『アプリがくれた恋』第6話(最終回)|あの日、出会いが奇跡に変わった夜
春の風が、
カーテンの隙間から
そっと部屋に入り込んだ。
朝の光はやわらかく、
コーヒーの香りが
部屋の奥まで届いている。
キッチンでは、
彼が小さな音で
食器を並べていた。
いつの間にか、
それが“朝の合図”
になっていた。
「おはよう。」
寝ぼけた声でそう言うと、
彼は振り向いて笑った。
「もうすぐできるよ。
トースト、焦げそう。」
そんな会話が、
今ではあたりまえの
朝になっている。
最初に“いいね”を
押したあの日から、
一年が経った。
あのときは、
こんな未来が待っている
なんて想像もしなかった。
ひとりで過ごす夜が、
静かで少し怖かった。
もう恋なんてしなくていいと、
どこかで自分に言い聞かせていた。
けれど、
彼の「おはよう」で始まり、
「おやすみ」で終わる日々が、
少しずつ私を変えていった。
「ねえ。」
「うん?」
「最初のメッセージ、
覚えてます?」
「もちろん。
“コーヒーは
ブラック派ですか?”でしょ。」
ふたりで笑った。
その笑い声が、
春の光に溶けていく。
彼が私のカップに
ミルクを注ぎながら、
小さく呟いた。
「この一年、早かったね。」
「うん。
でも、ちゃんと
全部覚えてるよ。」
午後、ベランダに出ると、
洗濯物の間を
春風がすり抜けていった。
あの冬の日、
初めて会ったカフェの前を
いまでも時々通る。
カラン、と鳴るあの扉の音。
コーヒーの香り。
彼が初めて
私の名前を呼んだ声。
あの瞬間から、
すべてが静かに
動き始めていたんだと思う。
夜。
食器を片づけ、
彼がソファに腰を下ろした。
「そろそろ寝ようか。」
「うん。」
部屋の灯りを消すと、
外の街灯の明かりが
薄く差し込む。
その光の中で、
彼が小さく言った。
「出会えて、よかった。」
胸の奥がじんわり熱くなった。
「私も。」
その言葉を伝える瞬間、
なぜか涙が出そうになった。
季節はまた冬を迎えた。
一年前、初めて
出会ったあの季節。
彼が先にお風呂から上がり、
湯気と柔軟剤のいい匂いが
部屋に漂っていた。
キッチンの隅で、
マグカップから
白い湯気がゆらめく。
その向こうで、
彼が髪を乾かしている。
「まだ起きてたの?」
「うん、なんか眠れなくて。」
彼は笑って、
私の隣に腰を下ろした。
テレビの音は消してあるのに、
外の風の音が、
妙に心地よく感じた。
「あの日、
アプリを開いたことも、
君に会いたいと願ったことも、
きっと“選んだ”
結果なんだと思う。」
彼の声が、
静かな夜気に溶けていく。
奇跡は偶然じゃなく、
誰かを信じようとした
小さな“意志”の積み重ね。
愛って、
たぶん、そういうこと
なんだと思う。
彼が寝息を立て始めたあと、
私は灯りを落とし、
そっとカーテンを開けた。
窓の外、
白い息が夜気に溶けていく。
見上げた空には、
あの日と同じ星が
瞬いていた。
あのときアプリを
開いていなければ、
この景色も、
この隣の温もりも、
きっと知らなかった。
──出会いは、偶然じゃない。
それは、奇跡を選んだ夜。
私はそっと、
彼の寝顔を
見つめながらつぶやいた。
「ありがとう、
アプリがくれた恋。」
そして静かに、
明日を迎えるために
目を閉じた。
あとがき|読者の皆さまへ
ここまで読んでくださったあなたへ。
この物語は、
どこかにいるかもしれない“ふたり”の話です。
でも、もしかしたら──
少しだけ、あなた自身の記憶とも
重なっていたのかもしれません。
誰かに出会うこと。
誰かと笑い合うこと。
そして、誰かと
暮らしを重ねること。
それは、
特別な奇跡なんだと思います。
アプリがくれたのは
“出会い”ではなく、
もう一度、
誰かを信じる勇気でした。
ひとつひとつの
“いいね”の先に、
あたたかい物語が
生まれるように。
そんな願いを込めて、
この作品を締めくくります。
最後まで読んでくださって、
本当に、ありがとうございました。
🌙 次作チラ見せ|『月影村(仮)』
次に始まるのは、
理性と本能、
愛と真実が交錯する、
静かなサスペンス。
ひとつの村で起きる、
祈りと崩壊の物語。
──愛は、形を変えて、また始まる。
読んでいただき、
ありがとうございます。
切なさも、痛みも、温もりも。
物語は、まだ続いています。
🌙 夜シリーズまとめ(入口)
眠れぬ夜に寄り添う短編はこちらから
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💫 RE:MEMORY PROJECT(リメモプロジェクト)
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✍️ 作者について
「恋愛ノンフィクション作家」として、救いのない愛や家族の影を描いています。
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