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アプリがくれた恋|偶然が重なった夜【第2話】

通勤電車の揺れに合わせて、
スマホの画面が小さく震えた。

「おはようございます。
今日は、少しだけ暖かいですね。」

彼からの朝の一行。
短いのに、
毎回、胸の奥が
ほんの少しだけ軽くなる。

昼休みには、
彼がお弁当の写真を送ってきた。
卵焼きが少し焦げていて、
「味は、まあまあでした」と
照れた顔が浮かぶような
文章が続く。

そんな他愛もない往復が、
いつのまにか一日の
リズムになっていた。

朝の“おはよう”で始まり、
夜の“おやすみ”で閉じる。

その合間に、
呼吸を整えるみたいな
短い会話を差し込む。

ある夜、
彼から“声で話してみませんか”
とメッセージが届いた。

少し迷って、
「十分快らいなら」と返す。
本当に十分快で
終われる気は
していなかったけれど、
そう書くことで
自分を安心させたかった。

通話のベルが鳴り、
画面の小さなアイコンが
明かりを灯す。

彼の声は、
想像していたよりも高く、
それでいて少しハスキーだった。

やさしく笑うたびに、
息の混じった声が
耳の奥をくすぐった。

最初は、
ありふれた天気の話をした。
今日の仕事の混み具合や、
帰りに買ったパンのこと。

少し沈黙があって、
でも、その沈黙が
なぜか怖くなかった。

彼は、
沈黙の端を穏やかに
持ち上げるように
また話題を差し出してくる。

「出身って、
どのあたりですか?」

ためらいながら地名を言うと、
受話口の向こうが
一瞬だけ明るくなる。

「え、同じです。
〇〇市。
たぶん、駅前の商店街、
想像できます。」

思わず笑ってしまう。
そこから、
中学の話や、
昔よく行ったパン屋の名前まで
とりとめなく続いた。

そして、
何気ない流れで彼が言った。

「まさか、名前○○さん?
プロフィールに
書いてありましたよね。」

「はい、そうです。
女性ではよくある
名前なんですけどね。」

「いや〜実は僕の苗字、
○○なんですよ。」

「え!ほんとに!?」

「ぷぷっ…一緒ですね(笑)」

ふたりとも吹き出した。

「いや〜これは
ちょっと運命っぽい。」

「ほんとに(笑)
名前で笑うなんて、
久しぶりです。」

笑いながら、
息が整っていく。
偶然の重なりは、

驚きというより、
安堵に近い温度を
連れてきた。

その流れで、
彼の家族の話になった。
昔は商店街の近くに
住んでいたこと、

父親がよく
古いCDを聴いていたこと。

「ちなみに、
お子さんっています?」

彼の問いかけに、
私は子どもの名前を
さらりと告げた。

受話口の向こうで、
小さな息が吸い込まれる音。

「僕の父の名前です。」

ふたりとも、
同じタイミングで笑った。

「ちょっと、
できすぎじゃないですか。」

「ほんとに。
でも、こういうの、
あるんですね。」

笑いすぎて、
通話の向こうで息
が混ざる音まで
伝わってきた。

それが妙に心地よくて、
会話のテンポが
一気に軽くなった。

「頑張らなくても
話が続く人って、
なんか不思議ですね。」

私がそう言うと、
彼は少し間を置いて答えた。

「うん。
たぶん、頑張らないで
いられる人と話してるから
なんでしょうね。」

“頑張らない”という言葉が、
胸に静かに沈む。

いい意味での
力の抜け方を、

誰かから教わるのは、
いつぶりだったろう。

沈黙がまた来て、
けれど、やっぱり怖くない。

通話の向こう側で
誰かが
同じ夜の空気を吸っている。

それだけで、
今夜の部屋の温度が
すこし上がる。

「ねえ、
もし会うことになっても、
急がなくていいですから。」

彼が、
急に真面目な声で言った。

「あなたのペースでいい。
無理が重なると、
楽しいことも
息切れしますから。」

言葉の端が、
こちらの疲れを
そっと撫でる。

頷いたのが
音になって届けばいいのに、
と思いながら、

小さく「ありがとうございます」
と返した。

気づけば、
十分のつもりが
一時間を越えていた。

「そろそろ寝ましょうか。」

「はい。
たくさん笑ったから、
きっとよく眠れます。」

「うん。
おやすみなさい。
無理せず、また。」

通話を切ると、
部屋の静けさが
いつもより柔らかい。

笑い疲れた頬が
ほんのり熱い。

ベッドに横になり、
天井の白を眺める。
しばらくして、
スマホが小さく震えた。

『今日は楽しかったです。
また、声で。』

短い文字列なのに、
枕元の空気が
少しだけ甘くなる。

目を閉じる。
名前の偶然、
住んでいた町の偶然、
父と子の名前の偶然。

いくつも重なると、
不思議と、
“偶然”という言葉の角が
丸く見える。

運命なんて
大それた言い方は
似合わないけれど、

今夜の笑いが
今日という日に
小さな印をつけたことは、
きっと間違いじゃない。

頑張らないように、
頑張ってきた数年。

それでも、
がんばらなくても
笑える時間が、
たしかにある。

その事実だけで、
胸の奥が静かにほどけていく。

明日の朝、
いつものように
“おはよう”が届く気がした。

私も、
同じ言葉を
少しだけ早く打って、
画面を伏せる。

やわらかな眠気が
波のように寄ってきて、

そのまま
明日へと
連れていかれる。

今夜の笑いの余韻を
そっと抱きしめながら。


読んでいただき、
ありがとうございます。

切なさも、痛みも、温もりも。
物語は、まだ続いています。

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眠れぬ夜に寄り添う
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✍️ 作者について
「恋愛ノンフィクション作家」
として、救いのない
愛や家族の影を描いています。
https://note.com/fresh_acacia6097/n/nf7d07d980740

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