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「ベン・ハー」あらすじ解説

代表的なキリスト教映画です。


あらすじ

ユダヤの王族の末裔ベン・ハー。

今は大資産家として母と妹と生活しています。

幼馴染のメッサラがローマ帝国官僚として赴任してきました。

反乱気味のユダヤの反抗分子を密告しろと言うので、決別しました。
続いてローマから総督が赴任します。

ベン・ハーは妹と屋上から観ていましたが、

妹がレンガを誤って落としてしまい、総督に直撃

総督は気絶。

ベンハーは捉えられて奴隷に落とされ、

母と妹は地下牢行きです。
幼馴染メッサラは仲たがいしているので、助けてくれません。

奴隷になってガレー船に連れてゆく途中、

喉が渇いて死にかかっていると、

大工の青年が水をくれます。

ローマ兵は阻止しようとしますが、大工の青年から発する正体不明の威厳に押されて何も言えません。

やがてガレー船の漕ぎ手になったベン・ハーですが、
職場環境は超絶ブラックでした。

敵艦を発見して攻撃するのですが、

突撃されて撃沈。

ベン・ハーは司令官を救助していかだで漂流します。

運よく味方に救助され、

司令官アウリスの養子にしてもらいます。

ともかく奴隷の身分から解放されたので、故郷イスラエルに戻ります。母と妹は死んだと聞かされます。

今や敵となった幼馴染メッサラに復讐です。
復讐手段は馬車レースです。

レースシーンは全盛期ハリウッド(1959年公開)の実力を堪能できます。馬車でのジャンプシーンは信じられません。

宿敵メッサラは落車して馬に踏まれて瀕死の重傷。
レースはベン・ハーが勝利します。

メッサラのところにかけつけると、彼はベンハーに、母と妹は生きていると言います。
彼女達はハンセン氏病になって、死の谷に居ると。

ベン・ハーは彼女達を救い出し、エルサレムに行って評判の良い予言者にすがってみようとします。

しかしエルサレムに行ってみると、その予言者は裁判にかけられ、有罪となり、十字架を背負わされています。

見ていられなくなったベン・ハーは、水を汲んで彼の元に駆け寄ります。

その時、気づきます。
かつて奴隷だった時、自分に水を与えてくれたのはこの人だったのだと。

ベン・ハーはその場にとどまり、彼の最期を見届けますが、

母と妹は洞窟に身をかくします。

彼の死とともに天地を揺るがすような大嵐になります。

そして奇跡が起きます。母と妹の病気は、治癒されたのです。

故郷の実家で母と妹と抱き合うベン・ハー。

ラストシーンは人の居なくなったゴルゴダの丘です。

(あらすじ・終り)

受難的長尺映画

昔一度見た時、「この映画3回見るとクリスチャンになるな」と思いました。それくらい伝道効果が高い。もっとも1回しか見ませんでした。長すぎるからです。3時間42分もあります。体力的ハードルが高すぎる。

今回2度目の鑑賞をしましたが、私も年ですので、もう長時間の映画鑑賞は肉体的に耐えられません。製作者には失礼かもしれませんが、やむをえず、涙を呑んで、血を吐く想いで2倍速で見ました。そして驚愕の事実が判明しました。
なんと2倍速で見てもスローすぎる映画だったのです。たたた助けてくれ。うっかりイエス様に救済を求めそうになりました。

脚本が長大というわけでも、風景シーンをダラダラ映しているわけでもありません。各シーンでの演技をたっぷりこなしているからです。そして演技が大成功しているのは、イエスの水やりを制止しようとして威にうたれて逡巡するローマ兵の演技のみです。

ここは大変素晴らしいのですが、他のシーンはもっとさらっと通過していただきたいです。60年前はアメリカでもこういう時間が流れていた、というドキュメントにはなっています。

対句

ストーリーは対句で組み立てられています。

ベン・ハーの妹は瓦を落としますので、

自分も死の谷に落っこちます。

ベン・ハーは海に落ちた司令官アウリスを助けますから、

宿敵メッセラを戦車から落とすことに成功します。

ベン・ハーはイエスから水をもらいましたから、

罪人として運ばれるイエスに、リスクを冒して水を差しだしました。

そのことによって、奇跡を呼び寄せる事が出来ました。
奇跡は雨によって起きました。
雨とは、「水」+「落ちる」です。

作中の対句、「水」と「落ちる」を最後に合わせて、奇跡を描写しています。長大な物語は雨と、雨に交じるイエスの血に収束します。

後継作品

本作を下敷きにした後継作品が存在します。

昔読解をしたとき、どうして手塚が「水」と「落ちる」をこのように上手に組み立てられたのか理解できなかったのですが、間違いなくベン・ハーを元にしています。つまり火の鳥・鳳凰編の成功の半分は本作の功績です。
といってパクリというわけでもなく、(おそらく一度しか鑑賞していないのに)映画の組み立てを見ただけで理解し、違う物語に仕上げてしまう力量はやはり素晴らしいです。
彼の努力ははからずも、日本におけるキリスト教理解、咀嚼の好例になっています。奇跡の物語から、輪廻の物語に変換されています。

そして、ベン・ハーと火の鳥・鳳凰編を両方意識して作品を作った人が居ます。宮崎駿です。
手塚の最大の批判者にして最大の信奉者である彼は、手塚とは違う形で、ベン・ハーおよびキリスト教に挑みました。それが「もののけ姫」です。

作中のハンセン氏病患者たちは、シシ神が大地に溶け込む余波を受けて、治癒されます。アシタカヒコへの呪いも大幅に緩和されます。手塚が仏教的なのに対して、宮崎は神道的です。

このようにして、日本人は西洋、キリスト教文明を理解し、消化し、克服しようとしてきました。


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