章立て表作成マニュアル
物語の「構成読み」をやっておりますが、さんざんやってもどうも広がっている気配がありません。残念です。広がらない原因を考えてみますと、そもそも章立て表を作るのが面倒くさい、というのがまず思い浮かびます。しかし実は、映画ですと簡単な章立て表を作成するのは簡単です。文学好きでも最初は映画からやってみるのがマスターしやすいと思います。
自動スクリーンショット法
1、映画のソフトを入手する
2、VLCメディアプレイヤーをインストールする
3、
のとおりに30コマ(すなわち一秒)ごとにスクリーンショットを取る

4、大量の画像(映画の長さの分数×60)が溜まるので、それをシーンごとに振り分ける。

「オッペンハイマー」ですと126フォルダになりましたが、これは異常に多い数です。
「仁義なき戦い」ですと50フォルダです。それを一々表に書き込んでゆけばよいです。
むかしは映画を進めては止め、止めてはメモり、メモっては進めを繰り返していました。手間でした。一気にスクリーンショットを取れれば、効率は倍以上になります。ディスク容量を食ってしまうのだけが難点ですが、後で削除しても問題ありません。

それで出来た表を、ひたすらズラズラ眺める。眺めるうちに、段々頭の中で整理できてゆきます。とことん整理できたら初めて内容について考えます。ちなみにこの表は映画では過去最大級の表です。普通は、

これくらいにしかならないのでご安心ください。
二つのステップ
構成読みの場合は、
1、章立て表を作る
2、作った章立て表を整理する
の2ステップで作業が進行します。1の章立て表作成でつまずく人がほとんどだと思います。上記の自動スクリーンショット法ですと、表作成の手間の半分は自動になりますから楽です。もっとも(割合はサンプル数少なすぎてわからないのですが)作品の多くはたいして構成考えずに製作されています。どうせ解析するなら構成がしっかりしたものが良いのですが、そこのところは運とカンです。数こなすとカンが働いて、構成が面白いものに鼻が利き出します。いわゆる「名作」にはそれなりの構成持っているものが多いです。
で、ともかくも表を作った後はステップ2です。表を整理してゆくのですが、この整理もかなり難易度が高いというか、人を選びます。以下全て自分の体感というか経験則なのですが、飽きてウンザリするまで表を眺められる人が向いています。根気というか、鈍重さがポイントになります。
だいたい文学好き、映画好きという人は、ようは活字中毒および映像中毒でして、子どもの頃から活字なり映像なりの刺激で興奮し続ける生活していますので、脳味噌がむやみに活性化していて回転が速すぎる。そういう人はかなり苦労します。「ケンカ十段」を自称する若者が座禅の修行をするくらい苦労します。
私も若いころはそこそこ頭が回転していたと思うのですが、いまや加齢によって程よく鈍重になっておりますので、表を眺める時間が一番楽しいです。最初は内容つかめていません。ズラズラ眺めながら、あ、こんな作品だったんだと確認してゆきます。この確認の時間は、とくに決まっていません。慣れていないと物凄く時間がかかると思います。私はかかりました。表を作って数か月、数年の作品もあります。途中で放棄しているわけですが、気が向いたらまたやります。天才レベルの作家が膨大な時間を費やして作ったものですから、そう簡単にわかっちゃうとおかしいのです。時間がかかる方が正解です。
ところが文学研究しようとかする人はほとんどインテリですから、知力に自信がある。この場合の知力というのは学力テスト、つまり一定時間内に正解のある問題を解くことを意味します。答えがあるかないかわからない問題に時間無制限の勝負を挑む、のとは正反対なのです。よって自称「ケンカ十段」たちはこの土俵から立ち去ってゆきます。
私も元来せっかちな方でして、中学高校のころは出来るだけ早く解答できるように努力していましたから、この世界観の切り替えが一番やっかいでした。こういう案件の場合、自分から攻めてゆくのではなく十分準備をした上でお客様が来るのをじっくり待つしかないのです。この場合のお客様とはつまり、解釈とか把握とか理解とかです。多分魚釣りに似た作業です。最適な情報を整えて、後は待つ。私は釣りをしないので不確実な情報ですが。とにかく待ってりゃお客様はそのうち来ます。釣りですと雨風日光の攻撃で快適ではない。読み解きは眺めているたけなのではるかに楽です。
表をうんざりするまで眺めていると、対句が見えて、構成が見えてきます。そこで二次表つくります。

二次表は一次表がもう少し簡略化したものです。作品が凄く大きなものの場合、三次表まで必要な場合があります。しかし大抵の作品では、良い二次表つくれば体感的にほぼ読み解きは終了しています。なんでそうなるか。
文章は元来多義的です。さまざまな解釈が可能です。読み解きは、さまざまな解釈の中でもっとも妥当なものを探り当てる作業です。でもどこかに「正しい情報」がなければ考えても時間の無駄です。全ての言葉の解釈が複数あります。つまり大地が丸ごと動くのですから、解釈はどこまで考えてもゲル状の物体の形態を確定するようなもので、確定したと思った瞬間に別の状態になっているからきりがない。
しかし確実な情報が唯一あります。構成です。例えば夏目漱石の夢十夜ですが、
ただの幻想文学のように見えますが、

全体として構造化されているのがご理解いただけると思います。
この作品は元々10章に分かれているので、解析は楽です。私はこれで対称(鏡像)構造に気づきました。それで漱石作品を調べてゆくと、
対称構造:坊ちゃん・草枕・三四郎・夢十夜・それから・門・彼岸過迄
反復構造:行人・こころ
それらミックス:道草、(恐らく)明暗
となります。漱石はまずもって構成を考える作家だということが判明しました。
そして構成から導き出せば細部の意味の範囲をかなり狭めることが出来ます。
追記
nagiさんが「雨ニモマケズ」の構成読み解いています。この読み解く過程のほうが、私の説明よりわかりやすいです。ジワジワと素晴らしい構造が炙り出されてゆきます。
構想通り?
と言うとかならず、「すべての作品が構想通りに書けるわけではない」「書いている途中で予定が変更されることもある」という意見が出てきます。実は漱石自身が言及しています。
もし自分の手際が許すならばこの「彼岸過迄」をかねての思わく通りに作り上げたいと考えている。けれども小説は建築家の図面と違って、いくら下手でも活動と発展を含まない訳に行かないので、たとい自分が作るとは云いながら、自分の計画通りにしか進行しかねる場合がよく起こって来るのは、普通の実世間において吾々の企てが意外の障害を受けて予期のごとくに纏まらないのと一般である。(彼岸過迄に就いて:明治四十五年一月此作を朝日新聞に公にしたる時の緒言))
さて、作者自身が「この作品を構想を持って書き始めるが、構想通りなるかどうかは確実ではない」と言った時、その後完成された作品の構成を研究するべきかどうかです。私は研究するべきだと考えています。予定が変更されたなら変更されたで、ともかく完成した作品の構成を研究するべきだと考えます。なぜならその作品が世間に存在しているのは事実だからです。どうして予定通りになったかどうかを気にするのか、そちらのほうが実は私は理解できていません。説明お聞きしたいです。
ほか「構成を見なければ作品を理解できないという考え方には同意できない」というのも聞いたことあります。「全ての作品は構成を見なければ理解できない」とは思っていません。しかし「いくつかの作品は構成を見なければ理解できない」とは思っています。構成の理解が必須である作品は存在します。上記の夢十夜もそうですが、非常に極端な例ですが、
などはそうでした。構成さえ頼りにすればとりあえず読解はできます。できてもなんでこんな作品構想したのかという肝心の点はかえって理解不能になるというオチがつきますが。しかし構成考えなければこれなんか理解のとっかかりすらない。
さらに「構成が良くなくても名作はある」という意見もあるようです。これは確かにそうです。シェイクスピアの人気作は「ハムレット」と「ロミオとジュリエット」らしいのですが、ハムレットはガチガチの構成作品なのに対して、「ロミオ」はかろうじて対称構造と言えなくもない、くらいの非常にゆるい構成です。

でも実際読むと非常に面白い。スイスイ読めて楽しめます。だから構成的努力が名作の必要条件というわけではない。でも体感的には名作には構成(でなければキャラ配置)に凝った作品が多いのも事実です。
逆に言えば構成がゆるく、かつ名作である作品を沢山探り当てれば、その時はより根源的な「名作の条件」の探求が始まるかもしれませんが、いずれにせよ探求の入口は構成を調べる事であるのに変わりはありません。
構成を考えなくとも読解できる作家作品は存在します。しかし一流どころの作家作品へのアプローチでは、おそらく構成探求はほぼ必須だと感じています。もっとも私の調べている作品の数が少なすぎるので、これもまだはっきりとしたことは言えません。
話は映画に戻って、漱石の「夢十夜」の影響下にある映像作品は、黒澤明の「夢」です。
こちらも構成はっきりしています。

一般の方は別にこういう分析する必要ありませんが、文学とか映画とか物語とかを考えたいという方は、是非漱石「夢十夜」と黒澤「夢」だけでも鑑賞していただけるとよろしいかと思います。両方理解しやすい作品です。「夢十夜」の子供を背負う話とか、「夢」のキツネの嫁入りとか、日本人でしたら直観的に理解できる世界ですので、時間を取って損はしません。
AI
前述のように構成を調べるとは対句をピックアップして配置を確定する作業です。AIで出来そうです。そのうち出来るようになると思います。問題は文章とか、章の対句とかの、大きな範囲の対を判定できるかどうかです。ここはハードルが高い。
山⇔川
花⇔蝶
みたいな単語の対句は簡単ですね。今のAIでも十分出来そうです。でも出力が膨大になって分析しているのか、逆に難しくしているのか、わからなくなりそうです。
高山⇔低地
情熱⇔冷静
も簡単です。でもこれでも出力が膨大になります。
太郎は絶望した⇔花子は希望を持った
父の遺してくれた土地⇔母が後生大事に抱え込んでいる預金
とかなると難易度上がります。長くなる程対句判定が難しくなる。でもこれが出来なきゃ意味が無い。
こちらの

1、百年の百合の「百合にキスする」と、
10、崖と豚の「豚にキスされる」が対と判定できるかどうかです。出来なきゃ構成読みには使えません。
だから今はまだ無理そうです。そのうち出来るようになるだろうとは思いますが、先が長いですね。
人類最後のフロンティア
その上、現状のAIは「多義的な文章」の意味を取ることが、壊滅的に苦手です。
で取り上げたTHE BLUE HEARTSの「青空」の意味についてAIに質問してみました。
DeepSeek
「ブルーハーツ」の「青空」という歌の歌詞の意味
「ブルーハーツ」(THE BLUE HEARTS)の「青空」は、1987年にリリースされた楽曲で、シンプルながらも力強いメッセージが込められています。歌詞の意味を解釈すると、以下のようなテーマが浮かび上がります。
自由と希望
「青空」というタイトル自体が、広がる空や自由を象徴しています。歌詞の中には「青空を見上げて」というフレーズが繰り返され、窮屈な日常から解放され、自由を求める気持ちが表現されています。青空は、希望や未来への期待を表しているとも解釈できます。現実への反抗
ブルーハーツの楽曲には、社会や現実に対する反抗心がよく表れています。「青空」にも、閉塞感や抑圧された状況から抜け出したいという思いが込められています。歌詞中の「何もかも忘れて」という部分は、現実の煩わしさやストレスから一時的に解放されたいという願望を表しているかもしれません。シンプルな生き方
「青空」の歌詞は非常にシンプルで、複雑な比喩や難解な表現はありません。これは、ブルーハーツの音楽スタイルそのものであり、飾らない言葉でストレートに感情を伝えることを重視しています。このシンプルさが、聴く人にとって共感しやすく、力強いメッセージとして響くのです。青春と無垢な心
「青空」は、青春時代の無垢な心や純粋な感情を思い起こさせる歌でもあります。青空の下で感じる開放感や、何もかもが可能だと信じていた頃の気持ちを歌っているとも解釈できます。
まとめ
「青空」は、自由や希望、現実への反抗、シンプルな生き方、そして青春の純粋さをテーマにした楽曲です。ブルーハーツらしいストレートな歌詞とメッセージが、多くの人々の心に響き、今でも愛され続けています。
Gemini
「ブルーハーツ」の「青空」という歌の歌詞の意味
ブルーハーツの「青空」は、1989年にリリースされた彼らの代表曲の一つです。この曲は、自由への渇望、社会への反発、そして未来への希望といった、様々なメッセージを込めた歌詞が特徴です。
歌詞の解釈
「青空」という言葉: 歌詞の中で「青空」は、自由や希望の象徴として描かれています。
「いつまでも 響くような 歌を 歌いたい」: このフレーズは、自分の内なる叫びやメッセージを、世の中に届けたいという強い願いを表しています。
「飛べない鳥もいることを 知っている」: この部分は、社会には様々な制約や困難があることを示唆しています。
「それでも 僕は 青い空を 见上げてる」: 困難に直面しながらも、希望を捨てずに未来を見据えている様子が伝わってきます。
曲に込められたメッセージ
「青空」は、単なる明るい曲ではなく、社会に対する批判や、若者の葛藤、そして未来への希望といった、様々な感情が複雑に絡み合って表現されています。聴く人それぞれが、自身の経験や感情と重ね合わせることで、様々な解釈が生まれる曲と言えるでしょう。
補足
「青空」の歌詞は、時代背景やメンバーの心情、そして聴き手の状況によって、様々な解釈が可能です。この曲がリリースされた当時、社会はまだ様々な制約や不自由さがあり、若者たちは閉塞感を感じていました。そのような時代の中で、「青空」は、若者たちに自由への渇望や希望を与えた曲として、今もなお多くの人々に愛されています。
この解説を参考に、あなた自身の感性で「青空」を聴き、その歌詞の意味を深く探ってみてください。
ChatGPT
THE BLUE HEARTSの「青空」は、不条理な社会や抑圧の中で自由を求める心情を歌った楽曲です。歌詞には、差別や理不尽な現実に直面しながらも、それに抗い、自由を渇望する姿が描かれています。
歌詞の意味のポイント
社会の不条理への怒り
歌詞の中では、虐げられたり、理不尽な扱いを受けたりする人々の姿が描かれています。
「生まれたところや皮膚や目の色で、一体この僕の何がわかるというのだろう」というラインは、人種や出自による差別を強く批判しています。
希望と自由への渇望
「あの美しい青空のような自由」というフレーズが象徴的で、抑圧された状況から解放されたいという強い願いが込められています。
「自由」への憧れと、現実とのギャップが切なく表現されています。
社会の冷たさと個人の孤独
「何のために生まれて、何をして生きるのか」というような哲学的な問いかけがあり、生きる意味を模索する姿が感じられます。
夢や希望を持つことすら難しい社会の現実を描いています。
まとめ
「青空」は、社会の矛盾や差別に対する批判と、それでも自由を求める人々の強い意志を歌った曲です。ブルーハーツらしいストレートな言葉で、聴く人の心に深く響くメッセージソングと言えます。(終)
この問題ではChatGPTが一番まともですが、それでも「白人、特にアメリカの軍事力による世界支配に対する異議申し立て」という解釈は出てきません。
こういう重層性のある歌詞、作品の解釈、AIに片っ端から入れてみると面白いですね。彼らは「~という説がある」とは言えても、自分で結論は導き出せません。
の

このグラフの向かって右側、人間の理性に関する部分は、AIは人間以上になれます。向かって左側、感情が混ざる部分は、どうしても重層性、多義性が絡みまして、重層性、多義性は現在のAIが最も苦手とする分野です。いうなれば左側が最後のフロンティアです。
このフロンティアの大森林は、人間の心の中に広がっているのですが、大森林に分け入ってそのまま消えてしまった人間が古くから沢山います。彼らは「文豪」と呼ばれます。彼らの後を追っかけながら、森林の外に脱出できようにしておく方策が構成読みです。
私は出来るだけ構成読みを広めたいと思っておりますから、上記文章で不明な部分がありましたら、こちらのコメント欄に質問でもOKですし、Xツイッター)で相互フォローすればやり取りできますので、
fufufufujitani(@Fujitani1)さん / X
ご連絡くださいませ。私自身研究中の状況でして、なにひとつ確定的な話ではありません。自信もそんなにありません。でも「これは有益な研究である」という手ごたえは確かにあります。興味持っていただける方が少しでも増えればと思いこの文章を書きました。
