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第3回 受け入れられた人と、壊れてしまった人──その分岐点

こんにちは、メガバンクの社畜リーマンだったFreedom Cloudです。
 
今までの私の記事はこちらで確認できます。

よろしければご覧いただけると幸いです。

第3回 受け入れられた人と、壊れてしまった人──その分岐点


はじめに──同じ役職定年でも、結果はまったく違った


役職定年を迎えた人たちを長く見ていると、ある事実に気づく。

条件はほぼ同じなのに、その後の人生は驚くほど違うということだ。

・年齢もほぼ同じ
・勤続年数も同じ
・給料の下がり方も同じ
・退職金の水準も大差ない

それでも、 ある人は静かに穏やかになり、 ある人は怒りと不安に飲み込まれていく。

この差は、能力ではない。 運でもない。

分岐点は、役職をどう受け取ったかにあった。


1. 受け入れられた先輩の共通点


1.1 役職を「自分そのもの」だと思っていなかった

私が見てきた中で、 役職定年を比較的穏やかに受け入れた人たちには、 はっきりとした共通点がある。

それは、

役職を“借り物”だと理解していた

ということだ。

彼らは、

・部長である自分
・課長である自分

を「自分そのもの」だとは思っていなかった。

あくまで、 会社から一時的に預かっている役割だと捉えていた。


1.2 若い頃から、肩書以外の話題を持っていた

受け入れられた先輩たちは、 仕事以外の話題を自然に持っていた。

・趣味
・社外の友人
・家族との時間

決して派手ではない。

だが、 「会社の中だけが世界のすべて」ではなかった。

そのため、 役職が外れても、 世界が一気に崩れることはなかった。


2. 壊れてしまった人との決定的な違い

2.1 プライドの置き場所

壊れてしまった人たちは、 プライドを役職の上に置きすぎていた

・肩書がある自分=価値がある
・肩書がない自分=価値がない

無意識のうちに、 そう信じ込んでしまっていた。

役職を外された瞬間、 プライドの置き場が消えた。

その結果、 怒りや不安が噴き出す。


2.2 「受け入れる」ではなく「抵抗していた」

受け入れられた人は、 役職定年をこう捉えていた。

そういう制度だ

一方、 壊れてしまった人は、 心のどこかで抵抗していた。

まだやれるはずだ なぜ自分が

この差は、 後からじわじわ効いてくる。


3. 私が忘れられない、ある先輩の一言


役職定年を迎えたある先輩が、 こんなことを言っていた。

「肩書がなくなって、  ようやく自分の実力が分かるようになった」

当時は、 少し強がりに聞こえた。

だが、 今なら分かる。

これは、 現実を引き受けた人の言葉だ。


4. 受け入れるとは、諦めることではない

ここで誤解してほしくない。

「受け入れる」とは、

・何もしないこと
・挑戦をやめること

ではない。

むしろ逆だ。

役職という鎧を脱いで、 別の戦い方を選ぶことだ。


5. 分岐点は、役職定年の前から始まっている


重要なことを書く。

役職定年をどう迎えるかは、 その年になって決まるのではない。

もっと前から、 少しずつ決まっている

・役職以外の居場所を持っているか
・会社の外で、自分を説明できるか
・肩書がなくても、話せる言葉があるか

これらは、 一朝一夕では身につかないのだ。

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