見出し画像

僕と娘と覚醒剤 #012 | SNSで肥大化する自我②

ヤリたい男と褒められたい女


ソーシャルメディアで出会った、未成年の不純異性交遊などで問題行動を起こす少年少女のゴールデン・カップルだ。

ネット社会の需要と供給パターンの一形態である。『ヤリたい男とカネが欲しい女』でも良い。『ヤリたい男とヤリたい女』ってパターンもあるんだろうな。『ヤリたい男とヤリたい男』とか。まぁ、いろいろあるだろう。よくはしらんけど。

世の有識者は、この『不特定多数との出会い』が、ソーシャルメディアを利用する健全な少年少女にとって最大の害悪だ!と言う。

もちろん、それもあるだろう。でもそれは二次的なものだ。

僕が考えるソーシャルメディアの最大の害悪は『少年少女の自我を醜く成長させること』である。




自我がおかしな感じで育っていなければ、普通の女の子は、どっかのよく知らない男に会おうなんて思わないだろう。

男からヘンなDMが来たって、

「うわ、きも」
「ムリムリ何こいつ」

で、終わるはずだからだ。

最初っから、ソーシャルメディアで男を見つけて遊んでやれ~なんていうティーンの女子なんて存在しない。

家庭に居場所がない、親がうざい、学校に行きたくない、何もかもやる気がでない。そんなことは現代社会では割と普通だ。

そもそも大人だって、月曜日になったら「わ~い!会社だ~!いえ~い!」と、よろこんで出社する、なんて奴はほとんどいない。

大抵の人は、「あ~、月曜日かぁ…仕事ダリぃなぁ」と思っているし、上司や奥さん、旦那でも、旦那の親でもまぁなんでもいいけど、家族や周辺関係者のことを、時には、うざいなぁ…と考えてしまっているものだ。

つまり、そういうことは『普通』なのだ。

しかし、大人になりかけのティーンは、徐々に社会進出しているとはいえ、日に日に増える『周囲の関係者』や『毎日の色々なできごと』にあまり慣れていない。

だから、それらに適応しきれずに、学校にいきたくない、とか、やる気がでない、とかなったりするわけだ。

でも、適応や学習のスピードは人それぞれ。嫌でもなんでも、我慢して続けていれば、やがて慣れてゆく。

そして10年後くらいには、「あ~、月曜日かぁ…仕事ダリぃなぁ」とか言いつつも、ちゃんと会社には行く大人になっていたりするのである。




しかし、ソーシャルメディアなるものが登場してしまった。

社会への適応のスピードが、周りのみんなよりちょっと遅いだけの少女が逃げ込む場所ができてしまったのである。

前述したように、彼女は適応のスピードが遅いだけで、少しガマンしていれば、多少の問題があるとはいえ、社会に溶け込めたかもしれないのだ。

しかし、ソーシャルメディアが早々に彼女の居場所を作ってしまい、すばやくネット上の同好の志と繋げてしまう。

そして、学校で居場所がなく、家では親から口うるさく言われていた彼女は、やっと見つけた安住の地に入り浸り、結果、リアルでの生活がおろそかになってゆく。

そこには自由で、すごい人たちがいっぱいいて、楽しそうで、彼女は否定されない。それどころか、若いというだけでチヤホヤしてくれる男性も多い。

君は悪くない、凄い!と、褒められる。それが本当なのかもわからない。何かよくないタクラミがあるかもしれない。でもそれもわからない。

だが他に居場所がない彼女は、そんな空間にいるしかない。趣味の会う人に出会ったら楽しいだろう。男性は若いというだけで褒めてくるだろう。いろいろな価値観に出会う。褒められる。ちやほやされる。彼女はそれに慣れてゆく。自我にエサが与えられてゆく。

やがて彼女とリアル会いたいと男からのDMが来る。ずっとやり取りしていたので、もう知らないキモい男ではない。

彼女は会う。それに慣れる。ソーシャルメディアで誰かに褒められる、誘われる、会う。同年代の女の子とは違う。凄いと褒められる。会う。親から学校へ行けと叱られる。SNSで言う。同情される、我慢して偉いと褒められる。会う。

この間、彼女の自我とエゴはどんどん膨れ上がっている。

モンスターの誕生だ。