「その名にちなんで」あらすじ解説【ミーラー・ナーイル】
2006年の映画です。監督のミーラー・ナーイルの息子が

ニューヨーク市長ゾーラン・マムダニです。

市長マムダニの思考方法を探りたくて、母の作品の読解をしてみました。
あらすじ
インド人インテリのアシュケは、ゴーゴリの「外套」を読んでいる時列車事故に遭います。アシュケは奇跡的に助かります。

アシナは上流階級の娘です。インドの歌を習っています。

アシュケはアシナと結婚します。

アシュケはニューヨークで博士課程の学生やっています。二人はニューヨークに旅立ちます。

子どもが生まれます。とりあえず「ゴーゴリ」とニックネームをつけます。正式な名前は後でアシナの祖母からつけてもらうつもりです。

でも小学校に入った息子は、ゴーゴリと呼ばれることになります。なりゆきまかせです。

ところが、高校を卒業するころになるとそんな名前が嫌になります。父親に文句を言うと、ゴーゴリ全集を渡されます。今に分かると。


その後ゴーゴリは正式名称ニキルで活動します。恋人も出来ます。白人です。

彼女とうつつを抜かしていると、クリーブランドに単身赴任中の父が心臓マヒで死にます。

ゴーゴリは少し反省して頭を丸めます。恋人とはなんとなく距離ができて別れます。



今度はベンガル系のマズムダーと知り合います。

結婚します。

ところが彼女は浮気します。



残念です。ところがゴーゴリは母に言います。「今、僕は生まれて初めて自由になった気がするんだ」









そしてゴーゴリはゴーゴリ全集をやっとのことで読み始め、

母はインドとアメリカを行き来しながら、若いころしていた歌を再開します。ラストシーンはシタールを抱えて歌う母アシナです。

(あらすじ終)
女性原作・女性監督
原作者はジュンパ・ラヒリというインド系アメリカ人女性です。それをインド系女性監督が映画化しました。女性映画です。ゴーゴリという名前が目立つ作品ですが、実際の主人公は母であるアシナです。

息子は妻との関係が破綻して、「今、僕は生まれて初めて自由になった気がするんだ」と言いますが、アシナも亭主に死なれて、


「なぜあの人がクリーブランドに行ったか解ったわ。私が独立できるようによ」と言います。母も息子も、大事なものを失ってはじめて、一本立ちできるようになるのです。
アシナはアメリカに行ってもインド人コミュニティーの中で生活しています。

でも、彼女はお見合いの時、彼の履いていたアメリカ製の靴が気に入って結婚を了承しました。



旦那のアシュケも、インドを出てアメリカの大学で勉強中でした。
そもそもゴーゴリの「外套」を読んでいるのですから、アシュケもアシナも元来国際派なのです。二人はインドとアメリカ、二つの文化の中で、あっちにフラフラ、こっちにフラフラしている状態です。
それがデフォルメされて表現されたのが、息子のゴーゴリです。ゴーゴリと、彼の名前のフラつきは、両親のフラつきを拡大して示しているのです。皆がフラつきながら自分を確立させてゆく物語です。
ゴーゴリという作家
息子の名前の由来となったゴーゴリはロシア人です。

プーシキンがおそらくロシア文学の黎明期で、

大層イカれた作家なのですが、
ゴーゴリは輪をかけてイカれています。プーシキンをデフォルメしている。彼は最後は絶食して衰弱、医師の治療の不手際も手伝って死にます。
手に入りにくいですが、「狂人日記」は一読をお勧めします。ただし狂人すぎて読み解き不能です。プーシキンは読解した後に敗北感に襲われましたが、ゴーゴリは読解する前から敗北感にまみれました。章立て表は一応作りましたが、眺めてこりゃ無理だと思ったので撤退しました。それくらい凄いです。悪い意味で凄いのです。
作中で問題になる「外套」は、「狂人日記」よりはマシです。
貧乏な下級役人の外套が壊れました。仕方なく、大枚はたいて新調しました。ロシア人は寒いだけあってコート崇拝が激しく、毛皮のコート買うとお祭り騒ぎになるそうですが、外套新調してもお祭り騒ぎです。みんなから注目されます。でもその日に追いはぎに外套を取られます。
警察も、頼った偉い人もなんにもしてくれず、下級役人はショックで寝込んで死にます。しかし幽霊になって偉い人に復讐します。幽霊なのに偉い人の外套を奪うのです。偉い人は少し反省します。
つまり「外套」は英雄偉人を描くのではなく、弱きもの、可哀そうな人を描くことで社会矛盾を告発しています。革命思想とまではゆきませんが、弱者救済思想ではあります。
追記:nagiさんが狂人日記の読解されました。実は緻密に組み立てられています。
映画の出来
ここまでは原作を含めた映画の内容です。監督のミーラー・ナーイル、あるいは息子のニューヨーク市長ゾーラン・マムダニとは直接の関係はありません。十分マムダニがにおってはおりますが。
監督ナーイルの作風は、本作を見る限り成瀬巳喜男風です。ソフトでスムーズです。
構成は一応対称構成でまとめていますが、

かなりゆるめです。難解作品ではありませんので、実は構成表は不要です。
絵の構図は十分良いです。しかし決定的な美しい絵はなく、どれも少しづつ甘いです。ただ不快な瞬間はほぼありません。優秀です。ちょっと並べます。













音使いもハイレベルです。しかし劇的というわけではありません。
演技指導は無難です。全てがそんな感じで、全部優秀で、全部ぬるめです。そもそも映画的勝負をなにひとつしていない。黒澤明と足して二で割ると普通の映画監督になります。極端に女性的です。女性監督だからというのもありますが、日本の女性監督に比べても更に女性的です。作中タージマハルが映りますが、タージマハルと同じような雰囲気の映画です。

なぜその息子がニューヨーク市長になるのか。私は「アメリカの男性原理主義過剰の揺れ戻しだ」と解釈しています。nagiさんの以下記事お読みください。
マッチョな父権主義おじさんが大量発生する国で、みんな疲れている。だからマムダニが市長になる。マムダニが上手くゆくかどうかわかりませんが、この監督の息子を必要とするメンタルに、ニューヨーク市民はなっているのですね。
マムダニの父はイスラム教徒で、ナーイル監督も結婚したので改宗したそうですが、マムダニ父も実はインド系イスラムなのです。印僑としてアフリカで生まれました。つまり両親ともインド系。だからマムダニもイスラムとして捉えるのではなく、インドとして捉えるべきです。
そして現副大統領J.D.ヴァンスも奥さんはインド系、
カマラ・ハリスも母はインド系でしたね。アメリカはインドに占拠されつつあるようです。
マムダニ市長は、「外套」的な弱者へのまなざしと、ヒンズーらしい女性原理を持って政界にデビューしました。マッチョおじさんの国は今徐々に溶解しているのかもしれません。ただインドは頭は良いですが、戦闘ということに関してはこれほど頼りにならない民族も少ない。安全保障という意味では今後注視すべきかと思います。ジャイアン国家のつもりで付き合っているといつのまにやら、しずかちゃん国家になっているかもしれません。
最後にラストに流れる歌と、菓子のGemini翻訳掲載します。
どれほどの道を、私はさまよってきたのだろう? どの道でもなく、すべてが私自身の道だった。
背後で橋は崩れ落ちた もはや引き返す術はない。
捨てられた夢のように、秋の葉が舞う 無頓着な足の流れに踏みにじられて。聞こえてくるのはいつも同じ歌 私が行く先、そのどこにでも。それはまるで、私の心臓をまっすぐ通り抜ける軍隊の行進のようだ。 行くべき場所は、地平線しかない。
ならば、私はどこを故郷と呼ぶのだろう?
夏が過ぎ去った、丈の高い草の中でか それとも、ただの断片、荒らされた記憶の中でか。
暗い川が、この濁った広間を蛇のように横切り 船頭は、川下りのメロディーを歌う。
どれほどの道を、私はさまよってきたのだろう? どの道でもなく、すべてが私自身の道だった。
背後で橋は崩れ落ちた。 ならば、私はどこを故郷と呼ぶのだろう?
追記
本作は実は日本人が製作総指揮で、小谷 靖(こたに やすし)という方らしいです。どういう方が存じ上げません。Geminiに調べてもらうと

となっています。黒沢清でカンヌも取っているのですね。
あとGeminiが面白いことを教えてくれたので共有します。本当かどうかわかりません。
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はい、ゾーラン・マムダニ氏が母親であるミーラー・ナーイル監督に、『ハリー・ポッター』の監督オファーを断るように助言したエピソードは、彼の出自や価値観を象徴する有名な話です。
このエピソードは、ナーイル監督が2018年のジャイプール文学フェスティバルなどで語り、広く知られるようになりました。
『ハリー・ポッター』オファーを断った経緯
1. 究極の二択
ミーラー・ナーイル監督は、2004年の映画『虚栄の炎』(Vanity Fair)の成功後、ワーナー・ブラザーズから『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』(Harry Potter and the Goblet of Fire、シリーズ第4作)の監督オファーを受けました。
しかし、そのオファーを受けたとき、彼女は自身のルーツであるインド系移民の物語を描く、『その名にちなんで』の撮影開始を目前に控えている状況でした。
選択肢 A: 巨大な予算と世界的な名声が約束されたハリウッド大作『ハリー・ポッター』の監督。
選択肢 B: 個人的なテーマであり、インド系作家ジュムパ・ラヒリの小説を映画化する『その名にちなんで』。
2. 息子の助言
ナーイル監督は、この決断に激しく悩みます。特に、息子のゾーラン・マムダニ氏(当時14歳)が『ハリー・ポッター』の本で読み書きを学んだほどの熱烈なファンだったため、オファーを断ることにためらいがありました。
そこで彼女は、当時14歳だった息子ゾーランに相談を持ちかけます。「自分の映画(『その名にちなんで』)を諦めて、この大作を撮るべきだろうか?」
ゾーランは、この難しい問いに対し、非常に明確で本質的な助言を与えました。
「ママ、優れた監督なら誰でも『ハリー・ポッター』は作れるかもしれない。でも、『その名にちなんで』を作れるのは、ママ、あなただけだよ。」
3. 決断と影響
ゾーランのこの言葉は、ナーイル監督にとって「解放的で明確な宣言」となり、彼女はハリウッドの大作オファーを辞退し、『その名にちなんで』の制作に集中することを決めました。
ナーイル監督は、このエピソードを通じて、自分の独自性(Distinctiveness)こそが、自分の作品の価値であるという信条を再確認したと語っています。
この助言は、ゾーラン・マムダニ氏が幼い頃からアイデンティティや文化的表現の重要性について深く考えていたことを示しており、後の彼の政治的キャリアや、移民の物語を重視する姿勢にも繋がっています。
