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自己紹介|経緯編|HSPで管理職の私がnoteを書く理由

ある日曜日の夕暮れ、名前も知らない神社の境内に、一人で立ち尽くしていました。
涙が止まりませんでした。

これは、そんな私の自己紹介です。

こんにちは。ハルと申します。
この場所に辿り着いてくださり、ありがとうございます。

noteを始めて2か月。
たくさんの温かい記事に出会い、「私も、誰かの役に立ちたい」という小さな願いが芽生えました。

今の私が抱えている迷いや、大切にしたい想い。
それらを整理するために、あらためて自己紹介を綴ってみます。


1.私がnoteを書こうと思った理由

私は今、大きな会社で管理職をしています。

実力主義の昨今、「何となく」でなれる立場ではない。
そのことは分かっているはずなのに、私の中にはどうしても拭えない「自信のなさ」が居座っています。

HSPという繊細な気質を持ち、発言するのが苦手で、場の空気を読んでばかり。
快活なリーダーの対極にいる人間。それが私です。

順調だったキャリアの中で、どうしても耐えられずに逃げ出した過去があります。
歯を食いしばり、家族のためになんとか会社に行き続けていたあの頃。
二度と、あんな思いはしたくありません。

けれど、そんな私には、繊細がゆえの「感受性」があります。

風の揺らぎや人の心の機微を、指先に触れるように感じとり、ゆっくりと時間をかけて言葉を紡ぐ。
仕事では活かしきれないこの性質を、noteという場所で試してみたいと思ったのです。

そして、もう一つ。
私には、どうしても書き残しておきたいことがあります。

それぞれの進路を歩み始めた、二人の子供たち。
仕事に追われ、心の余裕を失っていた私を、彼らはどんな目で見つめていたのでしょうか。

振り返れば、父として至らないことばかり。

面と向かっては恥ずかしくて言えないけれど、彼らに伝えたい想いが、今の私の中には溢れています。

もし彼らが、いつか人生の荒波に揉まれて立ち止まったとき。
私と同じような「生きづらさ」に直面したとき。

父という一人の人間がどう悩み、どうしなやかに立とうとしてきたか。
その足跡が、何かの助けになるかもしれない。

これは、伝えたいけど伝えられない想いを込めた、私から我が子への「ラブレター」でもあります。

伝わらないかもしれない。あるいは、もうとっくに伝わっているのかもしれない。

そんな淡い期待を抱きながら、いつか忘れてしまうかもしれない大切な想いを、ここに刻みます。


2.ここに至る経緯

私の社会人生活は、50人の同期との「よーいドン」から始まりました。

勝負には勝たなければいけない。
そんな価値観のなか、全力を尽くしながらも、心のどこかで拭えない居心地の悪さを感じていました。

自分がHSPであるとは知らず、ただ「もっと強くならなければ」と自分を律し続けた18年間。
40代前半、私はついに花形部署の管理職という席に座りました。

未経験の業務、初めての単身赴任。
訛りがきつくて言葉の聞き取れない厳しい上司と、優秀すぎる部下たち。

「私がいなくても、仕事は回っていく」
その事実に、私は自分の存在意義を見失っていきました。

そんな中、立て続けにトラブルが発生しました。
原因は私のチーム。再発防止の社内説明に奔走する日々。
一つ終わったと思ったら、また別の場所で問題が起きる。

人手不足のチームは、もう限界でした。
メンバーが倒れ、残った人間でカバーし、また誰かが倒れる。

「残業は増やすな」「早く復帰させろ」

私が実務をやるしかありませんでした。未経験なんて言ってられない。
来る日も来る日も矢面に立ち、説明しては新たな課題を持ち帰る繰り返し。

次第に、夜が怖くなりました。
眠れば朝が来る。出社の時間が来る。

目を閉じれば、今日の後悔や明日の不安が押し寄せてきます。
思考を止めるためにラジオを聴き続け、2〜3時間の細切れの睡眠で戦場へ向かう。

食欲が湧かないので、1日5回に分けてカロリーメイトを少しずつ食べました。
もともと痩せ型だった体が、ますます細く薄くなっていくのが分かりました。

鏡に映る自分に「大丈夫、大丈夫、大丈夫」と3回言い聞かせなければ、家のドアを開けることさえできなくなっていました。

週末でさえ、心は休まりません。
金曜日の帰り道にはもう、月曜朝へのカウントダウンが始まっている。

バイクを走らせながら、「このままガードレールを突き抜けたら、全部終わるな」と、ふと思うようになりました。

そんな日々が2カ月ほど続いたとき、私の心は悲鳴を上げました。

ある日曜日の夕暮れ。
家に戻るのが怖くて、名前も知らない神社の境内に一人で立ち尽くしていました。

「自分は無意味な存在だ」
そう思った瞬間、突然涙があふれてきました。

とめどなく湧いてくる涙を、止めようとも、止めたいとも思いませんでした。
喉の奥では、小さな嗚咽が勝手に繰り返されています。
頭の内側がじーんとして、何も考えられない。

でも、その涙は、絶望ではありませんでした。
それは、ボロボロになっても「生きたい」と願う自分への、初めての慈しみだった気がします。

「できなくてもいい。価値は変わらない」
どこかで聞いた誰かの言葉が、そっと寄り添ってくれていました。

自分を無意味だと感じた、その場所で。
私は「もう一度立ちたい」と願う強さが、自分の中にちゃんとあることを知ったのです。

その後、昇格を目前にしながら、私は「休む」という決断をしました。
適応障害の診断書は、もう手元にありました。

地位や権力、収入。あの日々を耐え抜けば手に入ったものは、確かにあったでしょう。
でも、後悔は一ミリもありません。

私は、自分に合った生き方を、自分の意志で選んだ のだから。

休職の初日、目覚ましが鳴らない朝の静けさに、しばらく体が動きませんでした。
平日の自宅で聞く近所の生活音が、どこか遠い世界の出来事のように感じられました。

会社に復帰して2年半。
今は、先を走る同期の昇進を、心から「おめでとう」と祝える自分になれました。

鏡の中の自分を追い詰めるのではなく、家族と一緒に笑い、休日を慈しむ。
そんな日々を、ようやく取り戻したのです。


3.今の私を支える、穏やかな時間

暗いトンネルを抜けた今、私はようやく 「何もしない時間」を愛せるようになりました。

休みの日の早朝、街の活動が始まる前の凛とした静けさの中。
私はバイクを走らせて、喫茶店を巡っています。

重い木のドアを開けると、焙煎の深い香りが鼻先に届く。
カウンターの奥では、マスターが一杯ずつ丁寧にコーヒーを淹れている。
窓から差し込む朝の光が、テーブルの木目をやわらかく照らしていました。

かつては「何もしないこと」に恐怖すら感じていた私が、今はその静かなひとときに、ただ身を置いている。
かつて朝が怖かった私が、今は朝を待ち遠しく思う。
そのことが、たまらなく幸せなのです。

そして、ようやく取り戻した家族との時間。
私が不在の間に迎えられた猫も、今では私を受け入れてくれました。
ソファに座ると、当たり前のように膝の上にやってきて、静かに目を閉じる。
その小さな温もりに、何度救われたか分かりません。

特別な成功や高い地位よりも、こうした当たり前の静けさ。
それが今の私を支える、一番の力なのかもしれません。


4.これからnoteで届けたいもの

私は、これまでの経験と、今も続く迷いのすべてをnoteに綴ることに決めました。

自信が持てない中で、日々必死に会社へ向かっている朝。
繊細な心を持ちながら、リーダーとして心をすり減らしている日々。
もし同じような景色を見ているあなたがいるなら、ともに歩んでいけたら、これほど嬉しいことはありません。

ここでは、繊細な気質を持つ私が、いかにして組織の中で立ち回り、その気質を強みに変えてきたかを綴っていきます。
会社に行き続けるために積み重ねてきた工夫、今この瞬間も訪れる生々しい葛藤、心を整えるための日々の習慣や趣味の話。

私は「正解」を提示できるような成功者ではありません。
私自身、今も現役の会社員として揺れ続けています。

でも、正解は示せなくても、あなたの隣に寄り添って、ともに歩むことはできると信じています。

そしてもう一つ、次の世代へ届けたいことがあります。

休職していた3か月間、私が一番考え続けていたのは、二人の子どもたちのことでした。
大学生と高校生。彼らは二人とも、私とよく似た性質を持っています。
これから先、私と同じような苦しみに直面することがあるかもしれない。

私は父として、彼らに何が残せるだろう。
私が子ども時代に、親にしてほしかったことは何だったろう。

その問いの答えを、ここで私なりに形にしていきたいのです。
彼らがこの先の人生を、しなやかに生き抜いていけるように。
あの神社の境内で私を包み込んだ「強さ」を、引き継ぐために。

繊細な子を持つお父さんやお母さんにとっても、少しでも心の支えやヒントになれば幸いです。


5.おわりに

もし今、かつての私のように、誰にも言えない孤独や押しつぶされそうな不安の中にいる方がいたら。
どうか一人で抱え込まないでください。

もし私で良ければ、その想い、預かります。

私へのメール相談は、以下のリンクより受け付けています。
[メール相談のリンクはこちら]

これまで書いてきたエッセイは、こちら にまとめています。
よろしければご覧ください。

出口が見えないと感じる日もあると思います。
かつての私がそうだったように。

それでも、少しずつでも、自分を大切にする方向へ歩いていけば、景色は変わる。
あの神社の境内で涙を流した私が、今は早朝の喫茶店でコーヒーを待っているように。

この場所が、誰かにとっての「ひと息つける場所」になれば。
繊細なわが子のこれからを想うお父さんやお母さんの、心が少しでも軽くなるきっかけになれば。

そんな願いを込めて、これからも言葉を届けていきます。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。



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