毎日短編BL小説④「冬の初恋」
※昨日(https://note.com/freenote_365/n/n6e9ddfbfe9e0)の続き、弟視点です。
冬×男子高校生×初恋
白い息が宙に溶けるたび、彼の笑顔が心の中に積もっていく。
紙袋に入れている赤いマフラーが、首元に巻かれたときの感触が未だに忘れられない。
これを返してしまうと、彼とのつながりがなくなってしまう気がして、ずるずると先延ばしにしていたけれど、尊敬する兄から催促されてしまっては、知らんぷりもできない。
鈴木侑太は、一世一代の決心と共に、赤いマフラーの入った紙袋を手にして、待ち合わせ場所に向かっている。
出会いは、特別でもなんでもない。
一つ上の兄のクラスメイトで、男女合同の食事会で一緒になった、ただそれだけ。
元々、侑太は、顔の良さで注目されることが多かった。反対に、兄は、見た目はぽっちゃりとしているけれど、誰にでも分け隔てなく接するやさしさと、その穏やかな性格から、男女問わず好かれていた。侑太は、女子からは憧れの眼差しを受けることが多いが、男子からは妬み嫉みの目線を向けられることが多く、クラスからも孤立しがちだった。自然と人との関わりを避け、一人で過ごす方が楽になっていく。
兄と比べられること、また、兄が自分と比べられることが嫌で、高校は兄と違うところを選んだ。本当は男子高の方が気が楽だったが、幸い、若葉台高校よりも家から近く、交通の便もよく、偏差値も侑太にちょうど良い進学校があったため、そちらを選んだ。兄と過ごす時間は減ってしまったが、その分、家で会話をすることが多くなった。
「ねえ、侑太」
「何?」
その日も確か、夕食後にふたりで並んで、テレビを観ていたのを覚えている。
「佑実ちゃんの友だちがさ、どうしても侑太に会いたいんだって」
「は」
佑実ちゃん、というのは、兄の彼女だ。
小学校からの付き合いで、侑太もよく知っているが、長い髪にお下げが似合う、おしとやかでかわいらしい人だ。兄とお似合いで、二人の仲は応援している。もっとも、二人とも穏やかな性格をしているから、ケンカをしているところを見たことがない。
「何かで見かけたらしいんだよ。で、俺の弟だって話しちゃったらしくて」
兄は、まあるい手でみかんを剝きながら、のんびりとした口調で話す。
「しかもさ、クラスの奴らも女の子と出会いたいとか盛り上がっちゃっててさ」
侑太は、みかんを剥く手が止まっている。
兄はそこで初めて、侑太を見た。
「嫌だったらいいんだけど」
「――行く」
ああ、そうだ。
小さい頃から、この顔に、弱かった。
やさしい兄が、困ったように眉を下げると、どんなに不利益なことでも引き受けたくなってしまう。
女子は苦手だ。初対面の人が多くいる場も。何を話したら良いのかわからない。
でも、自分がここで断ることで、兄の評価が下がったり、兄と彼女が上手くいかなくなるほうが、いやだった。
「本当?」
「でも、俺、上手くしゃべれないよ」
「いてくれるだけでいいよ」
「うん」
「きっと、クラスの奴らがなんとかするから」
「そういうことなら、うん」
「ありがとう、侑太」
そして兄は、まあるい顔で、くしゃりと笑う。
人好きのするその笑顔が、小さい頃から、大好きだった。
それから、あれよあれよという間に話が進み、あっという間に「食事会」の当日となった。食事会というくせに、場所はカラオケの広い部屋だというのだから解せない。待ち合わせの店の前まで行くと、学校から直接来たという兄とそのクラスメイトが、既に立っていた。
「あ、侑太」
兄がひらひらと手を振る。兄の隣には、背が高い男が二人いた。兄と同じ制服のブレザーを着ている。片方は、染めた茶髪を無造作にセットしていて、赤いマフラーを首にぐるぐると巻いている。もう片方は細身で、アシンメトリーの派手な髪が印象的だ。ピアスも着けていて、いかにも女慣れしてそうな外見だった。
「うわ、イケメン」「イケメンだ」
その二人が、侑太を見るなり声を揃えた。
「そう、イケメンなんだよ。俺の弟、鈴木侑太です」
「どうも」
軽く頭を下げると、「ぶは」と噴き出す音が聞こえる。赤いマフラーの男だ。
「似てなくね?!」
「侑太、この失礼なのが、井上」
「どうも、井上でーす」
「西山」
赤マフラーが井上と名乗り、アシンメトリーが西山と名乗った。
侑太は二人に圧倒され、頭を下げることしかできなかった。
「大丈夫だよ、見た目ほど怖くないから」
「見た目ほどってなに!?」
「あ、佑実ちゃーん!」
突っ込む井上を無視して、兄が手を挙げた先には、兄の彼女と、彼女が連れて来た女子高生が三人いた。四人とも、同じ、ブレザーの制服を着ている。兄と彼女が話をしてそれぞれを紹介する傍ら、三人の女子高生の視線が、一気に侑太に向いてくるのがわかった。
(ああ、帰りたい……)
店に入る前に、心底思う侑太だった。
「何飲む?」
歌の歌われないカラオケルームで、自己紹介やら雑談やらが行われている間も、侑太は居心地が悪かった。兄と佑実はふたりでマイペースに話していて、西山という男は一人の女子を狙い撃ちにしている。そして二人の女子から、一斉に質問を浴びせられ、困り果てているところだった。不意に、隣の席の赤マフラーの男(室内ではマフラーを外していた)が、空になった侑太のグラスを持ち、そう尋ねてくれたのだ。
「え」
「ついでだから」
「じゃあ、コーラ、で」
「りょ」
そう言って彼は席を立ち、部屋から出て行ってしまった。
そのやり方がスマートで、侑太は思わず、彼の背中を目で追いかけた。女性陣から「聞いてる?」「侑太くーん」と声を掛けられていたが、耳に入って来なかった。染めた茶髪が似合う彼は、ツリ目がちの大きな瞳をしていた。その目が忘れられなくて、彼が戻って来てコーラの入ったグラスを差し出され、やっと我に戻ったぐらいだ。
その後、連絡先の交換をせがまれて困っていたのを助けてもらった挙句、近くの公園まで連れられてしまった。彼も例に漏れず侑太のことをイケメンだと称していたが、不思議と、嫌な気持ちがしなかった。ブレザーの制服からしたら、学ランの侑太の制服は、寒そうに見えたのかもしれない。
「寒そう!」
そうぶっきらぼうに言って、今まで自分が巻いていた赤いマフラーを、侑太の首にぐるぐると巻いてくれる井上を見て、ふ、と笑いが込み上げてくる。
「す、すみません」
「ほら帰んぞイケメン、先輩が送ってやろう」
「あ、ありがとうございます?」
「おーおー、感謝したまえ」
大仰に言う言いぐさも可笑しくて、肩を揺らしながらベンチから立ち上がる。
侑太よりほんの少し下に位置する顔が、照れたように逸らされた。
その顔を、もう少し見ていたいな、と思ってしまう。
「井上、さん」
「あん?」
駅まで向かって並んで歩き出し、勇気を出して名前を呼んだ。当然のように返事をしてくれる、それだけで、何故か胸が弾んだ。
「あ、兄は」
「おう?」
「兄は、学校で、どうですか」
「は?」
駅までの道のりは少ししかないが、何か話題を作らなくてはと頭を巡らせて浮かんだのが、兄の顔だ。井上は怪訝な顔をするが、すぐに笑った。笑い上戸なのかもしれない。
「何、ブラコンかよー」
「そ、そういうわけじゃ」
「めちゃくちゃいいやつだよ」
からかわれたと思って慌てて否定する侑太に被さるようにそう断言されて、ひとつ瞬く。
「やさしいし、穏やかだし、面倒見いいし、俺も何度助けられたことか」
「そうなんですね」
「鈴木のおかげでうちのクラスが円満だと言っても過言じゃねーな」
「そ、そこまで」
「だって男子高だぞ。あ、なあ、」
不意に、井上が肩を組んできた。侑太の方が背が高いので、井上の方へと傾くことになる。耳元に唇が寄せられて、慣れない距離の近さにドギマギした。
「共学って、どんな感じ?」
問いかけられて、肝が冷える。
「どんなって」
「やっぱ、女の子のいい匂いとかすんの!?」
「さ、さあ」
「えー、イケメンだろ、毎日告白されんじゃねえの!?」
距離を戻し、大きくリアクションする様子に、耐えられずに笑ってしまう。
「漫画じゃないんだから」
「うっそだろ! てかこんなイケメンなのに彼女いねえのおかしくね?」
真面目な考察モードに入られて、また可笑しさが込み上げてきた。
気付いたら駅が近付いていて、段々、きらきらと輝くイルミネーションが色どりを増してくる。駅前には、背の高いクリスマスツリーも飾られていて、日が暮れると、ライトが点灯される。
「こういう、ロマンチックな景色をさー、彼女と見たくねえ?」
それに気付いた井上が、クリスマスツリーを指さして言った。
(俺は、)
――いやいやいや。
侑太は、自分の思考を、打ち消した。
親切で明るくて話が面白いからと言ったって、初対面の男性に、何を考えているんだ。
「クリスマスまでには欲しいよなあ、彼女」
「あと一週間もないですよ」
「無慈悲」
拗ねた素振りも面白くて、つい、笑う。
「じゃあ、ここで」
「ありがとうございました」
「おー、じゃあな。鈴木によろしくー」
ひらりと手を振って改札を潜っていく井上の背を見送る。
井上は名残惜しさの欠片もなく、振り返ることなく階段を上って行った。
「あ」
そして、気付く。
首元に巻かれた赤い派手なマフラーを、そのままにしてしまったことに。
しまった、と思うけれど、同時に、口実ができた、と思ってしまった。
(これで、また会える)
口元を埋めたマフラーからは、嗅ぎ慣れない香水の匂いがした。
――そして、冒頭に戻る、というわけだ。
家に帰るときにはさすがに首から外したが、赤いマフラーを持って帰って来た侑太に、先に帰っていた兄はひどく驚いた。「返しておくよ」という当たり前の申し出を、「いや、直接返したいから」と断ったことを、兄はどう思っただろうか。「じゃあ、言っておくね」と言ってくれて、かくして、直接、兄の学校へこのマフラーを届けに行く約束が出来たというわけだ。終業式当日になってしまったが、ある意味、よかったかもしれない。
紙袋を握りしめて、校門へと向かう。
井上とは連絡先を交換していなかったから、兄が渡し舟となってくれた。
「あ」
校門に着いて、兄に連絡しようとスマホを取り出したときに、その声が聞こえてはっと顔を上げる。すぐそこに、待ち望んだ、彼の姿があった。
「い、のうえさん、」
「つか、わざわざ渡しに来なくてよくね?! イケメンのくせに律儀かよ!」
ぶは、と、侑太の顔を見るなり噴き出すのは失礼この上ないリアクションだが、侑太は不思議と、胸が高鳴った。こんな感覚、初めてだ。
「あ、あの」
「うん?」
侑太は紙袋を差し出した。井上は、当然のようにその紙袋を受け取ろうと手を伸ばしてくるから、その手を両手で握りしめる。
「え?」
初めて触れる手は、骨張っていて冷たかった。
「俺と、」
校門の周りには、井上と同様、下校をしようとしている男子高校生が大勢いる。
見慣れない他校の生徒と対峙している井上の姿を、面白がって遠巻きに見ている者たちもいた。中にはスマホを掲げている者も。
しかし侑太は、なりふり構っていられない。
これは、一世一代の告白だ。
「お友達から、始めてくれませんか……!」
「――はあ!?」
井上の素っ頓狂な叫び声と、「イケメンに告られてるイノッチウケる」「モテモテじゃん井上ー」「おめでとう!」「幸せにな~!」と、周囲からの野次が上がるのが、同時だった。
