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【Q20.しまなみ海道完走記】補遺.今治観光(河野美術館・今治城)

(前回の記事はこちらです)



今治の瀟洒なバー


 夕飯を喰おうと、ビジネスホテルの近くで飯屋を探す。定食屋っぽい店名の店を見かけたので入ったら、店名に反してオシャレ系で高目の和風ダイニングバーだった。仕方がないので適当に飲み食いする。どのメニューも美味いが、量が少な目で高い。

 店員に今治の名所を尋ねると、もう一人の女性店員と相談し始める。今治の名産品である「タオル美術館」が一応あるが、市内からは大分離れており、路線バスもあるのかどうか分からないとのことだ。「あとは……お城ぐらいかなぁ」というのが、二人が出した結論だった。
 繁盛店のようで、ほぼ満席である。店内のテレビは、今夜も東京ドームでやっている大リーグの試合を流している。 

今治市河野美術館にて、文豪の手紙を見る

 ゆっくり眠り起床。昨日一日中走っていたため、今日は脚の筋肉痛を覚悟していたが、予想に反して全くそんなことにはならなかった。むしろ、一日中同じ姿勢でハンドルを握っていたためか、肩が多少痛む。筋肉痛と言うより、肩凝りのような感じだが、行動には特に支障はない。これならば今日も動き回れそうだ。

ビジネスホテルの窓からは、今治駅が見えました

 この部屋からは、今治駅と、その前後の予讃線の高架線が良く見えることに、朝になって改めて気がつく。予め分かって待機していれば、動画や写真を幾つか撮れたかもしれない。何しろ電車の本数が少ないので、偶然に撮影するということは難しい。
 チェックアウト。今治市内観光として「河野美術館」というミュージアムを取りあえず目指してみる。ビジネスホテル室内に置かれていた、ペラ紙の周辺地図に載っていた施設で、全く何の予備知識も無い。このビジホからは徒歩圏内で、少し歩くとすぐに見えてくる。敷地の角には、一体の裸婦像が立っている。上半身には襟付きのシャツを羽織っているが、下半身には何も着ていない。ノーパンであり、ボトムレスだ。丸出しの無修正だ。

 美術館本体の脇の庭園には、茶室がある。そのうちの一室は、千利休が造ったと伝えられる国宝「待庵」の写しであるという。茶道や古美術に関する私の知識は、そのほとんどがマンガ『へうげもの』に由来するものなので、それ以上詳しいことは何も分からない。これがそうなのかと思いながら、何となく庭と茶室を見て回った。撮影自由とのことなので、そうした。

 美術館本館では、文豪の手紙の企画展示を行っている。ここでも、展示物によっては撮影が許可されている。漱石や子規といったメジャーな作家のものを、とりあえず写す。奥さんと京都旅行に行って、留守にしていて返事が遅れたことを詫びる手紙があったが、これは何回目の京都旅行の時だろうか?(後で調べると、漱石は生涯に四回京都旅行をしていて、おそらくその四回目の時のものであった。)


 他の作家の手紙では、太宰治が師匠の井伏鱒二と釣りに行った際の釣果を報告する手紙が、珍しいと思った。太宰自身の釣果は三尾だったと書いてあるが、朗らかで、いかにも楽しそうであった。
 平日の午前なので、この展示の来訪者は私以外に誰も見かけなかった。来訪者自体は居るようだが、この企画展ではなく、二階で行われている地元の写真サークルの催し物の関係者のようだった。

藤堂高虎の造った今治城


 受付にて絵葉書を購入。次は、やはり徒歩圏にある今治城を目指す。少し歩くと、その天守が見えてくる。さすがに目立つ。迷わない。水堀まで近づくと潮の香りが漂い、海藻が揺らいでいる。

今治城の周囲を半周

 その堀に囲まれた城の周囲を、東側から半周回って、北側の長く美しいスロープを渡って敷地内に向かう。途中の案内板を読むと、この堀の水はやはり海水を引き込んで巡らせたもので、海水魚が棲息しているとのことだ。海と繋がっていると思われる水路を見つけたので、撮影しておいた。

長いスロープ

 スロープを渡ると正面方向は突き当りで、九十度右に曲がった所に堅牢な城門がある。城門の周囲三方向は高い位置にある矢倉に囲まれ、侵入者は一斉攻撃を受ける仕掛けだ。この城を攻めるのは容易ではないだろう。今治城は、築城の名手として知られる戦国武将、藤堂高虎により造られたという。
 天守閣は改装され、歴史博物館となっている。小田原城などと同様だ。歴史史料や武具が展示されている中に、日本刀のレプリカが置かれている。持ち上げてみると、存外に重い。

天守閣より、瀬戸内海方面

 最上階まで登る。周囲三六〇度に、テラスのようなベランダのような空間が設置され、今治市域を見渡すことが出来る。北側が瀬戸内海であり、北西の遠景には、昨日渡ってきた来島海峡大橋が静かにその姿を見せている。今日は良い天気だ。
 天守の隣の建物は、生物や地学に関する展示を行う、自然史博物館となっている。四国の地質学的特徴、中央構造線についての解説等がある。
 堀に囲まれた敷地の内側に矢倉があるのだが、北東の矢倉は現代美術を展示するギャラリーに、南東の矢倉は古美術品の展示施設となっている。この今治城には、今治市の博物館・美術館系の施設が集合しているような感じだ。全て共通チケットなので、一通り見て回る。
 最初に通った長いスロープの渡り口である、北西の城門を見下ろす矢倉は、軍事施設としての当時の構造を再現している。射撃用の銃眼や、石を落とすために下に向いた窓など、迎撃、守戦に特化した仕掛けを見て回った。
 
 今治城の堀は、北西の水路から瀬戸内海の海水を引き込んでいるだけあって、海が近い。少し歩くと、今治港の小型船舶が繋留されているエリアに至る。海沿いに進むと、今治港フェリーターミナルの建物に着く。現代的な建物で、フェリー乗り場の他に、飲食店やオフィス等が入っている。

今治港の風景


 屋上のテラスから今治城を望む。船着き場にてフェリーを眺める。西には来島海峡大橋。今日の瀬戸内地方は、一日中晴れのようであった。 

この旅の直後に発生した火災


付記:この旅行の少し後、2025年3月23日に、今治市内では大規模な山火事が発生し、全国的に報道される事態となった。死者が出なかったのは幸いであるが、火災は長期間に渡り、鎮火が宣言されたのは4月14日のことであった。ウィキペディアには「今治市林野火災」として独立した記事が立てられた。


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青条 詩的散文・物語性の無い散文を創作・公開しています。何か心に残るものがありましたら、サポート頂けると嬉しいです。

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