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誰も自分をクビにできない。

僕は31歳のときに当時倒産寸前に陥っていた鈴木バイオリン製造株式会社を事業承継して、創業家が所有する株式と併せて、経営権を引き継ぎました。
事業承継した初期の頃は、当時の鈴木バイオリンが事業再生案件入りしていたこともあり、銀行の格付けも「貸し倒れ懸念先」として評価も著しく低く、資金繰りとの闘いの日々でした。事業再建に向けたバンクミーティングが開かれているにも関わらず、実質最初の4年ほどはメインバンク不在という異例の経営環境下でした。
事業承継初期の頃の話については、また後の記事でUPしたい思います。

そして、約6年半鈴木バイオリンを経営し、今年5月に自分が持つ株式100%を株式会社サウンドハウスに譲渡しました。
今回のM&Aでの売却の決め手は、成熟市場にいながら緩やかですが着実に会社が成長する過程で、至るところで専門的な知識を必要とするボトルネックが発生しており、それらをスムーズに解決できるサポートが得られることが1番の決め手でした。
当然サウンドハウスが持つ強固な物流インフラや販売網、海外メーカーとの直輸入体制との相乗効果で、より一層の合理化や販路拡大ができることも大きな目的です。
もう一つ、脆弱な資本を強化することでリーマンショックのようなリセッション(景気後退)に備えておくという目的もありました。

僕は社長に就任した当時からずっと、株式の大部分を個人で所有し経営にあたる所謂オーナー社長でした。会社が再生案件入りしていた事業引き継ぎ初期の頃は自分ですべての責任を取り、自分ですべての意思決定を迅速におこなうことが会社の強さにも直結していましたし、経営におけるストレスも資金繰り以外はほとんどありませんでした。失敗も成功もすべて自分が引き受けるわけですから、のびのびと会社経営に全力投球できたわけです。

しかし、事業再生案件から無事脱却し、順調に業績を伸ばせるようになる頃には、それまであまり考えてこなかった不安を覚えるようになりました。
それは「誰も自分をクビにできない」という事実です。
会社が順調にうまく回っていれば何も問題はないのですが、僕が不安に感じていたのは「会社の業績が下降して、赤字に転落してしまった時」のことです。僕が経営の舵取りに失敗し、会社が深刻な業績不振に陥ったとしても、誰も僕をクビにすることはできません。会社のオーナーも自分なので、自分で自分をクビにするしかないのです。
しかし、その状態で僕が経営から降りたとしても残されたメンバーで会社をV字回復させ、再び軌道に乗せるのは不可能とは言いませんが、至難の技でしょう。

僕は裸一貫で社長になり、自分の能力、社長としての手腕がどの程度の企業規模まで通用するのかも皆目見当もつかないまま、手探りの状態でずっと経営を続けてきました。
今は順調に成長しているが、どこかで自分の能力が限界を迎えて、経営の意思決定に連続で失敗し会社の業績を急降下させてしまったら…?その時は誰にもバトンを渡せず、沈みゆく船にしがみ続ける前に、適切なタイミングで第三者に正しくジャッジしてもらい戦力外通告を受けるべきだし、受けたいなと思うようになったのです。
そういう観点からも、自分の所有する株式を売却し、株主だけでなく社員や取引先など、会社の全てのステークホルダーに対して、公正なガバナンスがしっかりと効いた状態を作ることで、僕も経営者として甘えは許されず、真に実力主義で経営と向き合えることができます。そして自分の能力が通用しなくなったときは、スパッと選手交代を受け入られる環境に身を置きたくなったのです。

と、このような事を言っていると、経営が上手くいっていても意に沿わない買収の危険に晒されないか? という主旨の助言を頂くことがしばしばあります。
確かに上場している場合は敵対的な買収のリスクに晒される可能性は否定できません。しかし、未上場企業でかつ双方合意のもとに作られた株主間契約をしっかりと締結している株主によって構成された株主総会であれば、会社を正しく成長させている社長を無闇やたらと追い出すことはしないと思います。メリットもないし。それに、優秀な社長という人材は最も見つけづらい専門職でもありますので。

多くの経営者や起業家が株式売却を「ゴール」や「引退」と捉えがちで、「〇〇億円でバイアウト」のようなニュース見出しが世間で踊ることもよく見かけます。そのとき、多くの社長は自分の株式が「いくらで売れるのか」ばかりに目が行ってしまうものです。僕の周りでも口を開けば「会社のバリュエーション(企業価値評価)がどうの」という話が熱く語られている光景をよく目にします。
しかし、金額のみを追いかけて売却先を決めた社長は後になって後悔することがほとんどのように感じますし、売却後も一定期間会社に残って事業をサポートする場合もあるし、別の事業を始める人もいます。

僕の場合は株式売却してからも、ありがたいことに株主からも必要とされ、引き続き社長として経営を任せて頂いております。
株式売却によって自分自身も資本家として満足できる額のキャピタルゲインを手にし、株主からのガバナンスも得つつ、経営の自由度を保ちながら自分の育てた会社の行く末にも引き続き携わることができている今の環境は、とても運が良かったなと感じています。
ただ、「自分の力でもっと会社を大きくしたかった、企業価値ももっと高めたかった」という悔しさも正直あります。また、それが出来たという自信もあります。でもまだ30代なので「もっと自分はやれる」という悔しさを多少は持っているくらいの方が、次の新たな挑戦に向かう原動力になるので、ふと寝る瞬間に悔しさに包まれる夜は「まぁ、それも悪くないか」とポジティブに捉えるようにしています。

最後に、会社にとって最も大切な財産はそこで働く人たちです。従業員が株式譲渡後の新しい環境で活き活きと働けるように、そして経済的にもより豊かになるように配慮することが、オーナー社長としての最後の責任であり、彼らが売却後も安定して働ける姿、そして成長していく姿を見ることが出来れば、それが最も幸せな事なんじゃないかと思います。
僕自身も数年後に「今思えばあのタイミングの選択で本当に良かった」と自信を持って言うことができ、「会社と自分のメンバーにより良い未来を残す」ために判断できたと思えるように、引き続きがんばります! つづく。

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