【毒親との決別】あらしのよるに
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夕方から今の今まで外は大荒れだ。
雷が光ってはゴロゴロ鳴り、ブレーカーも落ちた。
わたしの心のようだった。
ここ数日のわたしの心は不安定で、気を抜いたら膝から崩れ落ちてしまいそうだった。
わたしの子どもの頃の嬉しかった、楽しかった記憶はあまりなく、今はもう辛かった記憶で上書きされてしまっている。
いつも怯えていた。
自分はひとりなんだと強く感じていた。
わたしの育った環境はとても子どもがのびのびと成長できる環境ではなかった。
わたしはいつかここから解放される、そんな思いで大人になるのを待っていた。
大学に入学するタイミングで他県へ上京した。
わくわくした。
やっと解放された。
やっと、やっと自分の人生を生きれる。
そんな気分だった。
しかし、そんなに幸せな時間は続かなかった。
精神疾患がわたしをおそったのだ。
摂食障害、うつ病、パニック障害。
上京したアパートにひとり。
孤独だった。
ひとりじゃ生活できないところまできてしまったわたしは、頼りたくない家族の支援を受けることになった。
そのことには今でも感謝はしているつもりだ。
でもわたしの心の病気はなかなか治らなかった。
病気になって14年が経った。
数年前に主治医が退職することになり、そのタイミングで病院を変えた。
病院を変えるのはとても不安だったが、また新たな良き先生に出会えた。
何年か通って診察を受けていくうちに主治医から出た言葉は、その後のわたしを大きく変えた気がする。
「幼少期の頃の愛着の問題が今の状況に大きく影響していると思う。複雑性PTSDも考えられる。」
今まで病院を転々としたが、そのことに触れた先生は今の主治医が初めてだった。
まずわたしはその日Googleで検索した。
「愛着の問題」
「複雑性PTSD」
調べれば調べるほどその通りにしか思えなかった。
原因は幼少期にあり、母親との関係性が大きく影響している。
そのことが明確になった。
その頃には実家の愛犬が亡くなっており、自然と母親と連絡することも減っていった頃だった。
実家にも愛犬が亡くなってから帰っていない。
そんなある日、久しぶりに母親と電話をする機会があった。
わたしは珍しく弱音を吐き、
「実家に帰りたい、、」
と言ってしまった。
母親から出た言葉はわたしを落胆させた。
「もうあなたが帰る場所はここじゃないでしょ。」
そう言われて余計に帰る理由がなくなった。
そこから月日は流れここ1週間ぐらいの出来事に話はうつる。
結婚したわたしはまだ実家に荷物が残ったままであった。
その片付けをしてほしいと急かされたのだ。
結婚をしても部屋の荷物をそのままにしている家庭もあると思うが、わたしの親は違ったようだ。
とにかく物を無くしてほしい。
その気持ちが強く伝わってきた。
そんなにわたしのものを整理したいんだこの人たちは。
でも父から改めて話を聞くと、それは親心でもあった。
父とは良好な親子関係を今でも築けている。
母親は実の父親、つまりわたしの祖父が亡くなったとき、祖父の荷物の片付けに苦労した。
祖父は物がとにかく多い人で捨てられないタイプの人だった。
それで苦労したし、親が生きているうちだったら部屋の片付けを手伝ってあげられるよ、という親心らしかったのだ。
わたしはそれをありがたいと感じるようにし、そこからLINEのテレビ電話で片付けが始まった。
小さい頃からの物もあり、片付けは難航した。
今日は洋服だけ、となり少し片付いた。
それでも母親と連絡をとるのはとても億劫で疲れた。
母親はヒトのエネルギーを奪うのが得意なエナジーバンパイアだ。
わたしは心と身体が疲弊した。
それにわたしは最近、主治医に勧められトラウマ療法を受けている。
トラウマの張本人である母親と連絡をとるのは正直苦しかった。
片付けはひと段落しても、頭の中が母親でいっぱいだった。
心ももやもやする。
そんな日が数日続いた。
わたしは心身の限界を感じ、父親にSOSの長文のLINEをした。
なかなか既読にならない。
お風呂に入っていたらしい。
わたしの今の心境を読んでもらった上で電話で話をした。
父は小さい頃、わたしの苦痛をあまり知らなかった。
認識してなかった、とも言える。
母と娘の強すぎる結びつきに父親の入る隙はなかったのだ。
わたしは父に、母と離婚してほしいと小さい頃何度も頼んだ。
父にはそのときは理解できなかったらしい。
でも今では分かるような気がする、と電話口で言っていた。
父も母が分からないのだ。
わたしには兄がいて4人家族だが、わたしたちは機能不全家族とも言えるほど、各々が理解できない存在である。
そして干渉し合わない。
良いときも悪いときも、良い意味でも悪い意味でも、お互いのことを気にかけないのだ。
子供の頃はそれが当たり前なのかと思っていた。
みんなどこの家庭もそうなのだと。
でも結婚して、義実家に行くたびに、それは違かったのだと思い知らされる。
義両親はとても優しく、いつもわたしを歓迎してくれる。
そんな家庭で育った夫はとても優しく、わたしを大きな愛で包み込んでくれる。
、、、、、、
沢山の話を父とした。
小さな頃の話や父の最近の話。
いつのまにか1時間半ほど電話していた。
そして決めたのだ。
わたしはもう母と連絡はとらない。
老後の世話もしない。
実家に帰ることはもうない、と。
父もそれを冷静に理解してくれた。
そして父とはこれからも連絡を取りあう約束をした。
そして出来るだけ健康で長生きしてほしいと頼んだ。
「そのつもりだよ。」
父の声が優しかった。
わたしは安心してまた連絡をする約束をして、電話を切った。
わたしはこれから自分の自分のための人生を生きていくのだ。
もう邪魔はさせない。
mika
