教えてください、烏丸先生 #01 いなくなった夜
<あらすじ>
中学校の事務職員・牛山は、同僚である烏丸先生の突然の休職に違和感を抱く。
何も残されていないはずの状況の中で、牛山は一冊のノートを見つける。そこには、5ページに渡る断片的な言葉と、破られた6ページ目があった。
意味を持たないように見えるその記録を手がかりに、牛山は教え子たちのもとを訪ねる。やがて、その言葉の背後にある出来事と、烏丸先生が関わってきた過去が明らかになっていく。
教え子たちを辿る過程で、牛山は烏丸先生の不在の理由に近づいていく。
失踪した教師と、残されたノートを巡る連作ヒューマン・ミステリー。
教えてください、烏丸先生 #01
第1章・第1話 いなくなった夜
烏丸先生がいなくなった日の夜、私は職員室に残った。
3月の終わり。桜が舞ってくるので、職員室の窓は閉めたままだった。蛍光灯が一本、微かにちらついていた。
「こないだ替えたとこなのに、不良品だったんかね」
体育の鷹尾先生が私に言う。
交換しておきますねと返した私の視線は、烏丸先生のデスクに向かった。
デスクの上は整っていた。赤ペンが一本、キャップをはめたまま立っていた。出席簿が端に揃えてある。ファイルが薄く一冊。烏丸先生はものを散らかさない人だった。会議のあとも、配布資料を折って上着のポケットに入れた。封筒も同じように折った。
引き出しを開けた。
消しゴムのかけらが二つ、クリップが数本、付箋の束。烏丸先生がよく使っていた「よくできました」のスタンプ。何年も使い込んでいて、くの字が少し欠けている。
いちばん下の引き出しは、少し重く、ゆっくりと動いた。
中には授業の資料や教科書が隙間なく、しかし整然と置かれていた。
それを確認して、引き出しをそっと閉めた。
「烏丸先生、どうして休職しちゃったんだろうね」
脚立の上で蛍光灯を外す私を見上げながら、英語の鶴田先生は言った。
心配ですね、と私は新しい蛍光灯を取り付ける。ちらつかない。やはり不良品だったか。
「副校長が連絡したけどつかなくて、家に行ったけど、居なかったって」
「独身だし親ももう居ないって言ってたな」
「女はいたっけ?」
「浮いた話は聞かんかったなあ。牛山さん、何か知ってる?」
さあ、と私は脚立を降りながら答えた。
鷹尾先生と鶴田先生の話をBGMに、倉庫へ戻しに向かう。
「牛山さん」
呼ばれて振り返る。
「脚立、運ぼうか?」
鶴田先生が帰り支度をしながら聞いた。
「近いので大丈夫です、ありがとうございます」
「じゃあ俺、もう帰るから」
鶴田先生がロッカーに向かった。
「俺はこれから校庭の整備するから。鍵は開けといて」
鷹尾先生は、校庭に続くドアを開け、入ってくる桜吹雪にうわっと声を上げた。
「掃除しておいてくださいよ」
私は脚立と壊れた蛍光灯を持ったまま、暗い廊下を歩き始めた。
私の足音だけが廊下に響く。窓の外では、街灯に照らされた桜が揺れていた。
職員室に戻った私は、周りに誰も居ないことを確かめて、烏丸先生の引き出しを開けた。引き出しの中をスマホで撮影する。
一番下の引き出しにあった資料に一通り目を通す。
烏丸先生の情報がわかるものは、何も無かった。
立ち上がるとき、椅子が床を引っ掻く音がして、もう一度周りを見た。誰も居ない。
校庭の鷹尾先生を確認して、職員室の電気を半分だけ消灯した。
私は帰ろうと、自分のデスクの引き出しを開け、手が止まった。
引き出しに、見慣れないノートが一冊入っている。
紺色の表紙の、薄いA5型のノートだった。
ノートは年季が入っているせいか、少し柔らかい。
手に取ってページをめくると、メモのようなものが書いてあった。
烏丸先生の字だった。
私はノートをカバンに入れ、職員室を出た。
3月の夜はまだ少し冷える。
駐車場まで急ぎ足で向かい、車に乗り込む。エンジンをかけると、ラジオがニュースを読み上げる。
私はカバンからノートを取り出した。
少し、烏丸先生の匂いがした。
助手席には、入り込んだ花びらが座っていた。
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