格差って本当に必要かな?
「平等が良い」って言うと、
いろんな人が言います。
「格差は必要」
「頑張った人が報われないとやる気が出ない」
それは半分正しいと思います。
でも最近思うんです。
「その努力が報われるための格差って
お金である必要はあるのか?」と。
これは私がクリエイターだからこその
発想かもしれませんが、
クリエイターはお金のために
創作しません。
もちろん現実にはお金がないと
生きれないので、
お金のために創作しますが、
我々がまだ子供だった頃、
私達はお金のために
絵を描きませんでした。
「褒めてもらうため」
「アイデアをみんなに見てもらうため」
「ただ発想を具現化するのが面白いから」
そのために描いてたんです。
つまり、お金がなくても
モチベーションは発生します。
お金がないと生きられない
仕組みになっているから、
お金がモチベーションになるのであって、
お金を必要としない環境であれば
お金以外のものをモチベーションに
できる能力が、人間には
備わっています。
もう一つ例を出します。
今でこそ、
動画で収益を得るのが当たり前ですが、
まだニコニコが覇権を持っていた時代。
動画作りが収益になるなんて
考えられませんでした。
ではみんな動画を投稿
することはなかったのか?
いいえ、投稿してたんです。
「みんなに見てほしい」
「もっと再生してほしい」
「人気になりたい」
それだけをモチベーションに
人々はより面白い動画を追求して
投稿してたんです。
お金じゃありません。
再生数やコメント数、
動画の出来栄え、オリジナリティ
有名クリエイターとのつながり
そういったものをモチベーションに
人は切磋琢磨し競争することができるんです。
ここから冒頭の主張に
戻ります。
今、多くの人は
「お金の格差があればこそ
みんな怠けずに頑張る」と
考えています。
対して私はこう考えました。
「格差は必要だが
それはお金じゃなくても
良いのでは?」と。
つまり、いいねや再生数で
格差を生み出せば、
所得は平等でも問題ないのでは
ないか?と。
お金による格差には
大きなデメリットがあります。
それは、格差の負け組が
這い上がれない問題です。
結果どうなっているかというと、
「絶対に負け組になってはいけない
というプレッシャー」
「気づいたら負け組状態の絶望感」
というものに、
今の日本社会は支配されています。
さらに、儲かっている人も
お金による格差のせいで
「もっとたくさん儲けないと潰れる」
という不安に常にさらされます。
そのため、自由なアイデアによる競争より
不安からくる自己保身を目的とした
競争が激化して、
コストカットや仲介ビジネス的な
考え方が蔓延します。
たくさん稼げば良い
という考えは、どうしても
「儲からないことは価値がない」
という行き過ぎた合理的思考を加速させ、
自由な競争から
「奪い合いのような争い」を生み出します。
では格差の主軸を「いいね」
にした場合はどうでしょうか?
まず前提として給料は平等です。
商社のエリートも、
コンビニバイトも年収500万とします。
大谷翔平も私も、年収500万です。
格差はありません。
しかし、扱いだけが異なります。
コンビニバイトや私は「一般人」ですが、
商社のエリートはその知見により、
発言に価値があります。
大谷翔平はいるだけで人気者、
テレビスターです。
生活にはそれほど差はありません。
似たような家を買い、
似たような食事を食べます。
しかし、人気者は多くの人に囲まれ、
SNSでもいいねされ、充実感があります。
そうでない人は、1人寂しく食事をします。
「なんだ、結局誰にでもできる仕事は、
惨めじゃないか」と思われるかもしれません。
しかし、この格差の良いところは
負け組にも挽回のチャンスがあることです。
コンビニバイトでも
彼女を見つければ途端に人生が明るくなります。
コンビニバイトのコツみたいな動画を作れば
人気者になれるかもしれません。
商社のエリートだって
いつも不機嫌な人より
明るい人に、みんな集まります。
「他人の役に立つ」
「他人を楽しませる」
そういった、本当に
人生を豊かにすることに
リソースを使うこと。
それを促すことができます。
お金による格差の問題は
こういった「他人のために動くこと」
よりも「自分のために動くこと」
を優先させてしまうことがあります。
なぜそうなるのかというと
中途半端な給料では
満足に生きていけないからです。
なんなら年収1000万でも
子どもがいれば満足にお金を使えるとは
言えません。
みんな自分の生活を守るため
自分を優先せざるを得なくなります。
そうしていつの間にか
お金こそが自分の価値だと誤解するようになり、
お金で世のすべてを測ろうとしはじめます。
しかし、本当はみんなもう気づいています。
お金で幸せは得られないって。
でもお金がないと満足に
生きれない社会システムに
なってしまっている。
だったらその社会システムを変えて
本当の幸せを追求できるように
したほうがいいよねって、
私はそう思います。
ただ、これは机上の空論です。
実現は難しい。
なぜならもう日本には
お金のない人に
食料や家を与える余裕がないからです。
物質的にもそうだし、
感情的にもそうです。
タワーマンションの空き部屋や
空いている土地を無償で提供する。
そんなことは誰もしません。
全員の収入を同じにするということは
今平均以上に稼いでいる人の収入を
平均まで下げることを意味します。
年収が平均以下になるまで
自分より無能な人たちに
自分のお金を与え続けるわけです。
そんなことは誰もしません。
だから個人的には逆のほうが
いいんじゃないかと思っています。
逆というのは
お金持ちからお金を取り上げるのではなく
生活に必要なあらゆるものを
無償で提供できる社会にする
ということです。
だから私がずっと欲しているのが
「食料生産の自動化」です。
AIという便利なものが出てきて、
多くの人は「次の時代はAIで稼ぐ」とか
抜かしてるわけですが、
私は違うと思います。
せっかくAIが出たのだから、
AIを使ったものは
可能な限り安く
無償で提供すべきです。
今後はwebサービスや
コンテンツでそれが
可能になると思っています。
そしてAIとロボットの融合が成せれば
次は食料生産やインフラの自動化が
見えてきます。
そこまで行けば、
人はほとんど働かなくても
生きていけます。
お金がなくても生きていける
ようになれば、
格差問題はお金の問題ではなくなります。
ただ、残念ながら
そこに至るまでの道に
私にできることはほとんどありません。
頭の良い人に頑張ってほしいですね。
