僕と娘と覚醒剤 #002|保釈の日
「普通の人たちってみんなつまんなそう」
保釈中、2人で一緒に暮らす中で、小言を言い続ける僕に、娘が放った言葉だ。
うん。確かに。つまんなそうだよな。毎日毎日おなじことの繰り返し。生きていくためにはカネを稼がないといけないし、そのためには嫌なことも我慢しなけりゃならない。上司や同僚だって選べるわけじゃない。
クソな上司だったら最悪だ。会社がクソならもっと最悪だ。
だから感情を押し殺して、穴から這い上がったり、壁を乗り越えたりしなければならない社会という道のりを、無表情で歩いていくしかないのだ。生きていくために。
そう、それが人生だ。わかったか!娘よ!
とか、言いそうになったけどやめた。どうせ通じないだろうな、と思ったからだ。そもそもこういうことは、自分で体験して実感を伴わないと理解できない。食べ物の味と同じ。いくら言葉で説明されたって、食べてみなきゃ味はわからない。
覚せい剤取締法違反で逮捕された娘の、身元引受人になってくれ、と元妻から連絡がきたとき、「自分みたいな奴がそんなモンになれんの?」と、思った。
僕は親とはいえ、娘とは10年以上暮らしていないし、夜逃げ同然に家族の前から姿を消した人間だ。ひかえめにいってクズ。というか正真正銘のクズ。クズ界のエリート。クズ界のプリンスだ。
そんな奴、検察だって裁判所だって信用しないだろ、と考えたのだ。
ところが、そんなことは奴らにとってはどうでもいいらしい。肉親であり、仕事があり、住んでる家だってある。と、それだけで用は足りる。どうもそういうことらしい。いいのか?クズだぞ?悪影響だぞ?
とか、考えながら、裁判所から届いた書類に必要事項を記入する。
住所記入欄や署名欄のほかに『逃亡させないこと』『ちゃんと生活させること』みたいな注意事項が並んでいた。
「首にナワつけとくわけにもいかねーし、逃げたら逃げたで仕方ねぇだろ…」とかブツブツ言いながら署名捺印する。
もうこの時点でお察しのクズっぷりであるが、不思議なもので、しばらくしてから保釈された娘の姿を見た途端、「ああ、ちゃんとしなければ」と思った。
娘は逮捕されたときの恰好のまま。
ありていに言うと、『映画でよく見る売春婦みたいな恰好のまま』だった。
吹奏楽でトランペットを頑張っていた、少女の姿はどこにもなかった。
僕が前回、娘と会ったとき、彼女は15歳で、高校に入学しようとしていた。
入学金や制服代などのいくばくかのカネを渡し、入試や合格発表などにも付き合い、一緒に食事したり出かけたりした。
前述のとおり、僕の父親としての(というか男としての)信用はゼロどころかマイナスで、地面を深く深く掘り進んで地球の中心部まで届くんじゃないかというくらい低かったので、それから数年間、娘に何かあっても、元妻から知らせてすらもらえなかったのだ。
そのとき、拘置所から釈放されて、僕の目の前にいた女は、どこの誰ともまったく分からない他人のように思えた。
女は「パパ。ごめんね」と、少し笑った。
その笑顔は、娘のものだった。
