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「きみが死ぬとき思い出す女の子になりたい」第四話

あらすじ

沙奈はバンド[くる]の元バンドスタッフ。
ある日、想いを寄せていた[明くる日]のギター颯人が突然亡くなったことを知る。

葬儀にも参列したが、颯人が死んでしまったことをしばらく受け入れられず途方にくれていた。
もう颯人がいないと分かっていながらも、思い出を噛みしめるように、ひとり颯人の家に向かって歩いていると、沙奈の前に一匹の白い野良猫が現れ話しかけてきた。

もし人生で一度だけ過去に戻れるなら、あなたはどの日に戻りたいですか?

音楽家、文筆家であるさめざめ笛田サオリによる恋愛小説

#創作大賞2023 #恋愛小説部門 #小説

第一話はこちらから  第二話はこちらから 第三話はこちらから


3年ぶりに梅ヶ丘駅に降り立った。
颯人さんとあの日に行った焼き鳥屋さんにユウさん、マッサンと3人で行った。

あの日以来、結局私は颯人さんの家には行ってない。
こんな気持ちでこの街にまた来るなんて思ってなかった。

5日ぶりに会ったユウさんとマッサンは葬儀の日よりは少し笑顔があった。

「じゃあ、献杯」
テーブル席でジョッキのビールを4人分頼む。
一口呑んで、またすぐにごくごくとビールを体に流し込む。
颯人さんのビールの呑み方を真似してみた。
まだ少しぎこちない空気を和ませたくて颯人さんの話をしてみる。
「実は私もこの焼き鳥屋さんに颯人さんと来たことあるんです」

「やっぱそっか。なんかふたりあるような気がしたんだよなぁ」

ユウさんがちょっと納得したように頷く。
マッサンは全部、分かってたような顔をしている。

「でも全然、別にそんな付き合ってたとかじゃなくて!ただ連れてきてもらっただけです!」

「今日はなんでも話そうよ。俺たちもここでしか話せないことあるし」
そう言うとマッサンは一杯めのビールを一気に飲み干した。

デビューしてからの私の知らなかった【明くる日】のことをふたりが話してくれた。
メジャーデビューをした翌年の2020年、コロナが流行り出してライブは一気に中止になった。

【明くる日】が出る予定だったライブもフェスも全て中止になり、配信ライブや人数制限でのライブとなっていたのは私も知っている。

運が悪かったと言えばそれまでだ。
デビューで忙しくなるはずだったのに、思ったよりは予定は空いてただひたすらアルバムの制作をしていたらしい。

デビュー時についたお客さんは絶対にまだ残ってる。それだけを信じて、制作を中心にその一年は進めていた。

私も【明くる日】の配信ライブは必ず観ていた。
ライブハウスに行けないのが本当に歯痒くて仕方なかった。

デビューして1年、デビュー曲は深夜のバラエティ番組のタイアップをとったり、ラジオでパワープレイで流れたりはしたけど、思ったよりもそこから上に上がるのが大変だったらしい。

メジャーデビューした一年後に予定より3ヶ月遅れてフルアルバムをリリースして、レコ発のワンマンライブをする予定だったけど、前日にユウさんとマッサンがコロナになってしまい延期。

その年に出れなかったフェスには翌年こそ出れると意気込んでみたものの、出演バンドにも制限がかかり、新人枠が少なくなってしまった関係で出演は見送られてしまった。

それでも以前よりはついてるお客さんもいるし東名阪ツアーをしたり、私の目には【明くる日】は良い感じに見えた。

マッサンが少し遠い方を見て呟いた。
「颯人ってすっごいストイックで仕事頑張りすぎちゃうタイプでさ。寝つき悪くてよく薬飲んでるのに酒呑んだりもしてて、なんかあの夜は量を血迷ったのかな。でも自分で死のうと思ったのか分からないんだよ。だって次の日もスタジオだったし、遺書なんてなかったし」

ユウさんは涙を堪えるように深く目を閉じる。

「なんか俺がいけなかったのかなって。最近、自分のソロのことでいっぱいいっぱいで、3人でのバンドの打ち合わせもやってなくて。
でもソロでなんとか今の事務所をつなぎとめれば、またバンドに還元できると思った。
でもそれが間違ってたのかもしれない。
俺があいつを殺したのかもしれない‥‥」

「ユウさん、そんなこと言わないでください。ユウさんはユウさんで【明くる日】のことを大切に思ってくれてるじゃないですか、ユウさんのせいじゃないです」
ユウさんに初めて強い口調で言ってしまった。

「ユウは自分を責めるなよ。そんなこと言ったら、俺だって颯人が疲れてるの分かってたのにバンドのことを考えないで呑み歩いてたし最低だよ‥」

「でもマッサンがメンバーの中で一番の社交的で縦のつながりも横のつながりも大切にしてくれたから、今の【明くる日】があると私は思っていますよ」

「沙奈ちゃん‥俺たち何のために頑張ってきたんだろうな。音楽好きでやってたはずなのにな。メンバー死んだらこんなの意味ねーよ」
あんなにいつも元気でタフそうなマッサンが弱音を吐く。

ふたりがジョッキを握りしめたまま俯いてしまったので私の精一杯の気持ちを伝える。

「最近、私は3人のそばにいなかったから分からないけど、ユウさんもマッサンも本当に自分のこと責めないでください。みんなそれぞれ頑張ってたのは確かだから」

デビューして3年目、ライブ活動はほぼ復活したものの、デビュー時に一瞬ついたお客さんはコロナと共にいなくなり完全にライブを再開したときには本当に少なくなっていた。

レコード会社との2年契約も一度目は更新できたものの、3年目になってシングルをリリースしたが、想像以上に売れなかったらしく、そのときに次の契約はもうないとすぐに言われたらしい。

ただユウさんはボーカルとしての強い存在感が評価されて、ソロでの活動なら契約を切らないと言われ、バンドの為と思いソロ活動の楽曲制作に集中をしていた。

マッサンは元々の人脈を武器に、細かく色々なバンドのサポートドラムとして参加をしていた。

颯人さんは【明くる日】のアレンジ制作、あとはひたすらコンペで自分の曲が採用されるように部屋にこもって作業をしていた。
みんなそれぞれ頑張っていたんだ。

帰り際に【明くる日】はこれからどうなるのかをふたりに聞くと、少し沈黙した後
「バンドは続けたいけど、そんなすぐに前を向けないかな」ユウさんはそう言って改札口で手を振った。

「沙奈ちゃんは電車乗らないの?」改札口の手前でマッサンに聞かれる。

「私、一本吸ってから帰るんで」そう言ってわざと梅ヶ丘からの終電を逃した。

なんとなく今夜は颯人さんがいた街にもう少しだけいたい。
3年前の記憶を辿って、もういるはずのない颯人さんの家に向かって歩き出す。

なんでこんなことになってしまんだろう。
どうして先に逝ってしまったの。
颯人さんにもっともっと生きていて欲しかった。

あの日、喫煙所で最期に話したとき私が止められなかったのかな。
何かできなかったのかな。

気付いたら目の前の視界がぼやけてどこにいるのかさえ分からなくなった。
また涙が溢れてくる。いい加減にしてほしい。

見上げると丸い満月がぼんやりと映った。

その瞬間、どこからともなく「ミャー」と言う猫の鳴き声が聴こえた。当たりを見渡すと道路の「止まれ」の白い文字の上に白い野良猫が佇んでいる。

猫はまるで私のことを見ているようだ。
ゆっくりとした足取りで私に近づいてきて、もう一度「ミャー」と鳴く。

するとどこからともなく、この街中の猫たちが出てきて「にゃー」「ミャー!!」「ニャー!!!!」と一斉に鳴き出した。何かこれから地震でも起こる前触れなのか。強い風が私に向かって吹いて来る。

体が強張って動かない。怖くなって目を閉じて耳を塞いでいた。

少しすると、いつの間にか煩かった猫の声が静まりかえり目の前にいるさっきの白猫だけが私のことを見つめている。

すると「久しぶり」と猫が喋りだした。

え?猫が喋った?まさか。そんなことがあるわけない。
たまたま誰かの声がそう重なって聴こえただけだ。

「あんたに話してるんだけど」また猫と同じ口の動きで聴こえる。

何かのアテレコ?口の動きと言葉が揃っている。それとも誰かが操っている玩具?

私は返事もせずに当たりを見渡すけど猫以外周りに人はいない。よく見るとこの世界の時が止まっているように感じた。

線路の急行電車も車内の人も止まっている。そう言えばさっきまで吹いていた強い風も吹いていない。
これはどうゆうこと?

「あのこれって夢?私死んだ?」
ひとり言のように声を出した。

「夢でもないし、死んでもない、俺の世界にあんたを連れてきた」
猫が普通に喋りだす。

「誰かが操ってる機械ですよね?猫が喋るわけがない」
「じゃあなんで時が止まっている?あんた以外、誰も動いてないだろ?」

それも確かだ。いつまで経っても電車は止まったままだし、遠くにある横断歩道の信号もずっと青のままなのに車も止まっている。

「これってなに?元に戻りたいんだけど」
真っ直ぐに猫の目を見て話してみる。

「あんたが俺を呼んだんだろ?って言うか、俺があんたを見つけたんだけど」

「今にも死にそうな顔して歩いてるからさ。なんか助けてやりたいなと思って声かけたんだよ。前に一度会ったの覚えてない?」

「は?ナンパ?猫なんてよく見るんで」

「ほら、3年前にこの道で男と酔っ払いながら歩いてたろ?俺にバナナくれたろ?あんたすっごい幸せそうな顔してたよ」

「3年前もこの街はきたけど、颯人さんと。そのときって‥」

3年前にバナナをあげた白い野良猫のことをすぐに思い出した。だとしても、この猫が私に何のために。
私自身、颯人さんの死がショックすぎて頭がおかしくなってしまったのだろうか。

「大丈夫か?話聞いてやろうか?」猫が歩み寄ってくる。

「猫に話してもしょうがないんだけど」

「そんなこと言うなよ、バナナの礼だよ」

もうどうでもいいやと思い、いつの間にか猫に話してる自分がいた。

「あの夜ここに一緒にいた颯人さんがね、死んじゃったの。どうして颯人さんが死んじゃったのか分からないの。自分が何もできなかったのがすっごい悔しいの」

時が止まったこの世界で私の声だけが夜に響く。

「ふーん、あいつ死んだんだ。
ここで会ったのも何かの縁だよ。ラッキーだな、あんた」
猫は自分の体を舐めながら余裕そうに言う。

「ラッキーって言うか、早く元に戻してもらえませんか」

「もし過去の一日だけ戻れるなら、どの日に戻りたい?」

「過去?一日?急に言われても」

「本当に戻りたい一日があるなら、数時間だけだけど俺がその日に戻してやるよ」

この猫は一体何者なんだろう。私も冷静さをようやく取り戻し出す。

「猫がいま喋ってるまでは認めるとして、一日戻れるとかそんな都合の良い話、漫画とか映画じゃあるまいしあり得ないよ」

「俺が言ってること信じないの?戻りたい日ないの?」

「信じませんよ、そんなの。戻りたい日って‥」

信じないとか言いながらも、どの日に戻れば颯人さんが死なずに済んだんだろうと考えてる自分がいた。
2週間前、楽屋の喫煙所で話した時になんかできた?
それとももっとまえ?メジャーデビューしなかったらこうならなかった?
そもそもコロナなんて流行らなければ?
私と颯人さんが関係があった日、あの時からもっと強く颯人さんを支えていればこうならなかった?

考えれば考えるほど戻りたい日なんていくらでもあった。
私が真剣に悩んでるのを気づいたのか猫は黙ったまま、今度はガードレールの上を上手に伝いはじめた。

「どう?戻りたい日決まった?」

「本当に戻れるんですか?」

「信じないねーまぁしょうがないか。でも今、時を止めていられる時間も限界があるから後5分くらいで決めようや」

「え?5分?5分経ったらどうなるんですか?」

「5分経ったら、さっきの日常に戻るか、あんたが戻りたい日に戻ってるかのどっちか」

そういえば時が止まってるせいか、体も動かないままだし息が少し辛くなってきた。

「ほら、戻りたい日はいつ?」
5分経って颯人さんのいない日常に戻るくらいなら、戻りたい日に戻った方がいい。

「2週間前の5月7日です」

「本当にそれでいいの?」

「はい」

「分かった。その日に戻してやるよ。戻してやるけどこれだけは言っておく」

「なんですか」

「戻ったからと言って、自分が変えた行動が必ず他人の人生を変えるとは限らない。ただ未来が変わっても俺には知ったこっちゃない。あんたが戻った日に何をしたって自由だ。でも戻ってることを人に言った時点で、全てパーになってまたこの日に戻ってくる。タイムリミットは戻った瞬間から8時間」

「8時間しかいられないんですか」

「8時間で後悔ないように何ができるかだな」

そう言うとガードレールから降りて、目の前の一軒家の屋根にすごい勢いで上り、「ミャー」と大きく鳴き出した。
するとまたどこからともなく沢山の猫の出てきて、みんな各々に声をあげ鳴き声がこの街に響き渡る。

「にゃー」「ミャー!!」「ニャー!!!!」

煩くて両耳を塞ぐと、グラッと地震が起きたように地面が揺れた感覚に陥った。
そして一瞬にして静寂に戻った。

いつの間にか閉じていた目を恐る恐る開けると、さっきまで止まっていたはずの電車は動きだし、新宿方面へ去っていった。

止まっていた人たちも歩き出してるし、横断歩道も青に変わっているし、車も普通に動いてる。
今のは一体なんだったの。

あの猫は?さっきまでいた家の屋根の方を見てみるけど見当たらない。

だけど携帯を覗いてみると、さっきまで5月21日のはずだった表示が5月7日に変わっている。

嘘、これほんと?どーゆーこと?混乱をしてツイッターやインスタを覗いてみる。
全て今日という日が5月7日に戻っている。

私がさっき撮ったマッサンとユウさんとの写真もなければ、ラインのやりとりもない。
本当に2週間前に戻ったんだ。

落ち着け。これは夢かもしれない。でももし夢でも良い。
せっかく戻りたいこの日に戻れたんだから、夢だとしても颯人さんの死を止めたい。

今、ここは5月7日の0時10分、時間はさっきと同じなんだ。
この世界にいられるのは8時間だけ。

颯人さんが亡くなったと推定されてるのは午前5時の朝方と言われていた。

自宅で一人で過剰なお酒と薬を服用していたと聞いている。

ない頭で考えてみるけど、今できることは颯人さん会いにいくことしか考えられなかった。
時間がない、颯人さんに電話をかけてみる。

「♩〜」
なかなか出ない。仕事してるのかな、それとももしかしたらもう既に‥

颯人さんの家に向かいながらしつこく何度も何度もかけてみる。お願いだから早く出て‥‥
確か、あの角を曲がったらへんだったんだけどどこだっけ。
「♩〜」

「‥‥もしもし、どうしたの?」
13回目の電話でようやく出てくれた。少し不機嫌そうな声。
ああ、颯人さんの声だ。生きてる。
それだけで一気に涙がこみ上げてくる。

「あの、颯人さんですか?」

「はい、颯人さんですけど」

「良かった。本当に」

「え、泣いてんの?」

「うう‥別に泣いてないですけど」
颯人さんが不思議がるのもしょうがない。
こんな夜中に珍しく電話をかけてきたと思ったら、元スタッフが泣き出してるんだから。

「どうした?なんかあった?」心配そうに聞いてくれる。

私は咄嗟に嘘をついた。
「実は、今梅ヶ丘にいるんですけど終電なくしちゃって、でもお財布落としてお金なくてネカフェにもどこにも行けなくて」
嗚咽を堪えながら話しているせいか、颯人さんの声がやさしい。

「分かったから泣くなよ。マジでびっくりしたー。今、どこにいんの?」

「ここどこだろう。多分、颯人さんの家の近く」

「こわ」

「あ、ですよね」

位置情報を送ると、5分後に部屋着で向かってくる颯人さんが見えてきた。

ああ、颯人さんだ。
生きてる、生きてる、生きてる、本当に良かった。

「どうした?」パーカーのポケットに手を突っ込んでこちらを覗き見る。

「こんな時間にすいません。そういえば梅ヶ丘に颯人さんが住んでたなって思って」
一生懸命、感情を抑えながら言葉を選んで喋る。

「めちゃくちゃ泣いてんじゃん。失恋でもした?」

「いえ、全然してないです。ちょっと色々あって」
颯人さんは自分のことで泣いてるなんて一ミリも思ってない。

私はどうにかしてでも、颯人さんが死なないようにしたいのだ。
そのためにはここから何ができるんだろう。

「急いで来たから財布も忘れてきちゃったよ。ちょっととりあえずうち戻ろう」

「あ、本当にすいません。ご迷惑じゃないですか?」

「すでにご迷惑なことしてるからいいよ」

「あ、そうですよね」
ポンと優しく肩を触ってくれた。やっぱり優しいひと。

颯人さんの背中を追いかけながら家に向かう。
この背中が懐かしい。思わず後ろから抱きつきたい。でも今はそれどころじゃない。

「とりあえず入りなよ」
そう言うと、部屋に招き入れてくれた。

「すいません、お邪魔します」

3年ぶりの颯人さんの部屋はそこまで何も変わってなかった。

「久々です。お邪魔するの」
思わずポロって口からこぼれてしまった。

「そうだよな、あれ3年前くらい?」

「そうですね」

「ビール切らしてた。買ってくるか」
颯人さんが冷蔵庫を覗いてビールを探してる。
でも今日はできるだけお酒を呑ませたくない。

「あ、颯人さんって今日はもう呑んでるんですか?」

「いや、作業がキリのいいところで呑もうと思ってたんだけど、なかったから買ってこようかな」

「あ、とりあえずお酒なしで大丈夫なんで」

「珍しい。そっか、俺ももうちょい作業したいし、作業終わったら買ってくるか」
一旦、冷蔵庫のペットボトルのお茶を私にコップに注いで渡してくれた。

「今夜って何か予定ありましたか?」

「ああ、今日中に終わらせたい作業はあったんだよね」

「そうなんですね、ほんと急にごめんなさい」

「まぁいいよ。俺は作業するからテキトーに寝て、始発で帰りな。千円渡せば帰れるだろ」
そう言うと、またパソコンに向かって作業をしだす。

3年前、ここであった忘れられない出来事を思い出す。
この3年間、颯人さんがどれだけ大変だったかなんて考えてもなかった。
今の私ができることは、颯人さんがこの夜を越えること。

数十分後、作業がひと段落したのかヘッドフォンを外して、タバコに火を付け出した。
「さっきは沙奈ちゃんから泣きながら連絡きたからびっくりしたよ。もう大丈夫?」

「はい、落ち着きました。図々しく部屋にまで上がって」

「俺たちの可愛いスタッフだからしょうがないけど」

「元スタッフですけどね」

「この前さ、喫煙所で話そうと思ってたんだけど」

「はい」

「俺たちメジャーの契約切れるんだよね」

「え‥‥」

時が戻る前、焼き鳥屋でマッサンとユウさんから話は聞いていたけど、知らないふりをした。

「でもユウはソロの話もあって、今そっちの制作頑張ってる。マッサンは友達多いから色々なところでサポートしててさ。なんか俺どーしよっかなって」

「そうなんですね。バンド自体は続けるんですか?」

「うーん、続けようって話はしてるけど。
デビューして3年、がむしゃらにやってたつもりだったけど、メジャー行っても全然成果なんて出なくて。最初は事務所の人もレコード会社の人もすっごい良いことばっか言ってくれてたのに、この2年で結果出せなかった瞬間に手のひら返して来た感じ。俺たちのバンドってなんか足りないらしい。タイアップらしいタイアップも何一つ取れなかったし。結構、歌詞も直接的でなおせって言われるし、俺のアレンジも面白くないって言われて。今まで大人たちがやって来た戦略の枠に俺たちがハマらなかったんだって。もうやってあげられることは全部してあげたよって言われた」

颯人さんは想いが止められなくなったかのように句読点のないような喋り方をしたのは初めてだった。

「気づいたら契約切れ。自分ってもっとすげー人間だと思ってたのに何一つできないまま終わるなんてほんと悔しい、友達のバンドとかドラマのタイアップ取ったりさ、歌番組出たり、紅白とか出てるのを見るのも辛くて。いつの間にか音楽番組もSNSも見なくなった」

「颯人さん、バンドは続けてほしいけど、何よりも颯人さんがしたいことしてほしいです」
言葉を選びながらゆっくりと伝える。

「俺のしたいこと?正直わかんないよ。音楽辞める勇気もないし、でも俺くらいの才能のある人間なんて世の中溢れてるし、コンペ受けても全然採用されないし、自分の楽曲がゴミみたいに扱われるのがすげームカつく。ユウみたいに歌えないから俺はギター弾くしかない。こんなギターどこにでもいんだよ」
颯人さんの本音をただただ聞いていた。

「デビューしたって実際そこまで稼げなかったから情けないけど貯金なんてないのよ。数ヶ月に1回、数万円の印税じゃ生きていけないし。思ったよりも上手くいかねぇよな」

「そうなんですね。私、ここずっと【明くる日】のそばにいなかったら、こんなに大変な思いしてるの気づかなくて」

「って言うかこんなこと普通誰にも言ってこなかったよ。あいつらにも話したこともない。
それぞれの生活でいっぱいいっぱいだから。
今日はたまたま沙奈ちゃんに話しただけ」
颯人さんはこんなに自分を追い詰めていたんだ。

ふと最期にライブハウスの喫煙所で話したことを思い出した。

「颯人さん、お米ってあります?ご飯炊いていいですか」

「米?あるけど腹減ったの?」

「はい!この前、おにぎり食べたいって言ってましたよね?」

「確かに」

私がいまこの瞬間できることをしようと決めた。
あのとき、颯人さんがぼんやりとおにぎりが食べたいと言ってたことずっと心に残ってた。

台所に立って、お米を研ぎ出す私を颯人さんは面白がった。
「すっかりおにぎりの話忘れたわ。そー言われるとなんか腹減ってきたな」

颯人さんはまたヘッドフォンをして、P Cの前に戻って作業を始めた。
私はただご飯を炊けるのを待った。

この状況で今のところは颯人さんが亡くなる感じはない。
薬とお酒を呑ませなければ‥

A M2:00

炊飯器からご飯の良い匂いがすると、颯人さんの声が少し変わった。
「久々にこの匂い嗅いだわ。米なんてしばらく炊いてなかった」

炊き立てのご飯をお茶碗によそって、塩おにぎりを2人前に握り、小皿に入れて差し出した。

「お待たせしました!おにぎりです」

「美味そう。いただきます」
口に入れた瞬間、颯人さんから笑みがこぼれた。

「うま、天才」

「良かったです」
私も思わず笑みがこぼれる。

今、ふたりに存在しないはずの時間が生まれてる。
これは夢かもしれない。と言うか、夢である確率が高い。
結局は私が願っている光景を生み出してるだけかもしれない。

それでもこの世界の颯人さんの死だけは止めたい。
颯人さんは黙々とおにぎりにかぶりついてお代わりまでしてくれた。

「ご馳走様。美味かったわ」

「我ながら美味しかったです。良かった」

「なんか食ったら眠くなってきたー。やばい、まだ作業したいのに」

「明日締め切りなんですか?」

「明日じゃないけどできるだけ早くと」

「それならちょっと眠ったほうがいいですよ。私、起きてるんで」

「うーん、いや頑張る」

そう言うとまたヘッドフォンをつけて作業を始めた。
きっとこうやって颯人さんはずっと頑張り続けてきたんだろう。
自分で無理をして、でもその無理さえも無理と思わないようにして。

作業がひと段落したのかヘッドフォンを外した。
立ち上がってトイレに向かおうとしたとき颯人さんがよろめいてその場にしゃがみ込んでしまった。

「颯人さん!!大丈夫ですか!?」


最終話はこちらから

さめざめ「きみが死ぬとき思い出す女の子になりたい」

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