一つだけ持ってほしい。
役職がなくなったあと、 自分には何が残るだろうか。
この問いに向き合うこと自体が、 すでに一歩目だ。
私自身も向き合っている最中だ。
この連載が、 誰かがその一歩を踏み出すきっかけになれば、 これ以上のことはない。
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