「きみが死ぬとき思い出す女の子になりたい」第三話
あらすじ
沙奈はバンド[明くる日]の元バンドスタッフ。
ある日、想いを寄せていた[明くる日]のギター颯人が突然亡くなったことを知る。
葬儀にも参列したが、颯人が死んでしまったことをしばらく受け入れられず途方にくれていた。
もう颯人がいないと分かっていながらも、思い出を噛みしめるように、ひとり颯人の家に向かって歩いていると、沙奈の前に一匹の白い野良猫が現れ話しかけてきた。
もし人生で一度だけ過去に戻れるなら、あなたはどの日に戻りたいですか?
音楽家、文筆家であるさめざめ笛田サオリによる恋愛小説
目が覚めると、いつの間にか窓の向こうから鳥の鳴く声が聴こえた。
隣にはぐっすり寝ている颯人さんがいる。
夢じゃないんだ。颯人さんとこうなることをずっとどこかで夢見ていた。
酔っ払ってはいたけど告白はしたし、颯人さんも好きだよと言ってくれた。
これから私たちは付き合うことになるのかな。
それともそんな簡単なものじゃないのかな。
颯人さんの寝顔を覗きこみながら考える。
やっと欲しかったものが手に入ったはずなのにどこか苦しい。
起こさぬようにベッドから起きて身支度をしているとすぐに颯人さんも目を覚ました。
「おはようございます。起こしちゃいました?」
「うん、もう帰るの?」
まるで捨てられた子猫みたいな可愛そうな目をしている。
いつもとちょっと違うギャップに萌える。
「あ、いや」
「何もないなら昼飯食べてから帰りなよ」
「あ、はい」
本当は13時からバイトだったけど、颯人さんと一緒にいられることが貴重すぎて帰りたくなくて初めてバイトをズル休みした。
小学生の頃、微熱で学校を休んだ時の感覚にどこか似ている。
少し嬉しいようなどこか罪悪感があるような。
その後も颯人さんはまた寝てしまって、私はただ颯人さんの隣に寄り添うように寝転がっていた。
颯人さんの睫毛が長いこと初めて知った。なんて幸せな昼下がりなんだろう。
窓の外から、学校帰りの子供たちの元気な声が聞こえて目が覚める。
「もしかしてもうそんな時間?」寝返りを打つと颯人さんが私の方を向く。
「ですね、もう15時です」
少しだけ開いていたベッドの真横の窓を手を伸ばして閉めると
優しくおでこにキスをしてきた。
今度は自分から颯人さんに仕掛ける。
昨日の自分よりも大胆な私がそこにいた。
つぎに目が覚めると窓の外はすでに暗くなっていた。
「何年かぶりにこんなに寝たわ」と言って気持ち良さそうに体を伸ばしてる。
「私もこんなに寝たの久しぶりです」
「腹減った」
「ですね」
「マック食べたい」
「マックいいですね」
20時過ぎに梅ヶ丘駅前にあるマックまで行って、颯人さんはダブルチーズバーガーセット
私はてりやきバーバーセットにかじりついた。
きっとこれからこんな日々が続くのだろうと思えるくらい、とても平和で優しい夜だった。
それから数日間、颯人さんとラインのやりとりはしたけどそこまで長くは続かなかった。
私も私で確信につくことを聞くのが怖くて聞けなかった。
もしかしてあれはただの軽い気持ちだったのかな。
それから2週間以上、連絡がきていない。
ツイッターもツアーが終わってから全然更新してない。
次のライブまで少し時間あるし、締め切りで忙しいと言って会う約束もできないままでいた。
颯人さんは遊んでるようには見えないけど普通に考えて、私みたいな田舎もん女を颯人さんが好きになってくれる方がありえない気もする。
見た目もとびきり可愛いわけでも美人なわけでもない。
ミユに今回のことを相談はしてみたけど「それは遊ばれただけだよ」と冷たく返された。
「颯人さんに好きって言ってもらえたし、マックだって行ったよ」そう伝えても
「好きって聞かれたら好きとしか言えなくない?マックなんて食べたきゃ誰とでも行くよ」
普段、物事をはっきり言うミユが好きなのに今回に限っては、そんなはっきり言わなくてもいいのにと思った。
このままひとりでずっと悶々と考えていても答えが見つからない。
いてもたってもいられなくて思わずマッサンにラインをしてみた。
『マッサン、颯人さんと最近会ってますか?』
『一昨日、スタジオだったから会ったけどなんで?』
『実はもう1週間以上ラインしても返信ないし、既読もつかなくて』
『あいつたまにあるんだよ。なんか忙しかったりすると余裕なくなるみたい』
『そうなんですね、知らなかったです』
颯人さんにそんなところがあるなんて知らなかった。
普段、あまり自分の感情を出すタイプではなかったけど。
『あいつ昔から余裕ないと連絡取れなくなるタイプだから、たまに俺らも心配になるんだけど会ったら普通だよ。もうちょいしたら返信くるんじゃないかな』
その1週間後くらいにやっと颯人さんから返信が来た。
やっと返信がきたことだけで安心して、それ以上のことは何も言えなかった。
【明くる日】に事務所がついて、メジャーデビューが決まったのはその3ヶ月後だった。
音楽通の若手女優が、自分のラジオで最近気になってるバンドの中に【明くる日】の名前を言ってくれたのがバズったきっかけだった。
そこから急にYouTubeの再生回数が1500回再生だったのが10万回、100万回と上回り、事務所も抱えている大手レコード会社から声がかかった。
一気に【明くる日】は忙しくなり、私の知らないスケジュールがどんどん入っていった。
突然の出来事すぎて私は勿論、メンバーが一番驚いていた。
今までお世話になっていたライブハウスではないライブイベントに急に出るようになり、デビューに向けてユウさんと颯人さんは制作に追われた。
スタッフだった私はスタッフを辞めることになり、メンバーが事務所に頼んでライブの際はゲスト扱いにしてくれるようになった。事務所の愛想の悪い男性がスタッフで物販に立つようになった。
メンバーのみんなは「沙奈ちゃんはこれからだって俺たちのスタッフだし、いつでもライブ遊びに来てよ」と言ってくれたけど、バンドを何も手伝えないのは私にとって自分の存在価値がないようなものだった。
近づいたはずの颯人さんも一気に遠くなっていく。
次第に私が入ってるバンドグループラインは動かなくなった。
ふたりで会った日から季節は変わり、冬に差し掛かったころ突然、颯人さんから連絡があった。しかも午前二時を過ぎていた。
『起きてる?』
寝かけていたのに颯人さんの言葉で一気に目が覚める。どうしたんだろう。
『お疲れさまです。起きてますよ。どうしました?』
『いや、特に何かあったわけじゃないけど』
なんとなく、あの時の連絡が取れなくなる時期の颯人さんを思い出した。
『連絡もらえて嬉しいです。もしかして酔っ払ってます?』
『うん、けっこう』
理由は分からないけど、私のことを思い出してくれたのは嬉しい。
勇気を出して電話をかけてみることにした。
♩〜
『もしもし?』
『もしもし?お疲れさまです。ライン打つの面倒くさくて電話しちゃいました』
『こっちこそ遅い時間にごめんね』
久々に聞く颯人さんの声はどこか元気がないようにも思えた。
もしかしたらデビューに向けて色々大変なのかな。
『私もお酒、呑もうかな』
『ビール?』
『冷蔵庫にチューハイならあるんで』
『チューハイ珍しいね』
そこから一時間くらい、なんてことのない話をした。
本当は最近の【明くる日】の事情とか聞きたいし、デビュー準備の話も聞きたかったけど、多分颯人さんが今私に話したいのはそーゆーことではない気がした。
ふと颯人さんのほうからバンドの話をしてきた。
『メジャーデビューの日、C Dショップでインストアライブやるんだけど来なよ』
『12月11日ですよね?勝手に行こうと思ってましたよ』
『さすがスタッフ』
『もう元スタッフですけどね。実はその日、誕生日なんです』
『あ、去年もそう言えばそれくらいの時にそんな話しされたかも』
『私にとって最高の誕生日プレゼントです』
『去年も何もあげてないし、プレゼント何か欲しい?高いものは無理だけど』
『プレゼントなんていいですよ。本当に【明くる日】がデビューすることが最高の誕生日プレゼントですから』
『うーん、でも考えておいてよ』
颯人さんと会ってない間はすっごい不安だったけど、声を聞けば何も変わってない颯人さんがそこにいて、私が勝手に距離を感じたり寂しがっていただけなのかもしれない。
もっと自分からこの期間も連絡をとっていれば良かった。
『あーやっと眠くなってきた。なんか最近全然寝つけなくて』
颯人さんの本音がやっと出てきた気がする。
『明日は早いですか?』
『早くないけど、来年アルバム出すからそれ用の曲のアレンジを詰めないと』
『大変ですね』
『マジであの人ら、音楽のことよく分かってないのにすげー否定してくるんだよ。俺たちのバンドが良いって思って声かけてきたはずなのに既に俺たちを変えようとしてくる』
『そうなんですか』
『だって、3ピースバンドで同期なんて使ってなかったのに、急にストリングス入れろって言うんだよ。しかもリード曲で』
『【明くる日】のこと何も分かってないじゃないですか!』
『だろ?だから、ちゃんと納得させるアレンジを3ピースで完成させなくちゃ行けなくて』
『本当にお疲れ様です。でもとりあえずはちゃんと寝てくださいね。お腹空いたらいつでもご飯作りに行きますから』
『マジか、じゃ今度ご飯作りにきて』
『はい!いつでも』
デビューに向けて、今までと環境が違い沢山の関係者がいる分、自分たちのしたいことが思ったよりもできない歯痒さもあるんだろう。
ユウさんはストレートに物事言える人だし、マッサンは人当たりいいから誰とでも仲良くできるけど、颯人さんが一番不器用が気がする。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
2019年12月11日【明くる日】は結成4年目にしてメジャーデビューを果たした。
満員とは言えないけど、私がスタッフをやっていた半年前に比べたらかなり沢山のお客さんがインストアライブに来てくれていた。
ライブ終わり楽屋に挨拶したかったけど、関係者が多すぎて何も言わずにそっと帰った。
2022年5月
葬儀場で見た颯人さんの顔はまるで違う人みたいだった。
魂が抜けてしまうってこーゆーことなんだってぼんやり思いながら、お棺のなかの颯人さんの足元に白い一輪の百合をそっと置いた。
参列したのはバンドメンバー、事務所・レーベルの人たち、家族、颯人さんの近しい関係者だけ。
重たくひんやりした葬儀場で着慣れない礼服に身を纏い、見慣れない光景にただ自分の体を置いているようだった。
みんながみんなこの現実をまだ受け入れられないのに、当たり前のように淡々と葬儀を終わらせていく。どうかこれが悪い夢であって欲しいと何度も願った。
ほんの少しふたりで過ごした出来事が気持ち悪いくらい鮮明に溢れてくる。
葬儀場で霊柩車を見送るとき、火葬場に行くバスに乗る親族をユウさんとマッサンと見送った。
ここでお別れなのは分かってる。でももう少し颯人さんといたかった。
自分だって最期の最期まで見送る自信なんてないのに。
マッサンがバスを見送ったあと「大丈夫?」と声をかけてくれた。
「はい‥」この二文字さえ言うのが難しいくらい声にならなかった。
ユウさんも相当ショックを受けていて、一緒に来ていた彼女さんに支えられるようにずっと俯いたままでいた。
亡くなったのは5月7日の朝の5時頃と聞いている。
颯人さんは自宅で倒れていたところをその日の夕方マッサンとユウさんに発見された。
事件性はなく、度重なる疲労と大量のお酒と睡眠薬の服用もあったと言う。
人はそんな簡単に死ぬものなのだろうか。
颯人さんに最期に会ったのは、2週間前のライブハウスの喫煙所だった。
最期に会った颯人さんはいつもと変わらないと思ってたけどよくよく考えてみれば、少し痩せていたのは確かだし元気もなかったかもしれない。
その日は【明くる日】の出番が終わり、楽屋に挨拶に行くと颯人さんから「タバコ吸いにいかない?」と声をかけられた。
この日のために久々にアイコスを買ったから、誘ってもらえて嬉しかった。
「颯人さん、ちゃんとご飯食べてます?なんか痩せました?」
「あんま食べてないかも。作業してると食べるの忘れちゃうんだよね」
「忘れないでくださいよ。食べないと!」
久々に間近で見る颯人さんはあの時よりもどこか近づけない雰囲気が漂ってる。
誰にも自分の本当の気持ちを見せないような感じ。
「あーおにぎり食べたい」
「コンビニでおにぎり買ってきます?」
「いや、そーゆのではなくて人が作ったおにぎり」
「彼女さんに作ってもらってくださいよ」
ふざけてそんなことを言ってみた。
「そんなんのいないよ」
私の言葉に少し困った顔をしている。彼女はやっぱいないのかな。
「沙奈ちゃんライブ来るの久々だよね。最近、来てくれなくなったじゃん」
「バイトリーダーになったら休み取りづらくなっちゃって‥」
「沙奈ちゃんも頑張ってるんだな。俺たちももう少し頑張らないと」
そう言うとスタッフさんに呼ばれて喫煙所を後にした。
あのとき私は嘘をついていた。
この前のライブだってどうにかシフトを交代してもらえれば行けた。
でも距離が遠くなった【明くる日】を何者でもなくなった自分が見ているのが辛かった。
あの時の颯人さんの目がどこか寂しげだった。
私はずるいって思ってしまった。あれから私たちの関係は確信もつけないまま、時間だけが経ってあやふやになったこと。
勿論、メジャーデビューが決まったことでそれどころじゃなかったのは分かってたけど‥
私はそうやってどこかで颯人さんを責めていた。
あれが最期だとも知らずに。
どうしてちゃんと颯人さんの異変に気付けなかったんだろう。
前の私だったら気付けたかもしれないのに。
葬儀に行った日から5日間、3度目のコロナになったと嘘をついてバイトを病欠して家に引きこもってる。
電気もつけずに薄暗い部屋のなか、ベッドの上から天井の隅をじっと見つめてる。
「どうして」
今日初めて出した声だった。自分の声じゃないくらい萎れた声がでた。
まだ何も整理がつかない。
バンドの公式ツイッターの訃報ツイートのイイねとリツートの数がどんどん増えていく。こんなものを拡散しないでほしい。
最近は出会った頃のこととか、颯人さんと距離が縮まった頃のこととかばかりを思い出している。と言うか忘れたくなくて、いつか忘れてしまうのが怖くて、忘れないように記憶を上書きしないようにずっと思い出してる。
S N Sで颯人さんが亡くなったことが世間に広がって、沢山の人たちが颯人さんの死を悲しんでいた。
「ライブに行きたかったのに」
「あのライブを観たのが最後だった」
「ライブに行ったことないけど好きだった」「ずっとS N Sで応援してたのに」
その言葉たちは全て悲しみの言葉のはずなのに、どれも偽物のように感じてしまう自分の卑屈さにも腹がたった。
颯人さんは最期に何を思ったのだろう。
私のこととか思い出したりしたかな。
死んでしまった今でさえこんな自己中心的な自分がいることがムカついてムカついてしょうがない。
その夜、ユウさんから4人のバンドグループラインで連絡がきた。
『今夜暇な人いない?』その短い文章でユウさんの気持ちが伝わってきた。
『呑みいくか』すぐにマッサンから返信がきた。
『皆さんに会いたいです』本音をそのまま送った。
4人のグループラインだけど、もう颯人さんからは既読のつかないグループライン。
私たちは3人で梅ヶ丘のあの焼き鳥屋さんで会うことになった。
こちらの小説を読まれてあなたの感受性に触れることができたのなら、フォロー&スキをお願いいたします。
