風の中に、あなたがいた
今日はもう、泣くのも疲れた。
思い出しては、自分の胸元を握りしめる。
「子どものこと、ちゃんと見ててください」園児のお母さんに言われたあの言葉が、まだ耳に残っている。
ミスをした私が悪い。
だけど、わかっていても、心は簡単には持ち直せない。
「やっぱり、向いてないのかな……」
独り言が風にかき消される。
気づけば、権現堂に向かっていた。
理由なんてなかった。ただ、行きたかった。
曼珠沙華は、今日も真っ赤だった。
誰もいないと思っていたのに、赤い花の中に、ひとり立ち尽くしている男性がいた。
うつむいたその横顔を見て、胸がぎゅっとなる。
「……あれ? もしかして、タカユキ?」
気づいたら、声に出していた。
自分でも驚くほど自然な声だった。
声に気づいて振り返る彼。
彼は目を丸くして、少し間をあけて言った。
「ミサキ……?」
やっぱり、タカユキだ。
小学校の頃と同じまなざしで、でも、どこか疲れて見えた。
「やっぱり! すごい偶然だね。帰ってきてたの?」
私は笑いながら言ったけど、心の奥では、不思議な気持ちだった。
こんなタイミングで、こんな場所で再会するなんて。
「まあ、いろいろあってさ」
彼がぽつりと言う。
私も、言いかけたけどやめた。
「こっちも、いろいろあるよ」
そう言って、なんとなく並んで歩き出した。
タカユキの隣で歩く曼珠沙華の道は、穏やかに伸びていて、心が落ち着いていった。
沈黙も、気まずくなかった。
彼も、どこか壊れかけていた。
私と同じくらい。
「昔、このあたりで鬼ごっこしてさ、転んで泣いてたら、ミサキが絆創膏くれたの、覚えてる?」
ふいに彼がそんなことを言った。
私は驚いて、思わず笑ってしまった。
「なにそれ、覚えてないよ。でも、私、そんなことしてたんだね」
「うん、そういうとこ、変わってない気がする」
そう言われて、なんだか胸が少しあたたかくなった。
気づけば、権現堂の入り口が見えていた。
次、いつ会えるのかな?
ふと、そんな事を考えている自分に、少し驚いた。
「来週も咲いてると思うよ。また、来る?」
彼は小さくうなずいた後、
「うん、来る。……また会えたら、嬉しいな」
嬉しさと恥ずかしさと、なんとも甘酸っぱい気持ちになり、ニヤケそうになるのを堪えて、私は小さくうなずいた。
赤い曼珠沙華の風に吹かれながら、私は小さく手を振って彼とは違う方向に歩き始めた。
背中で彼が見送ってくれている気配を感じる。
振り返らずに、でも心の中で、ちゃんと笑っていた。
帰り道。
私は思った。
——もう少しだけ、頑張ってみようかな。
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この作品は、前作「風が止むまで、そばにいて」のスピンオフとして、PJさんのご希望にお応えして、ミサキのストーリーを書いてみました。
書き始めると、面白いものですね。
二人の未来を妄想してくれたら、嬉しいです。
