教えてください、烏丸先生 #04 母の話
教えてください、烏丸先生 #04
第1章・第4話 母の話
和菓子屋は、駅から歩いて十分ほどのところにあった。
商店街のアーケードを抜けると、小さな店が見えた。ガラスのショーケースに、桜餅と大福が並んでいる。杉本が言っていた通りだった。
暖簾をくぐると、甘い匂いが満ちていた。レジの奥に、年配の女性が一人座っていた。奥からもう一人、白いエプロンをつけた女性が出てきた。五十代くらいだろうか。切れ長の目が、杉本と同じだった。
「いらっしゃいませ」
「芋羊羹をひとつください」
丁寧な手つきで包んでいく。慣れた動きだった。
「杉本嘉朗さんのお母様ですか」
女性は一瞬止まり、私をまっすぐ見た。
「そうですが」
「牛山といいます。烏丸先生の職場の者です」
母親の表情が変わった。
「烏丸先生の」
「はい。少し、お話を聞かせていただけますか」
年配の女性に何か耳打ちして、「こちらへ」と店の奥の小さな休憩スペースに通された。パイプ椅子が二つ、折りたたみのテーブルが一つ。ロッカーの上に、誰かの水筒と文庫本が置いてあった。
紙コップのお茶が出てきた。
「烏丸先生が、行方不明なんです」
「え」
母親の目が少し開いた。
「行方不明、というのは」
「先週から、連絡がとれなくなっています」
母親はしばらく何も言わなかった。紙コップを両手で包むように持ったまま、テーブルの上を見ていた。
「何があったんでしょうか」
小さな声だった。
「それを知りたくて、お話を伺いに来ました。烏丸先生に、お会いしたことはありますか」
ええ、と言って母親は天井を見つめた。
「嘉朗が中学三年の時、私が病気で倒れたんです。しばらく働けなくて。嘉朗は元々学校に迷惑をかけていたから、担任の先生には申し訳なくて、顔を合わせらませんでした。それでも何度か家に来てくださったんですが、私はずっと布団の中で」
「烏丸先生は」
「烏丸先生も来てくださいました、担任じゃないのに。嘉朗の担任は白鳥先生という女性の先生で、烏丸先生は関係なかったはずなんですが」
母親は少し間を置いた。
「嘉朗のことを話してくださいました。目がいい、って。私はびっくりして。そんなこと言われたことがなかったものですから。先生方からはいつも、問題があったときに連絡をいただくだけでしたので」
「目がいい」
「動体視力っていうらしいです。そういう目を持っている子の中でも、特段すごいって」
私はお茶を飲んだ。
「体調が戻ってしばらくしてから、嘉朗が急にジムに通い始めたんです」
母親の声が少し変わっていた。
「お金がなくて、勉強もできないのに、進路はどうするのか本人も決めてなくて。そんな嘉朗がジムだなんてどうしたのか聞いたら、コーチが無料で教えてくれると言って。おかしいと思って、コーチに会いに行きました。そうしたら、烏丸先生に頼まれた、と言われました」
「烏丸先生に」
「嘉朗には絶対に言わないでくれと、烏丸先生に頼まれていたそうです」
女性は窓の外を見た。アーケードの屋根に、鳩が一羽止まっていた。
「私、お礼が言えなかったんです。烏丸先生には。どう言えばいいのかわからなくて、ずっと機会を探していたんですが」
私は何も言えなかった。
「嘉朗は知らないんです。今でも」
「来月、試合があるそうです」
母親は目を細めた。
「あの子、避けるのは上手なんですけど、当てるのは苦手みたいなんですよね」
「試合、見に行かれるんですか」
「いえ。格闘技はちょっと苦手で。前にコーチがそんなことを言ってました」
ふふ、と母親は笑った。私はテーブルの上に視線を落とした。紙コップには、まだ少し残っていた。
「ありがとうございました」
立ち上がると、芋羊羹の包みをもう一つ持たせてくれた。
「持っていってください」
「いいんですか?」
「烏丸先生が見つかったら、教えてください」
「ありがとうございます」
私は紙コップの残りを飲み干した。
暖簾をくぐると、三月の風が来た。包みをカバンにしまい、アーケードを出た交差点で信号待ちをしながら、私は自分の間違いに気づいた。
芋羊羹もらえたなら、栗きんとん買っておけばよかったな。
