この子を受け入れられなくなることが一番怖かった 〜娘がASDの診断にいたるまで【その②】〜
2歳の誕生日が過ぎた頃、区の保健師さんから電話。
「娘さん、お話はするようになりましたか?」
…答えは残念ながらNO。
その頃の娘の発語といえば、
「犬」→「う」
「猿」→「う」
「鳥」→「い」
「鬼」→「い」
といった感じで、単語の語尾の母音だけを発語していました。
(桃太郎的な並びにお気づきですか?笑)
保健師さんに、この「一語文未満」な状況をお伝えすると、区の親子教室を勧められました。
「娘の発育に良いことなら、何でもやる!」と決めていた私は、即参加を決意!
実際に行ってみると、そこには、
個性あふれる子どもたちと、彼らの悩めるママたちがいました。
娘は、この親子教室を嫌がることはなく、
活動から離脱する子たちも多くいる中、
2ヶ月間、最後まで楽しそうに参加できました。
それだけで娘が誇らしかったです。
その後、保健師さんの勧めもあり、簡易的な心理検査を受けることに。
(新版K式発達検査、というもの)
そこで担当の臨床心理士さんにこう告げられます。
「お母さん、発達障害ってご存知ですか?」
聞いた瞬間、私の中の恐れや疑念が一気に脳内を駆け巡りました。
そこから先の話は、今でもあまりうまく思い出せません。
一旦は様子見で、半年後にもう一度検査、という流れだけは記憶できましたが…
役所を出た後、ベビーカーを押すのを止めて、ついにしゃがみ込んでしまいました。
「この子は、やっぱり普通の子じゃないかもしれない」
皮肉なことに、私がこれまでに感じていた数々の疑問点は、「発達障害」という言葉によって、一本の線で繋がってしまいました。
ただただ、怖かった。
「障害」そのものより、私が娘を受け入れられず、愛せなくなってしまうかも…と考えてしまうことが、怖くてたまらなかった。
正式に診断が下りるのは、この1年後になるのだけど、
おそらくこの時が、一番ショックが大きかったです。
心を許せるママ友や、夫、実母に報告しました。
「大丈夫だよ。まだ何も決まってないんだから。」
みんな優しく励ましてくれました。
とてもありがたかったけど、本当に必要な答えはそれではない気がしました。
そこで私は、実際に発達障害のお子さんを育てる先輩ママさんに、話を聞いてもらうことにしました。
この選択が、今後の私を大きく導いてくれることになります……。
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🌱このお話は「娘がASDの診断にいたるまで」シリーズの一つです。
マガジンに4本まとめていますので、続きもぜひ読んでみてください🕊
