日活vs大映五番勝負 雪国髑髏旅 [関東流れ者/美しい庵主さん/北国の街/眠狂四郎女地獄/座頭市 逆手斬り]
今回の5作品は全作アタリ。映画が好きで良かったと思った。
1. 小澤啓一監督『関東流れ者』日活/1971(昭和46年)

親分を庇って鉄砲玉を殺した渡哲也が4年間の服役の後、シャバへ戻ると、親分は殺されてシマは叔父貴分の配下となり、可愛がっていた実の弟・沖雅也はグレきっていた。渡は、親分の死に兄貴分・今井健二が関わっているのではと疑う。
街頭の蛍光灯の光やネオンの光の色味の捉え方が実に巧みで、生っぽいのにクールな映像が素晴らしい。蛍光灯をあえて色温度調整せず、青っぽく写しているのがたまらない。映像にはビデオ撮りでなくフィルム撮り特有の奥行きと濃厚さがある。東映を超えるハードな暴力描写も実に日活らしいクールさ。
それはともかく、本作では日活の最大の発明、男ヒロインが炸裂しまくる。渡哲也、沖雅也、今井健二と、ヒロイン多すぎ。渡哲也が潤んだ目でフルフルしているのはもちろん、兄役の渡哲也よりデカくて童顔の沖雅也、凶悪ヅラながらピュアで心優しい今井健二が、すごい。
渡哲也はこの頃が一番美しい。少しやつれていて、暗い影がさしているのが良い。セリフが絞られているのも、渡哲也の無言のうちの繊細さがより輝いて見える。あくまでどこかに「少年」ぽさを残した撮り方は日活だよなぁと思う。
今井健二は本人の演技力をいかした役回り。顔は最悪の凶暴ヤクザとしか思えないが、温厚で大人しい性格、無言のうちに自分のことより周囲の人を思いやる選択をし続けるという人物像をうまく演じている。東映ではこういう役はまずないので、日活に出演してよかったよなぁと思った。
沖雅也は68年デビューのようなのでキャリア3年だが、演技に幅があり、かつわざとらしさがまったくない。すれっからしになってから渡哲也(兄)に対して怒鳴るシーンなど、ここだけややセリフが聞き取りづらくなること含めて、若者のリアルさ、みずみずしさを感じる。
悪役の南原宏治(叔父貴分)、青木義朗、小高雄二も良い。それぞれ無理なキャラ付けをされておらず、俳優の素地をいかしてミニマムに演出されているのがかえって彼らの魅力を引き出している。基本的に容姿が良くて雰囲気のある俳優にしか通じない手法だけど、それが出来た時代なんだなと思う。
最初のほうに少しだけ出てくる内田良平・原田芳雄の兄弟の使い方はちょっともったいなかったかな。彼らが兄弟役で出ている意味があんまわかんないまま終わった。
どうでもいいが、今井健二って顔でかいよなーと思っていたけど、水原弘(歌手)が一緒の画面に出てくると、「うわ顔ちっちゃ!」と思った。そして渡哲也はさらに小さい。(本当にどうでもいい感想)
2. 西河克己監督『美しい庵主さん』日活/1958(昭和33年)

大学生・小林旭は、夏休みにガールフレンド・浅丘ルリ子とともに彼女の親戚の尼寺へ滞在することになった。堅苦しそうに思っていたもの、庵主らに暖かく歓迎され、小林も都会とは全く異なるお寺の生活を楽しもうとする。おしゃべりなおばあさん尼僧らばかりかと思われた尼寺だったが、夜、おとなしい学生の尼僧・芦川いづみが帰宅してくる。同年代にもかかわらず剃髪し、質素な生活を送り、地道に修行・学業に励む芦川の姿に、小林は驚きを覚える。
日活らしく、繊細かつ爽やかな青春映画。普通の若者、あるいは普通でない若者たちがそれぞれ密かに抱いている悩みを真摯に描くスタイルが素晴らしい。
上記あらすじでは小林旭視点で物語が展開するように書いたが、実は彼が主人公だとわかってくるのはだいぶ後半になってからで、基本的には群像劇の印象が強い。登場人物それぞれの若者らしい繊細な心理⋯⋯、周囲の人をよく観察していて、気遣いしすぎて、相手の心と自分の心の動きに当惑しつつ、なにか自分にできることはと探っていく心理がうまく表現されている。自分が年をとったからこそわかる、若い子特有の優しさが率直に描かれているのが素晴らしい。
それぞれの俳優の個性、よさを活かした演出が実に素晴らしい。
どの俳優もネガティブな面があるが、それを匂わせつつ、しかし全面には出さずに上手く使っている。
たとえば、浅丘ルリ子ってぶっちゃけ清潔感がない女優だなと思うけど、本作では清潔感のなさを逆にいかした役(コールガールのバイトをしている女子大生)。しかし喋り方はある程度上品で、時々正直に自分の気持ちを言う子にして、本当は素直なんだとわからせるとか、上手い。
小林旭も作品によっては小賢しく見えすぎるのだが、本作では、器用さのあまり小賢しくはあるのだけど、本当は周囲の人を思いやれる良い子なんだというのがわかる演出になっていて、素晴らしい。
芦川いづみの使い方は本当に上手く、これは実際に映画を見て感じていただきたい。芦川いづみを「顔は可愛いけど⋯⋯」と思う人ほど、なぜここに芦川いづみがキャスティングされたかに納得すると思う。
特段スペシャルなロケを行っているわけではないが、普通の風景の中でいきいきと生きる若者の姿を捉えているのが秀逸。小林旭や浅丘ルリ子の元気な動きをロングで撮っているシーンが良い。ぴょこぴょことした動き、それをいかす衣装が可愛いらしい。正直なところ、こういう演出がついているせいで大学4年生には見えなくなっているんだけど、若者の繊細な心理を描くテーマには合っている。
本作は構成が非常に上手くて、伏せられていたことの提示の順序が実に鮮やか。原作の有吉佐和子の小説がそうなっているのかなと思い、原作「美っつい庵主さん」を読んでみたのだが、実はそのような構成の巧みさは映画脚本由来だとわかって非常に驚いた。
そもそも原作はこんな爽やかではなく、いかにも有吉佐和子作品らしい陰湿な話。登場人物は全員陰湿か愚鈍で、他人を品定めしたり、下に見る描写が続出する(映画では意図的に演出される部分をのぞき、そのような表現は一切ない)。
日活が権利取得したこと自体にも驚く。この陰湿さ、大映か松竹向け。これの権利を取得し、独自の青春物語に仕立てた日活はすごい。これを許可した有吉佐和子もすごい。
3. 柳瀬観監督『北国の街』日活/1965(昭和40年)

北国で織物職人の父と二人で暮らす高校生・舟木一夫は、荒れた学校の中では秀才として通る真面目な少年だった。舟木は通学の汽車で近隣の女子校に通う和泉雅子と出会い、恋に落ちる。二人は東京の大学へ進学する夢を持っており、互いに勉強に励んでいたが、舟木は父が病気がちで大学進学に迷いがあるなどの実家の内情を和泉に伝えられないでいた。そして、和泉にもまた舟木に打ち明けられない秘密があった。
ものすごく純粋な恋愛映画。舟木一夫は歌手なので演技はできず、始終暗い表情でぎこちない喋り方をしている。だが、それが逆にものすごい効果を生んでいる。
日活にしては爽やかさが激低でものすごくジメジメと暗い話ながら(脚本=倉本聰)(倉本聰作品は「そのへんにいる普通の人としての悪役」の言動が実に陰湿だけど、本作でもそれが炸裂、しかも一切反省改善懲罰なしというリアルさ)、その世界に舟木一夫の暗さが絶妙にマッチ。「イケメンではない」こともおおいなるリアルを生んでいる。彼らの心理同様、溶けかけでグチャグチャなど決して美しいばかりではない雪景色のロケも絶妙で、いろんなことが奇跡的な映画。
女子校に通う和泉雅子、舟木のクラスの番長・山内賢は、ほかの映画に比べ野暮った風の作り。一瞬わからないくらい芋っぽくメイクしている。
和泉雅子はかなり大人っぽく見えて、ナチュラルな元気娘役とは違った魅力が出ている。昭和の地味なお嬢様っぽいハーフアップも可愛い。自宅のお部屋の作りも昭和感いっぱいで可愛い。フリルいっぱいのカーテンとそれに似合わない無骨なグレーのスチール本棚とか、野暮ったさが良すぎ。
山内賢は途中からとある理由で言動がぎこちなくなるという難役だが、いい塩梅の「ぎこちなさ」が青春映画らしくて気持ちよい。舟木、和泉がかなり真面目な役なので、山内の明るさが日活らしさを担保しているといえる。(そしてメッチャいい人な英語教師、葉山良二も)
最後、カメラFIXでもいいシーンで手持ち撮りしているところがとても良い。できるだけFIXさせようとはしていて、よく見ていなければ固定で撮っているように見える。だけど、人間の鼓動や筋肉の動きが微妙に伝わっているブレがあり、画面がほんの少し揺れている。その叙情性がドラマに対し大きな効果を生んでいる。ぜひ実際に観ていただきたい。というか、私も配信の画面じゃなく、フィルム上映をスクリーンで見たい。映画館のスクリーンで見たら、本当にすばらしいシーンだろうと思う。
前述の通り、ロケでとらえた雪の風景が実に素晴らしい。真っ白で綺麗!とかじゃなく、そこそこ溶けててグチャグチャになっていたり、やたら降りまくっていたりと、理想だけじゃない北国の風景が良い。シーンによって積雪量にかなりばらつきがあるのが気になったが、どうも長野の戸狩付近と新潟の十日市の2ヶ所で撮影しているようだ。人間の背丈を超えて雪が積まれた道路などのシーンは十日市付近なのか? 主人公ふたりの出会いの場となる蒸気機関車の走る風景はどこなんだろう。駅舎自体は本当に戸狩なのかな?と思うが⋯⋯。
4. 田中徳三監督『眠狂四郎女地獄』大映/1968年(昭和43年)

眠狂四郎(市川雷蔵)は、用心棒の男・田村高廣が男を斬ったところに居合わせる。田村の仲間は男から「密書」を奪い立ち去るが、男は狂四郎へ手絡(女性用の髪飾り)を家老堀采女正に届けるよう頼んで息絶える。実は男の仕える佐伯藩では、2人の家老・堀采女正(小沢栄太郎)と稲田外記(安部徹)が藩主の重病に乗じてお家騒動を繰り広げていた。
若干構成が複雑。映画化のうえでの引き伸ばしのための回りくどい段取りや説明があるのではなく、小説(文章)の複雑さをそのまま映像へ移入したために煩雑になっている印象。
また、構成に限らず、たとえば「手絡」とか「角兵衛獅子」とか、現代では説明なくしてはそもそもそれ自体が何なのか(何を意味するのか)わからない要素が散りばめられている状態になっている。公開当時は伝わったのだろうか。特に手絡は「てがら」という音でだけ聴くと「手柄(功績の意)」と区別つかず、最初、何を言っているのかわからなかった。普通、こういう同音異義語はセリフを整理するか、アイテムを別のものに置き換えると思うが、原作に愚直に作ったということなのかな。
上記のように脚本には疑問がないではないが、趣ある台詞の応酬が面白くて惹き込まれる。一瞬考えないと意味が取りづらいセリフの「一瞬考えないと」の度合いの調整がうまい。ウイットに富んだ大人の会話というと安っぽいけど、昭和の娯楽映画ではこういった遊びが成立したんだなと思った。
本作のゲストライバルは基本的には田村高廣。金や地位に淡白に見える浪人役を田村高廣らしく演じている。田村高廣って俳優自身だけなら市川雷蔵と微妙にキャラ被らねぇかと思ったが、目の死に方の違いでいい感じに回避していた。
サブゲストには伊藤雄之助が出演。めちゃくちゃだらけた髪型・よれよれの着物に、刀のつばを数珠繋ぎにしてたすき掛けにして、高額をふっかけて仕官の口にありつこうとする怪人役だが、これが見ていて痛い色物にならないのが伊藤雄之助のよさ。現代語調のセリフも鼻につくことなく、キャラクターとしてまとまっている。ちょっと単調な脚本に対し、いい彩り。「三両は三両!」は爆笑した。
女刺客が散漫に出てくる演出はいらんといえばいらんが、それによって話が阻害されているわけではない。演出としてギリギリ「持っている」。でも、ケレンとして、洗練されたものにまで昇華できているわけじゃないのが微妙なところ。途中から「押すなよ!絶対押すなよ!」系のギャグっぽく見えてくる。
あえて言えば、水谷八重子はもうちょいセンスよく使って欲しかったな。
ここからネタバレするが、冒頭で助けた角兵衛獅子の少女が実は家老・小沢栄太郎の私生児+田村高廣は彼女の兄で同じく私生児だった設定は、うまくいってなさすぎでねぇか。もっと整理を加え、田村高廣のバックグラウンドを増幅させればよかったのに。田村高廣が小沢栄太郎を斬ろうとしている理由にもっと説得力があるとよかった(現状だと、明確な理由はない)。
悪家老・小沢栄太郎がヘビをガラス瓶に入れて、思わせぶりになにかしているシーンが何度か映る。瓶を火鉢の上に置いているので、最初、煮出して毒薬でも作るのカナ👀⁉️と思ったら、冬でへびちゃん寒いからヒーター代わりに火鉢の上に置いているという飼育設定だったっぽい。ヘビは普通に生きているまま有効活用されていた。江戸時代の爬虫類飼育法なんか!?
5. 森一生監督『座頭市 逆手斬り』大映/1965(昭和40年)

チンケな博打でお縄となった座頭市(勝新太郎)は、牢屋で隣り合わせた死罪確定の男から、無実を証明すべく銚子にいる親分に証人を頼んでほしいと懇願される。放免後、なんとなく房総半島方面へ向かってふらついていた市は、願人坊主の藤山寛美と出会う。調子よくつるんでくる藤山を若干ウザがる市だったが、手形を大洗へ今日中にどうしても届けなくてはいけないという大怪我をした男を助けたことから、どんどん銚子の親分の方面へ近づいていってしまうことに⋯⋯。
映像の綺麗さや見応えは秀でているが、あまりに話に中身がなさすぎて、ある意味、怪作。勝新の演技やロケの風景の良さだけでここまで間持ちするのかという驚きがある。
たとえば、冒頭において牢屋で出会った男の話がすべて本当だったというのは、映画脚本としてあまりに素朴すぎてびびった。
普通、助かりたいがために嘘を言っているか、話に裏がある設定にして、市が「ヘンに人情出したらまた騙されちまったよ」と思う展開にすると思うが、「無実の罪」がストレート事実だったことにかなり驚いた。
また、藤山寛美には実はある秘密があるのだが、その秘密が秘密のまま放置されて終わったのもすごい。秘密が披露されて何らかの大きな展開を迎えるとかがない。藤山寛美ほどの俳優をゲストに呼んどいてそれ!? 「あえてやっている」とわかるようにしないと、単に伏線を放置したように見える。
映画だけを観ているとなんか散漫やねぇと思うわけだが、映画データベースサイトにあるあらすじ(プレスシート転載と思われるもの)には実際に出来上がった映画とは異なるプロットが書かれている。そっちのほうが話が筋通って展開も上手にまとまっているように思えるのだが、どういうこっちゃ。
しかし本作の場合、そのような大雑把さをマスクするほどの見応えがある。
まず良いのはロケで、大きな川の朽ちて落ちた橋の下を座頭市と藤山寛美が裸になって渡るところとか、銚子と設定されている眼前に海が果てしなく広がる崖上の風景、砂浜の波打ち際のきらめく波形をとらえたショットはとても良い。セット撮影も、霧が立ち込めた船置き場など、よく出来ている。葦が一面に生えた船宿の裏の景色なども、ちょっと作り物感が強すぎるものの、座頭市の世界観を感じる。
あとはやっぱり、勝新太郎の演技。勝新はちょこちょこしたちまっこい演技も挟み込んでくるが、それが「小芝居」にはならず、世界観や役のキャラクター作りに資しているのが良い。
そして、座頭市は、本当に斬っているようには見えないのが逆にいい。見た瞬間、強そう!と思えるかというと、若山富三郎のほうが全然剣豪に見える。しかし、長く続くシリーズものだとこれくらいスッキリさせているほうがダレない。最近の映画を見ていても思うのだが、動きにあんまりロジックを詰めすぎると、目だるく、胃もたれする。
しかし、藤山寛美が銚子出身の願人坊主というのは無理ありすぎちゃうか。めちゃくちゃ訛っとるど。銚子、実は大阪にあったのかもしれん。
ひさびさにKADOKAWAチャンネルに回帰。やっぱ人気シリーズは普通にちゃんと面白い。鉄板におもしろいってわかってるもんだけ観ればストレスたまらないってことがよーくよーくわかった。おかしなもんに手を出して「なんじゃこらーーーーー!!!!」となるのは、金輪際、やめる!! ⋯⋯という誓いはいつまで守れるだろうか。
